第19話 ー稽古の章 9- 相撲の時間だ

 弓の訓練時間が終わり、次はいよいよ相撲の訓練だ。待ってましたとばかりに、俺は息を荒げる。


「ん、なんだ。彦助ひこすけ。そんな鼻息を荒げて。豚かなにかに見えるよ」


 弓の稽古の指導を担当する鬼教官・椿が、俺の容姿を見て、そう表現する。


「豚とはこれまたいい表現だぶひぃ。もっと言ってやれだぶひぃ」


「ぶひぃって口癖の田中に言われる筋合いはねえ!」


 椿がやれやれと言った表情で俺たちを見ている。大体、豚って言いだしたのは、教官、お前だろ。


「そうだね。豚がすでにいるなら、猛牛のほうがよかったかな」


「ハッハッハ。椿さん、表現が豊かなのデス。弥助やすけもそれくらい日本語がうまくなりたいのデス」


「ひ、彦助ひこすけさんは、猛牛、ですか。言いえて妙ですね」


 ひでよしだけが真面目な顔つきでうんうんと頷いている。あのさ、ひでよし。みんな冗談で言っているんだから、そんな本気にとらなくてもだな。


彦助ひこすけさんの相撲は、言わば猛牛のような力強さです。椿さんは弓だけでなく、相撲にも知識が深いのですね」


「いやまあ、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど。でもいいか。相撲は神様の神事でもあるから、詳しくないわけでもないよ」


「で、では、もし時間が空いてるなら、相撲の特訓を見ていただけま、せんか?見る人が多いほうが、より的確な助言ができると思うの、です」


 ううんと椿は唸っている。まさか、これで了承したら、弓だけじゃなく、相撲でも鬼教官になるのかよと、おっかなびっくりな俺である。気が気ではない。


「助言できるほど、詳しくはわからないよ。そもそも土俵は女人禁制だしね。外で見ている分しか判断できないけど、それでいいのかい?」


「は、はい。多角的に見ることが大事なので、それで構いま、せん」


 ひでよしに押され、結局、椿も相撲稽古の観戦に付き合うことになったのだった。



 相撲の訓練場のど真ん中で、俺たちは四股踏みをする。どの時代でも、相撲の基本は四股からだった。相撲ってのは、こんな戦国時代から現代につながってるんだなって思うと、俺はなんだか嬉しい気分になった。


「そういや、あんたたちの強さの順番は、どうなってんだ?やっぱり今でも田中が一番なのか?」


「いや、この中で一番強いのは、ひでよしなんだぶひぃ。その次が彦助ひこすけで、俺は3番目。で、最後が弥助やすけだぶひぃ」


 椿は目を白黒させている。なに驚いてんだ?やっぱり、ひでよしが1番強いってことか?そら、一番、背が低いからな。


「3か月前の津島の町の相撲大会で、若者部門、準優勝の田中より、ひでよしと彦助ひこすけのほうが強いっていうのかい。そりゃどういった手品なのさ」


 え。田中って実は強キャラだったの。俺としてはそっちのほうがびっくりだ。


「僕が彦助ひこすけにぶん投げられて、その彦助ひこすけをぶん投げたのが、ひでよしなんだぶひぃ」


 椿は今度は、口をぱくぱくさせている。なんだ、池の鯉の真似か?だれか餌もってこい。


「おい、見直したぞ、彦助ひこすけ。田中を投げちまうなんてよ。ただのデブかと思ってたよ」


 ただのデブではございません。筋肉デブと呼んでください。教官殿。


「そんなんじゃ、ますます、私のでる出番なんかないんじゃないのかい?ひでよしよ」


「い、いえ。強いからこそ、見てもらうひとがいなければいけま、せん。弓でもそうですが、独りよがりの訓練は型がくずれやすいものです」


 椿が、あー、と思い当たるようにいう。


「確かにそうだね。それは大事なことだわ」


 ひでよしの考えの深さに俺は驚かされる。言われたまま訓練をこなせばいいやと半分思っていたが、ひでよしは真剣そのものだ。訓練にかける熱量がちがう。こりゃ、ひでよしにぶん投げられるのは当然だよなと思ってしまう。


「で、どうやって見たらいいんだい?あんたら4人なんだし、2人づつで組んでやるとしたら、私が同時に2つも見ることになるのかい?」


「い、いえ。同時に相撲をとるのは1組だけです。あとは3人でじっくり観察し、どこがよかったのか悪かったのか、言ってもらい、ます」


「ふむふむ。でも、それじゃ、訓練回数が減っちまうだろ。本末転倒じゃないのかい?」


「反省もなく、ただ闇雲に訓練を続ける方が、よっぽど本末転倒なの、です。わたしたちは生死を賭けた闘いにでるの、です。一戦一戦を大事にするほうが大切、です」


 ひでよしの考えるスケールのでかさに俺は正直ついていけない。なんなんだ、一体。


「あい、わかったよ、ひでよし。あんたがそこまで言うなら、私も私なりにできうる限りの助言はさせてもらう。つい、忘れがちになっちまうけど、あんたら、兵士だもんね。訓練で手ぬいちゃだめだ」


 ひでよしの熱が、椿に伝染していくのが見て取れる。あれ、もしかして、俺、とんでもない勘違いをしてきたんじゃないだろうか。そう、兵士になると言うことに対して、認識が甘すぎたってことだ。


 急に怖気がやってき、俺はぶるぶると身震いする。そんな俺の尻をぱあああんといきなり田中が叩く。


「怖くなったぶひか?」


「ば、馬鹿野郎。これは武者震いだっていうんだよ」


 俺は精一杯、強がってみせる。まただ、また、さっきのように胸がちくちくする。なんだってんだよ。俺、しっかりしろよ。まだ何もはじまっちゃいねえじゃねえか。

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