第48話
――翌朝、宇佐美瑛斗は自室で目が覚める。
これは夢オチか、あるいは死んじゃったのかと瑛斗は困惑する。
でも、とにかく彼は空腹なのだ。宇佐美瑛斗は疑問なんて気にしない。完全にいつもの日常に戻っているのだから、何も問題はない。
ベッドから降りて、一階のキッチンへ向かう。
両親や兄たちの姿が見えない。付けっぱなしのTVがニュースを垂れ流している。
そういえば彼に母はいないのだった。大丈夫、いつもの日常。宇佐美瑛斗は強い。辛い過去もへっちゃらに乗り越えた。何も問題はない。
冷蔵庫に買い置きしておいたコンビニのサンドウィッチを手に、テーブルへと戻る。
TVのニュースが勝手に喋り続けている。瑛斗は上の空でサンドウィッチをかじり、片手でスマホを弄り始める。SNS上では、友人が新しい遊びに誘ってきている。
この世界は多大な犠牲を払ったけれど、ようやく前に進み始めている。
過去は変えられない。けれども未来なら、自分たちの手で切り開ける。そんな希望が、窓の外に広がる青空みたいに、彼の心を晴れやかにしてくれる。
「……あれ、ヘンだな、まだ七月じゃなかったっけ。スマホのカレンダーが狂ったのかな」
ああっ、何故そんなマニアックな矛盾なんかに気を取られるのあなたってば! 違う、今はもう八月なのだ。何も思い出さない。何も知らない。出会ってなんかいない。
そこで彼は我に返り、そうだ夏休みの予定を立てないとって思い出す。
「七月は色々あったな……そういえば先輩、どうしてパンばっか食べてたんだろ……」
彼はサンドウィッチがお気に召さなかったようだ。理由は、もう知らなくていい。
「…………ん、
そう、先輩だ。先輩――つまり年上の恋人と一緒に、海なんかに行けたらきっと素敵なんだろうなあ、とか。それもまた瑛斗にとっての未来のカタチ。
宇佐美瑛斗は、過去を振りほどいて歩き出す。胸を張って、先に開けた未来へと。
さて、世界は明るい。今日は何をしようか?
――――――今日は何をしようか、じゃないよっ!
何なんだよこれ? 気付けば僕は、テーブルに両手を叩きつけていた。
一体何がどうなってんの? 頭の中が勝手に書き換えられるような、自分が自分じゃないみたいな感覚。
TVが相変わらず何かを喋り続けてる。世の中は、
そしたらTVが勝手に暗転しちゃった。ああそう、もういいよ。
リビングから見える空の、奇妙な青さがあまりに現実離れしてるのに驚いて、駆け足で自分の部屋へと戻る。
そうしてカーテンを開け放つと、途方もない光景が僕の目に飛び込んできた。
地平と空の真ん中に、でっかい都市が浮かんでいたんだ。
それにただの天空都市じゃなくて、天地が逆さまだ。物理法則なんて完全無視で、土台となる基底部から地上に向け、いくつも建物が立ってる。
そして一番目立つ巨大な塔――その中心を光の柱が貫いて、それが道筋のように大地と宇宙とを繋いでいた。
それはまるで天の梯子、SFの軌道エレベーターみたい。でもそれ以上に僕には見覚えがある。
この光景は現実じゃない。だとしたら、ダアトの結界で閉ざされたイ界は今、こんな世界にに変わり果てているということなのか。
いずれにしろ、僕はまだ死んでなくて、こんな光景を見せた犯人がいる。
もう考えるまでもない。僕は〝君〟に助けられたんだ。
ここはエソライズムエンジンが映し出した内側の世界。僕もこれまで何度か迷い込んでたから感覚が教えてくれる。
あの小さな妖精さんが描き出した光景が、僕の意識と繋がっているのか。
「……ねえ、そこにいるんでしょう、
何て呼べばいいかわからなくて、僕が知る唯一の名前を口にしてみた。
スルールカディアの魔女、その五世代目。ネット好きで引きこもりの小さな魔女。どっちも似ても似つかないけれど、あの銀髪お姉さまの、大事な大事な愛娘。
「教えてよ
返事はない。でも僕の自由は取り戻せたみたいだから、ちょっと考えを巡らせてみた。
「
これまでの僕は、自分の空想によって神叢木刹刃に変身してきた。
そして今回は、七月先輩のいない未来を疑似体験した。こんな空想をしたのはもちろん僕じゃなく、
【――――あたし、無断改変なんてしないものっ!】
この頭の中に鳴り響く凛とした声。聞き覚えのある女の子の、和英の二重音声。
ちらちらと尻尾は見えてたけど、まんまと挑発に乗った魔女
「いやあ、めんごめんご。正確に言えば無断改悪だったよね? 僕の人生を改悪するなんてひどい魔女だなぁ」
【――こ、このっ! 違うって言ってるでしょう!!】
「違わないよ。だって、君がやったのは記憶操作だ。洗脳じゃん、そんなの。僕自身が、どんなに辛くても過去を忘れたくないって思ってるのに、それを無理やり書き換えようとしたなんて――そんなこと、僕は絶対に許さないから」
【……………………ッッ! そんなこというなんてひどいエイト……】
怯えたように震える彼女の喉。強く言い過ぎたせいで、さすがに罪悪感がよぎる。
でも相手はまだ子どもだもの、こっちがリードしないとね。嫌われちゃっても、それが僕の役割だ。
【……だめよ…………エイトはあそこに行っては……だめなの……】
あそこに行くのが駄目? やっぱり、あの天空都市がダアトの本拠地ってことなのかな。
「どうして駄目なの? だって、君は七月先輩と友達じゃない。大切な友達が悪いやつらに連れ去られて、今あそこで大変な目にあってる。友達を助けたくないの? 七月絵穹は君を庇ってあそこに連れて行かれたんだよ。そして君は小さくても、友達を守ってあげられるすごい力があるんでしょう?」
【…………っ……なんにも…………エイトはエソラのこと、なんにも知らないくせにッ!】
「うん、僕は七月絵穹のこと、何も知らないよ」
嘘偽りない本音だ。
僕は七月絵穹がフレガって魔術師の娘だったとか全然知らなかったし、それにまつわるどんな過去を体験してきたのかもわかりようがない。でも――――
「でもね、君が教えてくれるなら、君たちふたりに教えてもらえたら、僕も絵穹のことがもっと大好きになれる」
【……………………ぇ……っ……!?】
正直、あのとき九凪君に焚きつけられたのかもしれない。
でも、いいところも、悪いところも、七月絵穹のことをもっと、うんと知って。
そして、どこか儚げで引き寄せられそうになるあの顔だとか、口数は少ないけれどいつも優しく包んで見守ってくれるお姉さんオーラだとか、ちょっと厨二邪気眼入ってるけど柔らかで落ち着かせてくれるあの声だとか。
そんな七月絵穹という女性を形作る全てを、もう一度取り戻したいから。
だから。
「だから僕はあそこまで七月先輩を助けに行く。今度こそ本当の
小さな
窓の外に広がる異世界。あれは真実なのか空想なのか、そのどっちでも構わない、とにかくあそこに――あの天空都市に、魔女たちが捕らわれているって今なら確信できる。
七月先輩やダアトの連中だって、きっとあそこにいるはずだ。
「だから、
何もない宙に手を差し伸べる。彼女がきっと、この手を取ってくれると信じて。
そしたらなんか上の方から、ドカン、と物音がして。
仰天して見上げた瞬間、天井がパカッて割れて、
【――――はずかしいこというなエイトのばかーーーッ!】
「ぎゃばぶぅッ!」
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