第46話 宝石の価値(下)
「これは知っておいたほうがいいと思うんだけど、テッサにはたぶん魔術の才能があるよ」
こういうのはストレートに伝えた方がいいだろう。
「魔術って……。テッサが魔術師様だっていうのか? それは――」
考えたこともなかったのだろう。
なかなか言葉が出てこないようだった。
無理もない。
「――俺は魔術なんて言葉以外なにも知らねぇからわからないんだが、それはあいつが食っていくのに困らないってことであってるか?」
ジュークにとって一番大切なことを最初に確認したようだった。
「色々やるべきことはあるけど、それであってると思う」
「そうか、ならいい話だな」
ほっとした様にそう告げる。
他に知っておくべきことはいくらでもあるのだが、彼は本当にそれだけ分かれば良いようだった。
「そうは言ってもその前に準備が必要なんだ」
魔術師として認められるには魔術院で学ぶ必要があること。
そのためには読み書きが出来なければいけないこと。
必要ならそれは補講で学べること。
そのための生活費と学費は必要ないこと等、順番に教えていく。
そして何よりも――。
「――本人の意思を確認しないことにはね。いや、その前に素質の確認が先か」
ちゃんと証明されてないと話にならないだろう。
「その確認ってのはどうやったらいいんだ?」
「教会で出来るはず。多少手数料がかかるけど、素質があれば返還されるよ」
幸い、アーダンは大都市なので教会にはちゃんと確認のための魔術具があるはずだ。
「金か、そうだな。あいつのためならなんとかするか……」
言い出しっぺなのでこちらが出してもいいのだが、ジュークは自分で払うつもりのようだ。
これは俺を信じてくれてるってことだよな。
万が一があったらなにか補填する方法を考えよう。
必要そうな事務手続きを説明すると、すぐに魔術の適正を見るというので付き合うことにした。
毒を食らわば皿までだ。
アーダンの教会はそう特徴的なものではなかった。
大きさもロムスのものより中央の広間が多少広いくらいで他にそこまで違いは無いように見える。
建物に入ってすぐのところに受付があり、魔術の資質確認について問い合わせると、特に待つこともなく今可能だという。
ジュークが受託金を支払うと受付をしていた二人の男性のうち片方、壮年の司祭がそのまま案内してくれることになった。
教会の中央に位置する魔術具の部屋、テムレスでは聖別の部屋だったな。
ここでもそうなんだろうか。
テッサはそこへ司祭と一緒に入るように言われる。
「この部屋に入ったらいいの? 兄ちゃんは?」
「おまえだけだ。俺はここで待ってるから心配するな」
そういわれてなお心配そうなテッサだったがジュークの譲らない様子を見て扉の開け放たれた部屋の中へ入って行く。
後は待つだけだ。
さっきまで明るい様子だったジュークは一転、だまって扉の方を注視している。
魔術の資質は他者に秘匿されるため、この部屋の壁は厚く、中の様子をうかがうことはできない。
それでも気になるのだろう。
たった一人分の確認なのでそう時間がかかることもなくテッサと司祭が部屋から出てきた。
司祭の顔を見るに結果は予想通りだったのではないかと思う。
一方、テッサの表情に変化はない。
そのことがジュークは不安だったのかもしれない。
食い気味に話しかけていく。
「テッサ、どうだった?」
その様子に少し驚きながらもテッサは答える。
「えっと、中に大きな透明の玉があって、触ったらぱって光ったよ。それだけ」
「! それって資質があるってことだよな!」
俺たちの方を見て確認する。
「そうだよ。テッサには魔術の資質がある」
「やったなテッサ!」
その言葉を聞いたジュークはテッサを抱きしめる。
テッサも笑顔だが、これは自分に資質があったことよりもジュークが嬉しそうなことを喜んでいるように見える。
場が落ち着くのを待って話しかけてきた司祭の言葉を聞く。
その内容は俺たちの時と同じ魔術の取り扱い、権利と義務の話だ。
扉の中でテッサにも同じことを伝えてあるはずだが、保護者のジュークにも共有しておこうということなのだろう。
正しい判断だ。
あとは受付で受託金の受け取りをして終わりだ。
正味三十分もかからなかった。
余談だが、ジュークは受託金の一部を喜捨してきたようだ。
なるほど、そういうのもあるのか。
嬉しさのおすそ分け的なやつだ。
教会もうまくやっているようだな。
「こいつに行先を示してくれてありがとうな。また借りが増えたな」
「私の話? どこへ行くの?」
それまでニコニコしていたテッサが疑問の声をあげた。
「王都だよ、魔術院って場所で魔術の勉強をするんだ。美味い飯が食えるようになるぞ!」
この辺りの地域で魔術を学ぶなら王都ほぼ一択だろう。
俺たちも土地勘はあるから多少の助言も出来る。
「……兄ちゃんは?」
「心配するな、ちゃんと王都まで連れていってやる。お前は凄いやつだから飯も寝るところもただなんだ」
「兄ちゃん、王都からはどうするの? 一緒に勉強?」
ここまでくれば、彼女が気にしていることはわかる。
「俺にはそんな才能はねぇよ。お前はお前の力で生きることができるんだ」
その言葉を聞いてテッサの様子は豹変した。
「王都になんて行かない! 魔術なんて要らない!」
ジュークの顔には困惑の表情が浮かぶ。
「何言ってるんだよ。もう寒い冬に水汲みの仕事をしなくていいし、ちゃんとしたベッドで寝れるんだぞ。お前いつも言ってたじゃないか、フカフカのパンがお腹いっぱい食べたいって、それが出来るってことなんだ」
それは、「一緒に食べたい」ってことなんだよ。
その後の問答は平行線だった。
二人の会話が止まって沈黙が訪れたところでカイルが口を開く。
「時間を空けてゆっくり話しあった方がいいよ。入学前の補講のことを考えたら次の新学期には間に合わないよね。当分入学はできないんだ。しばらくはいつも通りの生活をすることになるし、必要なものだってこれから集めなくちゃいけない。考える時間はたくさんあるよ」
冒険者ギルドでテッサは文字が読めないって言ってたな。
確かにそれなりの期間補講を受けることになるだろう。
カイルの言葉でジュークの頭も多少は冷えたようだ。
テッサにはフヨウとルイズが何事か話しかけている。
そういえば、テムレスの時、ルイズはテッサと逆の立場だったんだな。
彼女にも何か思うことがあったようだ。
「兄ちゃんと一緒にいる」
「すまなかった、兄ちゃんの話は急すぎたな。出ていけなんて絶対言わないから心配するな」
ジュークが約束することでなんとか話を落ち着かせることができたのだった。
ただし、結論はでないまま。
俺たちのアーダンへの滞在期間は短い。
郵送した手紙とのタイムアタック中だしな。
明日にはここを出発することになるのだが、彼らのことをここで放り出す気にはならなかった。
幸い、俺たちは今後も何度もアーダンと王都に寄る。
小まめに連絡を取れば相談に乗ることくらいできるだろう。
そんな説明をジュークにする。
「こんなことまですまねぇ。でも本音を言えば、あんたたちの助けは必要だと思う。まだ頼らせてくれ」
「俺が始めた話なんだからちゃんと最後まで面倒みるよ。それとこれ」
そういってその場で作った一枚の用紙を渡す。
言語の学習表だ。
全文字と、絵と単語が一体になった表が記載されている。
学校教育用に考えたことがあったので製作は一瞬だった。
「なんにせよ、読み書きは勉強した方がいいだろ。冒険者だって依頼を受けるのに必要なんだ。二人でしっかり勉強してくれ」
数字といくつかの単語が読めれば冒険者への依頼は受けられるようになっている。
しかし難易度の高い、報酬の良い依頼を受けたければその限りではない。
いつか必要な勉強なのだ。
その内容を見て、受け取ったジュークは言葉もなく深く頭を下げた。
「また、ひと月後くらいにはここに寄るからさ、宿は教えておくよ。あとはロムスと王都の連絡先も。話の途中で出ていくみたいになっちゃってごめんな」
「そんなことねぇよ。俺もなんとかテッサと向き合ってみる」
そうして彼らと別れることになった。
このことはじっくり相談すれば解決する問題だと思っている。
二人なら大丈夫だ。
どっちも相手のことを大切にしているから。
日は夕暮れに近づいていたので手早く宿で試作馬車のチェックをしてからその日は休むことにした。
さあ、明日からまた仕事だ。
旅は快調だった。
以前と比較しても街道の整備が進み、走りやすくなっている。
ところどころ魔術で補修して進んだが、それでも予定を大幅に超えて早く到着できそうだ。
どちらかというとそのことの方が問題だった。
試作馬車は速すぎるのだ。
同じ道をそれなりの数の人々が通行しており、そのほとんどより速い。
必然相手を追い抜くことになるのでそれを気にする必要があった。
狭い道なんかを拡張したりオーバーテイク技術を訓練する必要がありそうだ。
今後交通量が増えたときのことを考えて、あまり不愉快ではないクラクションの開発も必要かもしれない。
そんなことを考えているうちに、ロムスへ到着してしまった。
王都を出発して九日目のことだった。
アーダンでの滞在を考えると調子が良ければ八日で走破できることになるか。
これは革命的だ。
南門からロムスの街へと入る。
街中を馬車でゆっくり進むと街を行く人々が子どもが御者をやっている様子に驚く。
もちろん中には顔を知っている人もいて「おかえり」と声をかけてくれることもある。
またこの街に帰って来た。
そこかしこで工事をやっていて工事関係者が多い。
エルオラ街道の解放以降、ロムスの活気は増す一方で帰る度に大きくなっているのを感じる。
今回はついにいままでの街の範囲では足りなくなり、門より外側を大幅に開発する様だ。
街中の道の拡張等も行っていて気を付けて走らせないと事故を起こしそうだ。
荷物を運ぶ人夫や走り回る子どもに他の馬車等をやり過ごして屋敷への丘を上がると洗濯ものを取り込んでいるエリゼ母さんが見えた。
みんなが馬車から乗り出して手を振る。
ただいま。
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