第8話 ー時転の章 8- チート能力は密かに開眼する

 夕飯は新人歓迎会をかねての、ちょっとした広場での宴会となった。俺は20歳を超えていないという現代の基準をまもり、酒は控えている。隣に座る、ひでよしはメシをお椀いっぱいによそって、もぐもぐと食べている。


彦助ひこすけさんは、お酒飲まないん、ですね。立派な18歳な、のに」


 秀吉はそういうが、俺もこの歳まで酒は一滴も飲んだことはない。まあ、ただ現代のルールを守っていただけなのだが。


「この時代じゃ、成年は14かそこらだろ。お前こそ、飲んでないじゃないか」


「の、飲めることは飲めるのですが、さすがに明日は初日です、からね。寝坊しては大変、です」


 明日は訓練初日ということで、ひでよしも酒は飲んではいない。けっこういける口ではあるらしい。


「あとさ。俺ら同期なんだから「さん」づけはいらねえ。あと敬語もよしてくれよ」


「は、はい。彦助ひこすけさん、すいません」


 ほら、またあと俺は言う。こいつのはすでに癖なんだろうなとは思う。


 メシは、白い米ではなく、あわひえだそうだ。初めて食うがそれほど味は悪くない。というか、こちらの世界に飛ばされてからこっち、何も食べてないんだ。空腹はどんな調味料より勝る。まさにそれだ。


「しかし、この時代にも、ちゃんこがあるのには驚きだぜ」


 広場の中央の大鍋で煮られているのは、野菜と鶏肉を煮込んだ、いうなれば力士がよく食べる、ちゃんこそのものである。今と昔でも、人間の味覚というものは大差はないらしい。


「お、お給金だけでなく、ご飯まで頂けるなんて、織田家はすごいの、です。まるで極楽にいるかのよう、です」


「そんなに他国ってのはひどいのか?まるで経験があるかのように、ひでよしは言うけどさ」


「ここに来る前に一度、今川家のほうで足軽をやっていたの、です」


「へえ。そこではどうだったんだ?」


「た、食べるものすら、まともに配給されず、飢えているときは食べれる草をもいで、粥として食べていま、した」


「まじかよ。お前、よく生きてこられたな」


 つい、ひでよしの境遇に同情する。おれの居た時代なんて、毎日3食、がっつり食べてたもんだ。


「ど、どこの国でも変わり映えはしないと思い、ます。普通なら足軽として雇ってもらうことすら叶いま、せん」


「ひでえ世の中だな。こうやって夕飯にありつけるだけでも極楽なんだからよ」


 俺はつい、視線をお椀の中の汁ものに落とす。食っていけるだけありがたいってか。俺は本当に幸運だったんだな。


「よっし。今まで食えなかった分、たっぷり食っちまえ、ひでよしよ」


「は、はい。たくさん食べて、信長さまに恩返しします!」


 俺とひでよしは、メシとちゃんこを何度もおかわりする。すると、ひでよしはあることに気付く。


「あ、あの。わたしが散々、投げ飛ばしといてアレなんですけど、擦り傷とか、消えてますよね」


「んん?そういえば、そうだな。さっきまでひりひりしていたのに、いつの間にか痛みが消えているわ」


 何だろうと思い、自分の身体をまさぐる。すると、ぽろぽろと何かが剥がれ落ちる。


「うわ、きたねえ。なんだ、カサブタとか皮膚か、これ」


 これは垢なのだろうか。実は、こっちの世界に飛ばされてきたときに時間がずれて、1週間ほど風呂にはいってない設定になっているとかか?


「なあ、ひでよし。俺、臭う?」


「さ、さあ。そんなにひどく臭うわけではありま、せんよ。むしろ良いほうです」


 何だろうと、このときはわからなかった。だが後で知ることとなる。これが実は俺に備わっていたチート能力であることを。



 小規模な宴会といえども、実際には長屋に1000人ほど兵士が詰めていた。その半数は、もらった給金で町に出てメシをくったり、女を買ったりして過ごしているようだった。


 おれとひでよしは、同じ釜のメシをくうことにより、ぐっと仲は良くなっていた。


「そういえば、お前の弟のひでながって言ったっけ。あいつは兵士にはならなかったな。なぜなんだ」


「それは村に両親がいるから、ほおっておくことはできないということ、です」


「なら、お前はなんで家を飛び出してきたんだ?」


「そ、それは、わたしが継父との仲が良くなく、半ば追い出されるように家から飛び出してきたのです」


 俺はしまったと思った。そんな込み入った事情とは知らずに、根掘り葉掘り聞いちまった。


「すまねえ。ひでよし。言いたくもない話させちまった」


「い、いいんですよ。こんなのどこにだってある話、です。それでもまだ、わたしは出立のお金はもらっていましたから」


「いくらもらったんだ、そのときは」


「た、たしか1貫です。そのお金で商売をし、なんとか生計を立てていたの、です。ですが、今川家で兵士になったあとは、出費しかなくて」


 1貫といえば現代でいえば10万円だ。俺なら10万円ぽっち渡されて家から追い出されたら、生きていくことはできん。うん、絶対、そうだ。


「それで、給金の出る織田家に来たわけか」


「は、はい。風の噂かと思いましたが、あのまま今川家にいても飢え死にですから、賭けてみました」


 悲壮感あふれる話だ。聞いてるこっちが泣けてくる。ああ、ほんと、尾張おわりに飛ばされてよかったなと、俺は心底、自分の運をありがたむのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る