第31話
こんなタイミングに、二つ目のトラブル舞い込んできた。
原因はわからないけど、七月先輩の猫化能力が変調をきたして、猫でいる間も七月絵穹としての意識が保てるようになったんだ。
昼夜問わず変身をコントロールできるようになったのは喜ばしいけれど、本質的には事態が悪化したって先輩は言う。何故ならミューシア本来の設定からかい離したわけで、もはや僕の空想の制御下にない可能性もあるからだ。
土曜日午後の駅前広場は、いつもより混雑している雰囲気だった。
「今日は近くでお祭りかなにかがあるのかしら。さっきから仮装っぽい人も見かけるわ」
「ライブ客じゃないのかな? 近くのホールにナントカってバンドが来てるよ」
スマホを眺めながら雑に応答してしまう僕に、流行に疎いらしい先輩は「なるほど」と頷く。僕もネットから距離を置き気味だったせいでそれ以上解説できない。
アスファルトの輻射熱を浴びながら街の混み合いを歩く僕たち。早く屋内に入りたい。
「先輩、久しぶりの自宅はどう? お母さんに何か言われてない?」
僕との同棲生活をしばらく続けてきた先輩は、今朝から自宅へと戻っていた。猫化をある程度制御できるようになった先輩を、うちで保護する必要性がなくなったからだ。
今日は一時帰宅だけど、お互いに本来の生活へと戻る日も近いかも。
「特になにも。母もずっと仕事で家を空けているみたいだし、うちは放任主義だもの」
いつもの「特に関心ないわ」って声色で言ってくれました。やはりこの人の家庭問題には触れない方がいいのかも。
「そっか。でも僕としてはちょっと寂しいかな……」
特に毎朝の目覚めは傍に先輩がいてくれて、格別の光景だったから。
と、僕の頭上を覆う、ちょっとゴシック様式なデザインの日傘。晴れの相合い傘。
「心配しないでいいわ。わたしたちの物語はまだ始まったばかりなのだから」
「…………………………………………てへへ」
直射日光で溶け始めていた僕は、彼女の日陰で顔が紅潮するのを感じた。
舞い上がってしまい、先輩の手を取って駆け出す僕。ここは砂漠のオアシスだ。
「さっさと目的地に向かおっか先輩! さすがに熱くて倒れちゃいそうだし」
「それで目的地って、結局どこ行くことになったの?」
実は今日は、七月先輩とのデートなのである――名目上は空想魔術の修行なんだけど。
「最初の行き先はネットカフェ。そこで僕の新作お披露目会をするんだよ」
「えっ……新作って、どういう意味かしら……?」
「ふっふーん、実はね、シュヴァルツソーマをリメイクしようって考えてるんだ」
それを聞いて、彼女の瞳がさっきまでと打って変わって生き生きとした輝きを返す。
これでよかったんだと確信させる笑顔は、ほんと向日葵みたいな原色の黄色に見えた。
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