第1話-4 2年3組、有平 瞬。

 俺たちの高校は小高い丘の上にある。丘といっても山の中腹みたいなところで、立派な道路もひかれてるし周りに民家もある。コンビニもあるので不便ではない。

 ただしこの坂道だけは何よりもつらい。夏場の朝、遅刻しそうになったときこの坂道をダッシュするのは朝練よりつらい。

 坂を上りきると高校がある。東西南北、四つの入り口があるがメインはこの南口と向こうの東口だ。

 南口にある門は古くからのものらしく、レンガ石が積み上げられている門だ。その門の先には駐輪スペース。自転車通学の人はここに停める。そしてその先に昇降口がある。

 昇降口ではちょっとした渋滞が起きていた。新学期になり下駄箱も変わったため新入生だけじゃなく在校生も手間取っているらしい。

 ようやく上履きに履き替え、一歩進んだところにホワイトボードが置かれている。そう、クラス分けの掲示。新学期恒例のイベントだ。


 すると後藤が声を上げる。

「あ! おーい宗孝むなたか~」

 後藤が手を振る方向を見ると、頭二つ分飛び出た木代きだい宗孝むなたかがこっちに向かって手を振っていた。後藤もそこそこでかいが宗孝はもっとでかい。後藤と宗孝は幼馴染で、実家が同じ商店街にある八百屋とパン屋という商店街ファミリーだ。

 後藤が掻き分けた群集のあとに俺と仁美が続く。宗孝はすでに掲示をチェックしたらしい。

「瞬、一緒だぜーよろしくな」

「お、まじかーよろー」

「えぇ!? いいなぁ。俺は俺は」

「ゴットは四組だった」

 ゴットとは後藤のことで、宗孝しか呼んでる人を見たことが無い。

「なーんだ、惜しいな。お前たち三組かー」

「仁美ちゃんは七組だったよ」

「りょーかーい。離れてるね(笑)」

 雑談もそこそこにホワイトボードの前を離れた俺たちは、二年の教室がある一棟いっとうへと向かった。



 うちの高校は少し造りが特殊だ。

 ざっくり説明すると、一番南側にあって東西に伸びてる建物が「一棟」。その北側にあって、これまた東西に伸びているのが「二棟」。一棟と二棟の西よりにある渡り廊下の役割をしているのが「ゼロ棟」という建物。一棟と二棟の間にあって、ゼロ棟以外の場所は中庭として使われている。そして二棟のさらに北側に「三棟」というちょこっとした建物がくっついている。おおまかにこの四つの建物が教室がある校舎。

 一年・二年は一棟、三年は二棟にHR(ホームルーム)となる教室がある。そのほかの教室には各科目の先生がいる「研究室」とよばれる教室もある。意外なことに職員室はない。

 そしてそのほかに体育館、部室が集まっている部室棟、グラウンド、テニスコート、プールといった基本的な施設は結構充実している。進学率がよければ予算が県から下りるらしく、ちょこちょこ改装もしているっぽい。

 そんなこんなで俺たち二年のHRは一棟にある、というわけだ。



 そしてそれぞれのクラスに分かれ、始業式の前の短いHRが行われた。



 ◆



 縦に七、横に六。四十人の二年三組。名簿順なら瞬は大体先頭になる。まあ名簿順に座るのはHRだけだし授業ではそれぞれ教室を移動する大学方式という制度だからあまり気にならない。早めに次の教室にいって良い席(すなわち後ろの席)を確保することは、この高校ではもはや常識。

 宗孝とは微妙に離れていて話が出来そうも無い。スマホを取り出してLINEを開いた。


『そっちはどう?』

 しばらくすると仁美から返信が来た。

『いい感じだよ。吹部の子がいたの』 鶏スタンプ。

 もはや今日帰ったらこのスタンプ買おう。

『瞬のクラスはどう?』

『知り合いほとんどいないわ』 熊のバッドサインスタンプ。

『ドンマイ(笑)』



「はーい、おまたせ。席着けよー」

 ドアを開けたのは小倉先生だ。父さんより年上っぽい風貌の数学教師。年齢的に学年主任らしい。

「数学担当の小倉です。三組担任だからなー。よろしく」

 まばらな「っしゃーす」という声がちらほらと聞こえてくる。

 小倉先生は大当たりかもしれない。この先生の解法は独特だが俺に合ってる。小倉先生は面倒なことが嫌いで、基本放任主義。そんなところも俺にぴったりかもしれない。

「そんじゃー始業式は十時から体育館。終わったら今日は帰ってもいいけど、明日からは授業だから予習忘れんなよー。あと自分のロッカーを確認しとけー。よし、以上」

 さっきより「はーい」のボリュームが大きくなった気がする。


 HR終了後、早速宗孝の元へ向かった。

「やったな、小倉先生は予想外だわ」

「瞬は合ってるかもな小倉先生と。タイプが」

「かもな」

 そのとき、開いていた窓の前側、つまり四組のほうから叫び声が聞こえてきた。

「っこらぁあ!! 後藤ぉおお!!!!」

 俺と宗孝は黙って「やれやれ」と目を合わせた。



 ◆



 体育館で宗孝と座っていると後藤がやってきた。

「お前初日からなに怒られてんだよ(笑)」

「え? あああれか。ぜっんぜん大したことじゃないんだけどさ」

 多分大したことだろう。

「四組の担任、冬馬先生だったんだよ。数学の。わかる?」

「わかる。若い先生だよな」

 宗孝はよく覚えていられるな。

「そうそう。初担任だっていうから、『初めてなら優しくしてくださいねっ♪』って言ったらあの剣幕」

「バカじゃねえの(笑)」

「いやいや! クラス全員笑ってたからな! 恥ずかしがりやなんだよ冬馬っち」


 気付けば体育館にも大方の人数が集まってきた。これも大学方式なので席とか並びとかは無い。適当にグループであぐらかいて座って話し聞いて終わり、そんな恒例行事だ。

 予想通り校長のありがた~~~~いご高話をお聞きして式は終わった。


 帰ろうとするとバレー部の部長に声をかけられた。

「おー、有平と後藤。お疲れ」

「「おつかれさまっす!」」

「午後だけどさ二、三年だけでミーティングやっから、部室に13時な」

「うーっす。 あ、部長、吉村は吹部出るって言ってたんですけどいいすか?」

「ああ全然いいよ。あれの打ち合わせだから」

 後藤が「おぉお! あれっすか!」とはしゃぎだした。

 はしゃぐ後藤を尻目に、仁美に『部長OK吹部いってら』とだけ送った。

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