第7話

【勇者でも魔王に恋がしたい!】


七話


「どうした?マルク?」


「お、美味しいよ……アンナ……美味しい……」


本当に美味しい……クリーミーで野菜が甘い。母さんの作ったあのシチューみたいだ。


「本当に美味いなこれ……本当に……」


「美味しいわね」


皆が皆、目を見開いてシチューに目を落とす。見て何がわかる訳でもないのにまじまじと見る。


「……負けたわ」


バニラは審査官のようにシチューをスプーンで救って一口飲む。その瞬間に膝から崩れ落ちた。

それからあっという間にシチューは完売し、もう夜も遅くなってきたので火を消して姿を闇に隠し、テントの中で寝袋に包まる。

夜があけた。

HP、MPが最大になった。

それから、俺らはすぐに片付けて旅に立つ。

北に向かって、ただひたすら歩いていると、大きな山脈にぶち当たった。


「……ほかに道ってあったりしないか?」


「あるにはあるけど、迂回しないといけないわね。そうすると遠回りになっちゃうからやっぱり登った方がいいと思う!」


バニラの盗賊の探索スキルで道はわかったが、こんなに大きな山だとどちらにせよ厳しいだろう。

なら、早く終わった方がいいし、俺らには時間が無い。俺らは険しい方に進む。


山道には、なぜかいくつものトラップが仕掛けられていた。だが、バニラの前ではトラップなど無力だった。


「ふふーん。私にお礼を言ってもいいのよ?」


ドヤ顔で次々とトラップを解除しながら、彼女はどんどん突き進んでいく。それを追っていくと、バニラが何の変哲もない岩を凝視する。


「……どうしたんだ?また罠か?」


ライドンさんが問う。


「いや、違うと思うけど……なんか、これ変なのよね」


そして、彼女はうんと岩を押すと拍子抜けするくらい簡単にその岩は動いた。最初はバニラの力で軽々動いたのか。だなんて思ったが、それは違うらしい。近くの茂みから地下に通じる階段が姿を現した。


「……これ、なにかしら?」


「さあ?」


「この下からベリアル並の大きな魔力反応がする」


ミカエルとバニラが話しているところに、アンナが神妙な面持ちでそう言う。

ここにボス的なのがいるのかもしれない。魔力反応なんてある奴はもう限られているからな。


「よし、行ってみよう」


「私が先頭を行くわ。また罠があるかもしれないしね!」


「そうだな。頼む」


先頭を譲ると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「ねね、なんかあの子嬉しそうね」


アンナは俺の袖をクイクイっとして、耳元で囁いた。


「お、おう……あいつが先頭に立つ機会なんてめったにないからな」


彼女から顔を逸らしながら普通を装って歩く。顔が焼けるように熱い。きっと頬も赤く染まっていることだろう。

というか、魔王だった彼女はあざとくなった。魔王から小悪魔系女子になったって感じだ。

男の俺の心を揺さぶりまくる。

もう、どうにかなってしまいそうだ。


「そっか。そうだよね」


そう言って彼女は俺の腕に腕を絡ませてくる。

心臓がバクバクと音を立てて鳴る。ドキドキが止まらない。

……でも、何かがおかしい気がする。

みんなの様子が変だ。いつもと少し違う。

特にアンナ。彼女とはまだほかの人達より交友度は低いが、あの性格からしてこんな小悪魔になるだろうか?

ならないな。どちらかと言えば天然系の子だ。

ということは……ハニートラップとかいう奴か?

これは、アンナじゃない。偽物だ!

俺は腰に付けていた剣を取り出して、アンナを斬った。


「……やはりお前、アンナじゃないな?」


奴は俺の行動を読みきったように、宙返りをして避けた。そしてあんなに化けた奴はニヤリと不敵に笑ってみせた。


「あぁ。流石勇者という奴か。私はサキュバス」


そう言いながら、彼女の体や容姿が変わっていく。ぼっきゅんぼんな大人びた黒髪の女性になった。ただでさえ色気ムンムンなのに、口元の右下の方にあるホクロがもっとそれを惹き立たせていた。


「……あの有名なヤツ?」


「有名なのか?まあ、私も色々やってきたしな」


彼女が喋る度に甘い匂いがし、それで頭がクラクラする……

これも彼女の能力ってやつなのだろうか?

くそ。あの少し動く度にぷよんぷよんと右往左往する胸に飛び込みたくて仕方がねえ!

エロい……エロ過ぎる!


「……おや?どうしたんだ?勇者よ?」


ニヤリと彼女の頬が緩む。


「……うぅ。我慢我慢……」


そうして、踏ん張るものの、視線は勝手にそのたわわな胸に惹き付けられる。


「ほらほらぁ……」


彼女は大胆にも胸を寄せ、前屈みになって、俺の近くに寄ってくる。


……なんで俺は我慢なんかしてるんだろ?あんなプルプルなおっぱいに飛び込めたらなんでもいいじゃないか。

そして、理性が飛びかけたその瞬間、俺の頭の中にアンナの顔が浮かんだ。


「……初めて飛び込む胸はアンナって決めてるんだァァァ!!」


「……な、なんだと?」


吠えると、彼女は俺から二、三歩下がると身構えた。


「お前がアンナの身体のままだったら俺は負けていた……だが、男にはな!お前がいくらエロくても揺らがねえものがあるんだよ!」


剣を抜きながら、抜刀術でやつを切り抜けると納刀した。


「……ぐはっ」


彼女は口から血を吐いて倒れる。


「……死ぬ前に聞かせろ。仲間は何処にやった?」


俺は首元に剣を突き立てながら訊く。


「……ふふ。私を殺せばこの迷宮は崩れる。致命傷をくらったから崩れるだろうが……ふふ。ベリアル、ルシファー、ベルゼブブ。これでよかったよね。……ふふ。ふふふっ!」


不気味に笑いながら、彼女は消えていった。

すると、あの言葉は本当だったのかガタガタと音を立ててじわじわと崩れてくる。


「仲間を探す……時間は無いみたいだな」


ただひたすらに出口を目指して走るが、でっかい岩におわれたり、落とし穴のようなものに落ちそうになったり、槍が飛んできたり……と、かなりのトラップが設置されていた。

回避とまでは行かないが致命傷を避けて、どうにか進む。でも、やっぱり尋常じゃねえ。そろそろ体力的な面でも辛い。


「おでのからだはぼどぼどだ!」


「マルク!!」


そんな時、聞きなれた声が聞こえた。そこまで遠くはない。


「バニラ!!何処だ!?」


「そのまま真っ直ぐ道を突っ切って走ってきて!出口はそこよ!」


俺は言われるがままに走った。


「あと……少しっ!」


頭から滑り込むようにダンジョンから抜け出すと、そこには仲間達がいた。


「……なんでそんなにボロボロに?一人でなにをしに行っていたの?あんたは……」


そう言ってため息をつくミカエルさんに愛想笑いを浮かべる。そう、皆は知らないのだ。ここで何があったのかを。


「とりあえず、あっちで休みましょうか。もういい時間だし」


ミカエルさんの出した提案に乗り、森の中に焚き火を起こす。

お茶をバニラが入れてくれた。お茶をすすると、終わったんだな。と、気を緩ます。そして、語らないといけない。あのダンジョンで何があったのか、敵が三人居ること、その中には俺に傷を負わせたあいつ、ベリアルもいること。そして、バニラには礼を言わないとな。

少し気遅れするような気もするがダメだな……しっかり礼くらいは言わないとな。


「その、なんだ。バニラ……ありがとう。お前がいなければ俺は死んでいた」


全てを喋ったあとに、お礼を言っておく。バニラはにっこりと笑った。


「そんなことがあったのか……」


ライドンさんは茶をすすり、眉をひそめてそう言った。


「三人……か。私の元部下が残り三人……」


アンナが悲しげにそう呟く。


「……気にするな。アンナの気にすることじゃない」


俺がそう言いながら落ち込む彼女の近く行こうと立ち上がろうとすると、横に座っていたバニラが俺の袖をつまんで止めた。


「……ねえ、マルク。私の胸じゃいけないの?」


バニラが焚き火の光か、彼女は頬を赤く染め、上目遣いで俺を真っ直ぐ見つめる。


「……は?な、何を言ってるんだ?」


いくらこいつに気がないからと言ってドキッとしないわけではない。男なら当然だよな。そう、だからこれは違う。この動悸の高鳴りは違う。俺が好きなのはアンナだ。そうに違いない。


「だからっ!……もういいや。わかった。わったよ……」


彼女は俯いてしまって表情まではわからないが、すすり泣くようなそんな声だ。見なくてもわかる。

そして、俺はようやく彼女の気持ちがわかった。


「……お前……まさか?」


彼女は俯き何も言わない。でも、耳は真っ赤になっていた。……ここで誤解すると悲しいことになるし、真意を確かめるために俺は訊く。


「…………溜まってんのか?」


「はぁ!?」


そう言ってキレたのはミカエルさんだった。


「あんた……馬鹿なの?」


真顔で言われ、少しばかり考える。


「俺、馬鹿なのか?」


結局わからずに訊いてみると、ライドンさんとミカエルさんは強く二回ほど頷いた。


「ほう。俺は馬鹿なのか……って、そんなわけあるかーい!」


ノリツッコミをかましてみたが、呆れ顔をされるだけだった。

俺、気づいてないだけで、本当に馬鹿なんじゃないだろうか?

……いやいや、考えすぎだ。そんなことがあるわけが無い。


「てか、違うの?女の子もそういうことあるって聞いたことあるけど……」


「若いしそんなこともあるだろうけど、違うわよね?というか、あの流れでそうはならないでしょ?大体、言ってることがおかしいのよ。女の子になんてことを言うの?それで馬鹿じゃないなら、何が馬鹿になるの?というか、バニラはピュアだから。このご時世で大丈夫?ってくらいに純度のピュアなのよ!」


お説教口調でミカエルさんにまくし立てられ、俺は頷くしかなかった。

なら、なんだ?なんでやつはあんな人の心を乱すようなエロい表情を浮かべるのだろう。

……わからない。

いくら考えてもわからなかった。

それからもミカエルさんの説教は続いた。

暫く耳が痛くなるほどに、説教をされ、いつ終わるのか?なんて考えているとみんなのいる方から食欲をそそる匂いがしてきた。


「……そろそろいいわ。お腹も減ったしご飯にしましょうか」


いうだけ言いまくって、彼女は先に皆のいる方に行く。

俺はなぜこんなに説教をされたんだろ?

正座のし過ぎで足をが痺れている。ゆっくりと歩き、どんよりとした気分のまま戻ると、匂い通りに美味しそうな料理達が、テーブル並みの大きな切り株の上に並んでいた。


「ご馳走だな。こりゃ」


嫌な気分が一気に晴れた。


「この辺食べれる野草、山菜が多いのよね」


えっへん。と、腰に手を当て控えめな胸を誇らしげに前に出してそう言う。

さっき、泣いてたよね?多分だけど泣いてたはずなのに、なんでこんなに元気なんだろ?忘れちゃったのかな?三歩歩けば忘れちゃうニワトリさんなのかな?


「早く食べないとなくなるぞ。勇者」


「あ、あぁ。じゃ、いただきます」


箸で少し触れると、さっくりと音を立てて崩れるそれは山菜の天ぷらだ。

ゴクリと、喉を鳴らし、口からは涎がでてくる。

自分の欲望に素直に、俺はそれを一口で一気にいく。

アッツアツだがサクッと音を立ててちょっとの塩味と、山菜独特のちょっとした苦味が口いっぱいに広がる。


「うんめぇ!!」


苦味がいいアクセントになる。箸が止まんねえ……


「美味い……美味すぎる……」


そして、ミカエルさんの悶えるような声にそっちを向くと、ひとつの皿を眺めながら恍惚とした表情を浮かべていた。その視線を辿ると、練り物のようなものがあった。料理はそれだけでないことに気がつく。いや、気づいていたが、天ぷらのせいで全部吹っ飛んでいた。


「あれは……つくねか」


香しい香りが自分の下の方からきたので、そっちに目を落とすと、茶碗に日本昔話のように山盛りされた炊き込みご飯があった。


「……灯台下暗し。とはこのことか」


つくねに箸を伸ばし一口。

これは……最初に口に広がるさっぱりとした大葉みたいな優しい味と肉の味が邪魔をしないよう、互いに互いを高め合う。そして、噛めば噛むほど山菜のコリコリっとしたごぼうに近い食感が楽しませてくれる。

米が欲しい!

そして、炊き込みご飯をかき込むとキノコの独特な味わいやや鶏肉、野菜の味が米にしみ込んでいた。米ひと粒ひと粒が生き生きとしていた。……ここって天国ですか?

そんな夢のような時間はあっという間に過ぎ去り、満足した俺らは余韻に浸りながら夢心地のまま眠りについた。


まだまだ俺らの冒険は続く。

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