強敵

 神沢優が人狼と<魔女ランダ>と戦っている同じ頃、風森怜の前には月明かりに照らされていた黒虎ブラックタイガーがいた。


「プロレスの試合で対戦相手が変わることはよくあることよ」


 と神沢勇はいうのだが、病み上がりの風森怜としてはちょっと遠慮したい相手だった。


「そうそう、怜ちゃん、必殺技の威力を試す絶好の相手ね」

 

 秋月玲奈師匠もそうやって激励してくれるのだが、やっぱり、気が進まない。


「わかりました。やるだけやってみます」


 確かに、人狼が黒虎ブラックタイガーに変わろうが怜のやることはひとつだけだった。

 やれることをやるだけだ。

 それしかできないし。

 そのための特訓を秋月玲奈と共にやってきた。


 ただ、風森怜が心の準備をする時間を黒虎ブラックタイガーは与えてくれなかった。

 ゆっくりと距離を詰めてその凶悪な爪が怜を襲う。

 だが、風森怜の身体は自然に反応していた。


 銀色の爪を何とかかわす。

 元々、レスリングの才能はあるのだ。

 ただ、足りないのは断固たる決意と実戦経験である。


 人狼との戦いで生命の危険にさらされ、何かが目覚めたのは確かだ。

 それに秋月玲奈との特訓も怜の自信を深めた。

 だから、相手の動きは見える。

 身体も自然と動く。

 黒虎ブラックタイガーの攻撃を不思議とかわし続けていられた。


 とにかく、最初はこれでいい。

 と、思っていたら、吹っ飛ばされた。

 判断が少し遅れただけでこれだ。

 まあ、そんなものだ。


 死にかけの窮地だというのに、妙に冷静でいられてるし、不思議と楽しかった。

 これが本当の戦いか。

 

 神沢勇と秋月玲奈はこんな戦いをしてたのか。

 何とか体勢を立て直した。

 もういちど、タイミングを計る。


 黒虎ブラックタイガーの懐に入るのは怖い。

 あの爪に捕らえられて切り刻まれるかもしれない。

 その恐怖で怜は防御という名の逃亡を続けていた。


 でも、できそうな気もする。

 スローモ-ションのような世界が見える。

 黒虎ブラックタイガーの爪をかわす。


 身体を沈めて懐に入る。

 タックルで黒虎ブラックタイガーに密着する。

 その勢いで殺さずに肩で黒虎ブラックタイガーをかつぐ。

 黒虎ブラックタイガーが宙に浮く。

 そのまま落す。

 

 玄武落げんぶおとしが炸裂した。


 風森怜の中で<獣>が目覚めた。

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