第27話
エレオノールに案内されてたどり着いたそこは、小高い丘の上に建てられた古屋敷。割れた窓からは瓦礫と化した家具が飛び出し、玄関前には擦り切れた本の山。落書きだらけの黒い壁。飾り付けであろう小骨や、積み上げられた物言わぬドクロ。ランタンの青白い明かりに照らされ、薄暗闇にぼうっと佇むその様に、俺とリリアは再び立ち尽くす。
「…………」
少し離れた距離を保ったままぎこちなく俺たちを案内したエレオノールはしきりに俺を見やり、俺が目を合わせるとさっと目を逸らす。先程から何度も髪を梳いたり頬を捏ねたりしているが、何をしているのかはよく分からない。
「入らないのか?」
「うぇぁっ!?ぁ……うん……ちょっと、うん……」
一瞬飛び上がったエレオノールは庭に放り出された長椅子をいそいそと掴み、それを引きずって俺とリリアの前にずずいと押し出した。
「……ちょっと、ま、待ってて。ここで。椅子、これ……待ってて。あの、ちょっと、か、きゃ、片付けりゃっ……ぁ、うん……片付け、する、から……」
エレオノールは目を逸らしたまま、ひとまずここで待っていてくれと言い残して足早に扉の向こうへと滑り込む。俺とリリアが顔を見合わせると、すぐさま扉の向こうから大きな声が聞こえてくる。
『ピエール!ピエールどこ!?ちょっとあんたたち何ぼーっとしてんの!そこもそこも早く片付けてほら早く。急いで!』
『散らかってた方が落ち着く~って言ってたじゃないですか~』
『どうせ誰も来ないから平気ーって言ってたじゃないですかー』
『来てるの!もう来ちゃってるの!こんな部屋見せられるわけ無いでしょ!?と、とにかくそれ早く片付けて。どっか適当な部屋に押し込んでおくだけでいいから!早く!』
『どこのお部屋もぎゅうぎゅうですけど~』
『押し込める部屋なんかありませんけどー』
『んもぉっ!だったら裏口から外に出しておいて!もう玄関まで来ちゃってるんだってばぁ』
丸聞こえなのだが、それは片付けたと言って良いのだろうか。
『では、お出迎えをしなければ~』
『では、ご挨拶とかしなければー』
『ちょっとぉっ!待っ、待って!片付け手伝ってよお』
その声から逃げるようにして、二人の侍女が扉をすり抜けて飛び出してくる。
ツギハギの給仕服に、淡く光る黄緑の髪にドクロを象ったお揃いの髪飾り。ひと目では見分けが付かぬほどに、よく似た双子。薄闇に光る黄色い眼がちらりと俺を一瞥し、二人はぺこりと会釈する。
「こんばんは~」
「ごゆっくりー」
そうとだけ言うと、双子は手を取り合って舞い踊るように飛んでゆく。お出迎えやご挨拶というのはただの口実。片付けを面倒がって逃げ出しただけか。エレオノールの気苦労も窺い知れるというものだ。
「……ギルバートさま」
椅子に腰掛けてガリアの背を撫でてやると、リリアがそっと身を寄せてくる。
「どうした」
「なんだか、強い力を感じます。何か、とても大きな……」
「……わかった。動いたら・・・・、教えろ」
「は、はい」
リリアの肩を抱き、その髪に指を通す。そうして虚空に深く息を吐き、立ち並ぶ墓標の合間に踊る死霊たちの楽しげな姿を眺める。死霊たちは皆笑顔で、死神や不死者の気配に顔を曇らせるものは居ない。恐らく地上に住まう多くの者たちは、死の気配に怯えて巣に閉じこもっているだろうに。
肉体の有無で、ああも変わるものか。死は不幸と別れの象徴であると、俺もそう考えていたのだが。ああして宴を楽しむ死霊たちの姿を見ると、改めて考えさせられる。死んでしまえば、もう何にも怯えずに済むのではないかと。
死神ヘルは死と破滅を司る女神。だが同時に、救済と安寧を司る女神なのではないだろうか。だとすれば、ガリアに掛けられたこの呪いは……。
「ぁ……あ、あの、お、おままたせ……うぅ……」
もごもごとした声に、顔を上げる。ほんの少しだけ開いたドアの向こうから、震える手が俺たちを招く。どうやら、見せかけの片付けはひとまず区切りがついたようだ。俺はガリアを抱き直して腰を上げ、リリアと並んで屋敷の中へと足を踏み入れる。
「ちょ、ちょっと……散らかってる、けど……うん。気にしないで……」
「……あぁ」
一見すると、小綺麗な通路。だがよく見れば隅の方に本が積み上げられたままで、無理やり閉ざされたであろう扉からは色々なものがはみ出している。絨毯はめくれ返り、床には何か大きなものを動かしたような跡が残っている。まあ、咄嗟に片付けたにしては、よく頑張った方だろう。
「…………ここ。はい、入って」
エレオノールがドアを開けると同時に、はっとする。通路のそれとは比べ物にならないほど綺麗に整理整頓されたその部屋の中、門に居たかぼちゃ頭の紳士が頭を下げた。
「ピエール……な、なんで?いつのまに?」
「どうぞ、お掛けください。只今、お茶をお持ち致します」
「あぁ」
促されるままに、ふかふかとしたその椅子に腰掛ける。ガリアを隣に座らせ、リリアが反対側にちょこんと座る。部屋を後にする紳士ピエールと、綺麗な部屋とを交互に見つめていたエレオノールは行き場のない手を泳がせ、やがてハッとして俺の向かい側に座った。
「…………えっと、それで。頼みたいことって、なに?」
俺は机に肘をつき、指を絡める。
「……実はな。死神様の祝福を買い取ってほしいんだ」
「…………は?」
どぎまぎとしたその笑顔が、強張った。
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