(元 序章)舞台設定・歴史年表

舞台設定・歴史年表 1

 二〇三〇年代。


 宇宙条約は意味を成さなかった。


 新たな戦争の青写真は、宇宙を舞台にして描かれ始めていた。秘密裏に宇宙兵器研究が行われ、地上では宇宙兵器による攻撃を迎撃するためのシステム構築が急がれていた。


 人々は防衛に携わる者の労苦を知らずに安寧を享受し、新世代の戦争が産声を上げていることなど知らぬまま、日々を過ごしていた。そんな平和と戦渦の境目が明瞭な世界で、新世代の兵器が、人知れず黎明を迎えていた。




 二〇八〇年代。


 依然、世界では紛争が多発していた。


 小型マルチコプターが紛争地任務での戦闘支援任務を担うようになっていたが、軽量化のために装甲が薄くなっており、電磁パルスや電波妨害装置などの電子攻撃に対して非常に脆弱だった。


 しばしば使用不可能になるマルチコプターの臨時代替として、機動性と静音性に優れた四足歩行ロボットが、光学センサー、透視レーダー、集音マイクを駆使して索敵を支援するようになる。


 やがて、重装甲兵装が施された機体が投入され、遮蔽物として兵士の身を守るようにもなった。


 四足歩行ロボットは自律移動こそするが、的確な支援任務を自動で遂行できるまでには至っておらず、オペレーターが遠隔操作することが多かった。


 それではあまりにも効率が悪いとして、人間の手による緻密で的確な操作をコンピュータに再現させる技術の研究が進んだ。



 それに付随する形で、スーパーコンピュータに新たなコンピュータを開発させるプロジェクトが、各国で本格始動する。


 紛争地での戦闘から得られたノウハウによって、ロボットの運動性能は着実に向上していく。


 やがて、支援ロボット技術は、特殊部隊が使用する強化スーツにも流用され始めた。


 従来のようなフレーム式パワードスーツから、人工蜘蛛糸を改良した新素材を使用した人工筋肉式外骨格型スーツに切り替わった。


 それらの技術は、一般市民にも恩恵を齎した。


 人体欠損を補うサイバネティックス義手や義足が高性能化し、ロボット技術と連携した技術革新が進んだ。


 ロボット工学の順調な歩みとは対照的に、世界経済は停滞していた。


 不適当な労働賃金と物価の不均衡によって、貧富の差はさらに拡大し、世界経済は虫に食い荒らされた古文書のように崩れ始めていた。長年に渡って国内消費という経済基礎を疎かにしてきた代償が襲ってきたのだ。


 先進国は労働賃金を少しずつ是正しながら、途上国の発展に活路を見出して投資を加速させ、経済活動の基盤を少しでも増やすことに躍起になっていた。




 中国は国内経済が立ち行かなくなっていたこともあり、以前から他国よりも先行して海外投資を拡充していたのだが、徐々に投資先を他国に奪われていった。


 それは必然だった。


 各国は中国の代表を国賓として丁重に扱い、厚遇して投資を引き込んでいたが、じつは最初から中国を信頼してはおらず、羽振りの良いうちは利用して、不要になればすぐに手を切るつもりでいたのだった。


 中国がどれほど資金を投入しようとも、過去に積み重ねてきた不信感を拭い去ることなど到底できるはずもなかった。


 真の友人を得られなかった中国は、投資国に対して不快感を示したが、今後の投資を円滑に進めて各方面の技術を得るために堪え、強く抗議するようなことはしなかった。


 矛を収めた中国だったが、ただでは退かなかった。


 それまで以上に周辺地域の実効支配政策を推し進めるようになり、以降、百年以上に渡って戦争の火種となり続けることになる。


 人類は長い時間をかけ、少しずつではあるが着実に、科学の進歩を実現していった。


 コンピュータ・アーキテクチャ研究。


 ロボットのボディーパーツ開発。


 強化スーツ兵装の進化。


 この三つの進化の道が、やがて一つに重なり、そこへ世界情勢の不安定という要素が重なって、新たなテクノロジーを生み出すことになる。




 二一四九年。


 核融合発電への完全移行が実現。


 世界各地で、海底アンカー固定方式の球形ドーム型核融合発電所の建造が進む。


 エネルギーは潤沢になり、資源問題が絡む争いは減ったが、イデオロギーの違いや経済問題に起因する争いは耐えなかった。


 豊かになっても、人はヒトのままだった。


 人類を取り巻く勢力争いの構図は変わらなかったが、コンピュータ技術は大きく進歩していた。核融合発電による豊富な電力供給によって消費電力に頭を悩ませる必要がなくなったことで、頭打ちとなっていたCPUの研究開発が進み、性能が大幅に向上した。




 二一八五年。


 アメリカ合衆国の大学と日本国の大学が共同研究していたスーパーコンピュータに、新たな構造の新生コンピュータを開発させるというプロジェクトが、ついに成功。


 新たな開発アプローチの賜物だった。それは、最新の人工知能の管理の下、システム防護対策が施されたスーパーコンピュータ上で行われた。


 脳細胞を模した膨大な数の極小チップに、あらゆる生物の遺伝情報とコンピュータウイルスの情報を入力し、それらと前世代の人工知能を掛け合わせるという実験を繰り返したのだ。


 それは、人類の祖先が進化の過程で体験してきた、ウイルスとの接触による遺伝子変異の再現だった。


 最新スーパーコンピュータの高い処理能力によって、新生コンピュータは生物が経験してきた数億年分の進化を体験した。


 その結果、コンピュータは進歩するのではなく、進化した。従来型のコンピュータからの、真の脱却が実現した瞬間だった。




 史上最大の技術革命として記憶されているこの出来事は、人工知能に驚異的な革新を齎した。


 これにより、完全に独立した状態で自律的に思考し、零から一を創造できる人工知能を完成させるという、新たな人工知能開発の模索が始まった。




 新たなコンピュータ・アーキテクチャを用いた新世代人工知能は、はじめにアメリカの軍事関連企業が開発し、次いで、日本の大学と企業の合同チームが開発に成功。


 さらにその一年後、ロシアが非合法に技術を入手するという流れで、世界中に普及していった。




 後になって、アメリカの軍事関連企業が開発に成功する三年前の段階で、日本の大学と企業の合同研究チームがすでに開発を実現していたことが明らかになる。日本は国を挙げてそれを隠匿し、日本製ロボット兵のみに新技術を供給し始めていたのだ。


 三年の間に先行して開発を進めていたことにより、日本製品は頭一つ抜きん出た性能を実現した。


 そして、そのまま長年に渡って研究開発をリードし、トップシェアを保持し続けることとなる。




 各国の研究者は、神にでもなったかのような気分で研究に勤しんだ。


 人の思考を人工知能で再現するという研究は実を結び、コンピュータはまるで人間のように物事を考え、判断し、実行できるようになった。


 しかし、自発的思考が過剰な状態は危険であると判断され、思考性能に規制が設けられた。


 その結果、自発的思考は鈍くなったが、それは止むを得ないことだった。命令は絶対であり、命令以外の行動を起こしてはならないという条件設定は、性能を差し置いてでも最優先すべきだと判断された。




 新たな人工知能によるロボット兵の性能の向上に伴い、ロボットは多様な支援任務を実行できるようになり、ついには狙撃手に付き従ってスポッティング支援まで担うようになった。


 四足歩行の従順かつ優秀なロボット達は増え続け、兵士の相棒となり、軍犬の良き兄弟となった。


 人工知能の性能は格段に向上したが、戦場の在り方を変えるまでには至らなかった。性能が向上しても、ロボットは道具の域を超えられずにいた。


 しかし、それは意外な形で打開される。

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