第34話『学習能力』
石造りの部屋のひんやりとした空気の中、僕は目覚めた。
「お目覚めですかマスター?」
おぼろげな意識の中、青く澄んだ瞳と視線がぶつかる。
「あぁ……。おはよぅ」
井上教授との会話を思い出し複雑な表情でアイに返事をする。
そう言えば、地球で起きた記憶も、アイとの間に共有されるのだろうか?
「現在、マスターの考えていることがよく分かりませんが、私とマスターの意識の共有が途切れるのは、マスターが就寝している時、または意識を失っている時だけです」
地球での記憶、すなわち、イデアで寝ている間の記憶は共有されないわけだ。
「それ以外はずっと繋がっているのか?」
喉があまり開いていないのか、小さな声で問いかける僕。
「はい。ですが、マスターが強く意識をすれば思考の共有をたち切ることも可能です。その場合は私の活動も一時止まりますが」
なるほど、逐一再起動するのも大変そうだ、なるべくリンクは切らない方が良いだろう。
「えぇ、私としても、そちらをオススメします」
アイはそう言って、心なしか不安そうな顔でこちらを見つめる。
この微妙な人の機微をAIがここ数日で学び、表現するようになったと考えると恐ろしくもあるが、僕自身との意識の共有によって成長していると考えれば、なんだかそれは、娘の成長のようにも思える。こんな思考は少々のんき過ぎるだろうか?
「私としましても、マスターには素直に成長を喜んで貰いたいものです」
最初の頃に比べて、アイの言い回しが面倒臭くなっているのは、僕の影響だろうか?
コクリコクリと首を縦にふるアイ。
そんなやりとりを数回繰り返していると、部屋のドアが激しくノックされた。もはや確認は不要だが、一応は扉の向こうの相手に話しかける僕。
「入っていいよ、リザ」
「よくわかったな!」
リザが扉を力強くあけながら、そう言った。
この部屋を訪れる人はリザかメイドのサリアさんだけだ。そしてサリアさんのノックは静かなので、自ずとノックの主は分かるのだ。
「マスターはリザ様のノックはガサツなので大変分かりやすいと申しております」
アイは淡々ととんでもない心の翻訳をはじめた。
「おい、そんな言い方はしていないだろ? 僕はリザのノックはとても聞き取りやすいと思っているよ」
おそるおそるリザの顔を覗き込むと、リザは楽しそうに笑っており、そのままの流れでこう言った。
「すげーな、精神が繋がってるのは聞いてたけどよ、フィロスの考えをもとに自分なりの考えが出来るんだな!」
確かに、考えてみれば、このとんでも翻訳機能はすなわち、アイが僕の思考をもとに独自の考えで導き出したものだ。そういう視点で見てみれば、AI技術にとっての世紀の瞬間とも言える。
「ありがとうございます。それはそうとリザ様の用事は何でしょうか?」
アイが淡々と問いかける。
「あぁ、そうだった。ヴェルメリオの端の方に『ポーネ』って田舎町があるんだけどよ、その付近の草原に『ワイバーン』の群れが出たらしくってよ、小遣い稼ぎに行かねーか?」
事もなげに、提案してくるヴェルメリオの第三王女。王女が小遣い稼ぎに魔物退治とはたくまし過ぎる。
「そんな気軽に行って大丈夫なの?」
僕が当然の疑問を口にする。
「大丈夫だ、近くの住人は避難済みだし!」
避難勧告の出ている地域に怪物退治に出かけるお姫様御一行というわけだ。
「国王の許可はあるの?」
「あぁ、気をつけて行ってきなさいってよ」
避難勧告の出ている場所に気をつけて行くとはいかがなものか?
「マスター、考えても無駄です。マスターの思考をもとにリザ様を分析した結果、選択肢は一つです」
アイが淡々と最終決定を下す。
「だよね、わかった行くよ」
イデアの世界の王女はみんなこうなのだろうか?
まぁ、正直な所、ワクワクしている自分もいるのが本当のところだ。よし、行くか!
「リザ様、マスターはこう見えて乗り気です」
「フィロスは素直じゃねーな〜」
そう言って、肘で僕を突つくリザ。
「さて、アイは置いて行くかな」
僕がそう言うと、すぐさま頭を下げるアイ。
「すみませんでした」
アイの謝罪を聞き、僕とリザの笑い声が重なった。
それを合図にして、僕達は部屋を後にした。
現地までは馬車での移動となり、僕の正面にリザ、僕の左にアイという構図で腰をおろした。
「図鑑でなら見たけれど、実際のワイバーンってのはどんな魔物なの?」
空を飛ぶ大きなトカゲという印象がある。
「前足が羽になっていて、ドラゴンよりも小さくて、炎を吐かねーな」
ざっくばらんな説明を繰り広げるリザ。
まぁ、見てのお楽しみということで。
その後も三人で会話を繰り広げていると、馬車が停車した。
ここからは馬が危ないという事で徒歩で向かうようだ。
「マスター、お乗りください」
そう言って僕に背中を見せるアイ。
僕よりも僅かに大きいとはいえ、アイの見た目は十歳そこそこであり、その少女の背におぶさると言うのはどうもなぁ……。
「マスター、小さなプライドよりも、効率を優先しましょう」
小さいというワードに僅かに反応してしまう僕。
「小さいというのは身長の話ではありませんよ?」
さて、小さなプライドも砕けた所だし、大人しくその小さな背に、小さな身体を預けるとするか。
僕を背に乗せながらも軽快な動きで走るアイ。並走するリザは速度を合わせてくれている。
「俺が背負ってもいいんだぜ?」
「いえ、非常時に備えた動きの訓練にもなりますので私がおぶります」
リザの申し出に淡々とこたえるアイ。
それにしてもおぶるという単語はなんだか、心に刺さるな……。小さな少女におぶられているという事実は究極に情けない状況だろう。
「それにしても、お前らが二人くっついてると、なんかちっさくて可愛いな。きょうだいみたいだ」
兄妹だよね? 姉弟じゃないよね?
「マスター、現状を鑑みるに、兄が妹におぶられている方が問題なのでは?」
正論が過ぎる……。
そんなやりとりをしつつも、目的の草原へと辿り着いた僕ら。
百メートル程先にはワイバーンの群れが見える。
ここからでは正確な大きさは分からないが、二メートルから三メートル程の大きさだろう。それらの群れが空を舞っている姿は、中々に威圧的だ。
アイはベルトに付けてあった鉄製のメリケンサックをその細く華奢な指にはめた。アイの基本の戦闘スタイルは、手につけたメリケンサックと、靴底のスパイクでの蹴り技がメインとなる。このスタイルはシュタイン博士と相談した結果、アイを操作する僕に、武器の心得がなかったので、シンプルなものとなった。
「じゃあ、やるか!」
リザの一言をきっかけに、打ち合わせ通りの動きをとる僕ら。
まずは僕が精神魔法でワイバーンの思考を乱し、数秒の間、羽の動きを止め地に落とす。そこをすかさずリザが一刀両断する。
この動作を繰り返し行っていると、流石のワイバーンも気がついたのだろう、その中の一匹が僕を目がけて飛んできた。
その鋭い爪が喉元に差し迫る手前、僕が思考をアイへと移し、ワイバーンがこちら目がけて降りてきた所をベストなタイミングで横合いからぶん殴る。グシャっという骨が潰れる音とともに、ワイバーンは地面に倒れていた。
年端もいかない少女の拳には真っ赤な血のついたメリケンサック。非常にバイオレンスな組み合わせだ。
しかし、魔大陸に行く必要がある僕にとっては、こうした戦いは避けられない一面がある。
低い所を飛翔している個体は、リザにとっては射程圏内らしく、跳躍一つで距離をつめ、炎を纏った剣が空中で敵を灰に変えた。
その後も、僕がワイバーンを地に落とし、リザがとどめを刺し、アイが僕を守るという構図が続いた。
一定のリズムで敵を減らし、遂に最後の一体になった時に、アイが口を開いた。
「すみませんマスター、最後は私にやらせてください」
「操作なしでと言うことか?」
僕が問いかけた。
「はい。ワイバーンの動きに関しては情報が集まりつつあるので行動パターンは大まかに理解しました」
「わかった。じゃあ僕が落とすから、そこを頼む」
そう言って僕は、最後のワイバーンの飛翔を乱す。
地に落ちたワイバーン目がけて猛烈な勢いで突進するアイ。
ワイバーンも最後の足掻きを見せ、後ろの鉤爪でアイの顔を狙った。
その攻撃を危なげなく交わし、スパイクのついた靴で回し蹴りを決めたアイ。
その勢いのままワイバーンの首が宙に舞う。
「どうですか、マスター」
その笑顔がここで出てしまう事に一抹の不安を感じながらも僕はこう言った。
「あぁ、よく出来たね」
彼女の驚くべき学習能力に頼もしさの他にも恐怖のような何かを感じている僕がいた。流石のアイにもここまでの複雑な精神状況は理解出来ないのか、不思議そうに、可愛らしく首を傾げている少女の姿がそこにはあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます