第17話 ー稽古の章 7- 仕置きはケツ罰刀(ばっと)

「ぜんぐーん、整列。まわれー右!」


「槍を持て。前につきだせええ。槍衾やりぶすま!」


「構え戻せ。左向け、左!」


長槍の訓練は続く。反復につぐ、反復練習だ。槍を持つ手がしびれてきた。訓練初日だからと言って甘えさせてはもらえない。


「ああ、つらい。ほんとつらい。おれの産まれたてのような手のひらが豆だらけになっちまう」


「なにまた、おかしなことを言い出してるんだぶひぃ。手を休めずに、しっかり訓練しろだぶひぃ」


「槍を振るえば、手が豆だらけになるのは当然なのデス。ひと皮むけるたびに彦助ひこすけさんは強くなるのデス」


田中と弥助やすけがもっともらしいことを言う。俺が言いたいのは、こういう地道なことじゃなくて、もっと大規模殺戮魔法なんか使えて、だばあああと敵兵をなぎ倒せるような、そんなのが欲しいわけだ。


俺が夢想しているとその脇で3人が


「また何か妄想がはじまったぶひぃ。ひでよし、なんとかするだぶひぃ」


「えっえっ、何とかと言われまし、ても」


「槍の先で尻を突けば戻ってくるデスヨ」


いたっ、いたたっ!本当に差してくるんじゃねえよ!いくら訓練用に刃の部分が木製だからと言って、痛いもんは痛いんだぞ。


「オウ。こっちの世界に戻ってきたデス。さすがは知能派の弥助やすけデス。作戦は完璧なのデス」


「さすが弥助やすけだぶひぃ。彦助ひこすけが変な世界に入ったら、これからは尻を突けばいいんだぶひね」


「な、なるほど。勉強になり、ます」


こいつら、好き勝手言いやがって、あとで覚えてやがれよ。


そんな捨て台詞も言う余裕もなく、槍の訓練はその後、1時間ほど続き、ようやく終わる。



「ふっはあ、つっかれたあ。なあ、田中よ。毎日、こんなむっさい男所帯の中で訓練って続くの?かわいい女性とかいないわけ?」


「んん。いることはいるんだぶひぃ」


「え、まじで!どんな子。歳は?美人系?可愛い系?」


俺は矢継ぎ早に田中を質問攻めにする。地獄に仏とはこのことだ。こんなむさくるしい連中より、女性と訓練するんだあ。


「歳はたしか数えで18で、ぶさいくではないと思うぶひぃ」


「まじで。田中、紹介してよ、紹介。田中さんはできるひとだから、ツテがあるんでしょ?」


俺はもみてをしながら、田中に近づき、彼の肩を揉む。


「田中サーン。その女性って、もしかして、次の弓の訓練で指導してくれるあの人たちのことデスカ?」


「あの人たちってことは、たくさんいるの?やったね、選びたい放題じゃん!」


俺はまるで選択する権利があるかのごとくに、この時ははしゃいでいたのだ。だが現実は甘くなかった。なんで俺はラブロマンスなんか期待しちゃったんだろうな。若いゆえの過ちだったのかなあ。



「おい、お前ら、きばっていけや。的外したら、お前らが次の的だ」


続いての弓の訓練は、木刀をもった巫女姿の女性陣がケツ罰刀ばっとよろしく、ご指導してくれるのであった。


「彼女らは熱田神宮の由緒正しき、巫女さんたちなのデス」


弥助やすけがそう解説してくれている。


「おい、そこのへっぴり腰のデブ。お前、弓、持ったことねえのか、ああ?」


「は、はい!弓をさわるのは今日が初めてです!」


俺は萎縮しまくりながら、触ったこともない弓をみよう見真似で、射ろうとする。


「おい、まて、お前。わからないなら、ちゃんと私に聞くんだよ」


「サー、イエス、サー!」


「ああん、なにわけのわからないこと言ってんだ。とりあえずだな。足を適度に開け。ああ、開けすぎ、もう少し閉じろ」


俺は言われるままに右足と左足の位置を調整する。


「よおし、次は、まっすぐ背中を立てろ。猫背になってんじゃねえ」


背中に木刀の先を這わせて来る。俺はひいっとなり、背筋をぴんと伸ばす。


「そうだそうだ、その姿勢だ。弓の弦を引くときにも注意しろよ。素人はすぐ、背が丸くなるからな」


「イエス、サー!」


「弦を引いたら、まっすぐ目を的に向けろ。ああ、だめだだめだ、あごを出すんじゃない。あごを引け」


俺はやや上目遣いになりながら的を見る。


「だーかーらあ、まっすぐ的を見ろと言ってるだろ。それじゃ背中が丸くなる」


軽くコンコンと木刀の先で背中をノックされる。そして、その木刀は俺のあご先に持ってこられ、あごの角度を調整する。


「よおし、その姿勢だ。射てみろ」


俺は言われるままに、矢を放つ。するとその矢は、的の中心は外したものの、その縁に見事突き刺さる。


「おお、やるもんじゃねえか、初めてにしては上出来だ。もしかして才能があるのかもな」


「教官の教えがいいからです、サー!」


「褒めても何もでないぜ。さあ、あと99本、射るんだ。疲れたからって姿勢を崩すんじゃねえぞ。へっぴり腰でやってたら、ケツ罰刀ばっと食らわすからな!」


「わかりました、サー!」


「さーってのはなんだい、さっきから。なんだか、こそばゆいったらありゃしねえ」


「決して、教官が怖いからでありません!畏敬の念を込めて言ってるのであります!」


「ほう、私が怖いってか。へえ、なるほど、なるほど」


「オウ。彦助ひこすけサンは、ちょっと頭のネジがゆるいのデス。変な発言は許してほしいのデス」


ナイスフォローだ、弥助やすけ、たまにはお前、役に立つじゃねえか。


「でも美人の女性に手ほどきしてほしいとも言っていたのデス。彦助ひこすけさん、残念でしたネ」


「ああん、彦助ひこすけ、てめえ。私がブサイクだっていうのかあ!」


「違います。その発言は出来心と言いますか」


「おい、田中、弥助やすけ、そいつを抑えろ。ケツ罰刀ばっとだ」


俺の悲鳴が訓練場でこだまする。弥助やすけを信じた俺が馬鹿だったんだ。

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