第2話 夏侯威、絶世の美男に会う

「なんという美しい男だ・・・」


 泰山郡に赴任した夏侯威は着任の祝いを受けた。その席に上党太守、羊衜の代理として息子の羊祜が出席した。


 夏侯威は男色家ではなかったが、この青年を見て男色という言葉が頭をよぎった。妻曹夫人 (曹真の妹)と最近うまくいっていないことも原因かもしれない。長男夏侯駿が生まれてから、妻は夫を拒否するようになった。最初は無理をしてでも事に至ろうとしたがそのたびに妻は激怒した。


 ある日妻が寝ている時に襲い掛かったことがあったが、その後妻からは無視されるようになった。この時幸いにも次男夏侯荘ができたのだが、妻は夫の行いを許すことはなかった。それ以来、ご無沙汰である。


「貴公、結婚はしておるか」

 もはや何を言っているのか自分でもよくわからない。結婚していればどうだというのだ。結婚していなければどうだというのだ。

「いえ、まだしておりません」

 どこかでほっとしたような気もするのだが、質問した以上、その話題を続けなければ不審がられる。

「私の姪がまだ嫁いでおらん。貴公いかがか」

 いきなりいかがと言われても困る。会ったこともなければ、どのような娘なのかも聞いていない。

 夏侯威は名将夏侯淵の息子であり、現皇帝の血縁でもある。その姪というのが夏侯威の兄弟の娘なのか、妻の兄弟の娘なのかもわからない。どちらにしても夏侯威が自分と血縁になろうとしていると羊祜は受け取った。


「恐れ多いことです。将軍の姪御殿をいただくなどと。それに私の姉はまだ嫁いでおりません。姉が嫁いだ後、私は嫁を取ろうと思っております」

 姉がいるのか・・・夏侯威の中で様々な思いが駆け巡った。

「ではまず貴公の姉の嫁ぎ先を面倒みよう」

 お前が欲しいのだ、とは言えなかった。会話の流れとして自然なものを選んでいるに過ぎない。

「姉は少々難しい女子でして。嫁ぎ先を探すのはいささか・・・」

 どのように難しいのかはわからない。しかし一度口に出した以上は面倒をみるつもりであった。

「では一度貴公の姉上に会わせてもらえぬか」

 夏侯威は羊祜の家を訪ねることとなった。


「なんという・・・」

 羊祜の家を訪ねた夏侯威は絶句した。予め調べておくべきであった。羊祜の母は美女、才女としての誉高い蔡琰だった。70を超えているはずであるが、美女と呼ばれた片鱗がそこかしこにみられる。70の女性でここまで美しい女性を見たことがない。

 娘にも会ったが、母、息子同様の美貌である。しかし夏侯威の頭には羊祜しかなかった。娘は他にくれてやってもいい。ただし勿体ないという思いもある。ならば政治利用するのがいい。

 司馬一族・・・

 蜀の北伐を破った魏の功臣の一族。その司馬一族の後継ぎとみられる長男、司馬師が二人目の夫人と離婚した。タイミングとしてこれほどいいことはない。


 後日司馬懿を訪ねた夏侯威は羊祜の姉、羊徽瑜を司馬師の嫁にと勧めた。

 司馬懿は了解し、羊徽瑜は司馬師へ嫁ぐこととなった。

 あとは羊祜である。


「兄者、兄者、後生だ。俺の願いを聞いてくれ」

 久々の快晴、久々の弟の来訪。二つ合わせて青天の霹靂だった。

「兄者の娘をくれ!」

 姪を嫁に寄こせとは何事か。妻とうまくいっていないとは聞いていたが弟はどうかしてしまったのだろうか。

「絶世の美男・・・いいや、隠れた名将がいるんだ。彼に兄者の娘を嫁にやってほしい」

 話がよくわからなかったが、最後の「隠れた名将に娘を嫁がせたい」という言葉が本来の話であろう。夏侯覇は弟にその隠れた名将について尋ねた。

 弟の話では名将になるかどうかはわからなかったが、家柄はいいらしい。再三の問答の末、弟に根負けした。

「娘が名将の嫁か。その男が名将になれるのはいつの日のことか」

 雲一つない青空を見上げながら夏侯覇は思った。心の中に曇天を抱えながら。


 後に夏侯覇は魏を裏切り、蜀漢へと出奔する。そして羊祜が名将と呼ばれ頃にはこの世に存在しなかった。

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