ヴィンセント海馬 ★漢検篇★
藍澤 誠
第1話 獅子女はスフィンクス
4月27日金曜日19:00。20人近く入れる店内に客の数は自分を含めて3人。みんな1人出来ているので静かだ。BGMはショパンのピアノ。22:00まで営業しているカフェで、水野美月先生は食後のホットコーヒーを楽しんでいた。
明日は土曜日だけど休みだ。きっと校長室にあるAI『校長ロール』が、いろいろな状況を鑑みて、この日は休み! と判断したからだろう。美月先生自身は、常識的に考えて『年間スケジュール』を変更したら、逆にみんな迷惑じゃないか——そういう発想をついしてしまう。
でも——
銀色の髪の少年の発言を思い出す。たしかあの子は言ってた。
——おれ、きっとあり得ないくらい迷惑かけまくると思うんです
大丈夫。そんなことないよ。
ヴィンセント・VAN・海馬くん。海馬くんと行動をともにしてから『迷惑』という感覚が圧倒的に薄れている。そして1つの結論めいたものが見えてきた。
自分の好きなように生きない方が迷惑なんだ、きっと。
今日はカフェでリラックス。連休は思いっきり好きなことをやろう。そしてカフェでくつろぎながらやるといったらもちろん——
漢 字 検 定
1 級 の お 勉 強
何年勉強しているのかもはやわからない。漢検1級の難しさを知らない人は『国語の先生が本気で勉強すれば不可能じゃないだろ』と思うかもしれない。でも試しに漢検のサイトで1級の問題を見てみばきっとわかる。
あ た ま お か し い
たとえば今さっき、斜面を滑る『ソリ』の漢字を問われた。梶基次郎の小説からの出題だ。正解は『橇』。その次は『ただれる』。これは『爛れる』と書く。そしてこれらがメチャクチャ簡単なレベル。こういうイージーな問題を落とすとまず合格は不可能。『壁蝨』と書いて『ダニ』、『獅子女』と書いて『スフィンクス』なんて出たらガッツポーズするレベル。
今、美月先生が長考している問題は・・・
公民館の教室でエキキを楽しむ
エキキって何だろう。
そこを考えるのが面白い。まず公民館の教室っていうのがよく分からない。おじいちゃん向けの囲碁教室とか?
ん?!
イイ線、いってるかも!
エキキのキの1つは将棋の『棋』かも!
じゃあエキってなんだろう。
易しい将棋で『易棋』?
うーん、でもそしたら「公民館の教室で」というフレーズとの組み合わせがちょっと合わないような。そして数分経過——降参。
美月先生は自分のルールとして、答えをチェックする前にネットで検索する。
・ ・ ・
ちょっとは予想していたんだけれど。『エキ棋』で検索しても、それらしい漢字はヒットしない。『エキ棋 公民館』で調べると検索結果はさらに悪化。googleも教えてくれないという状況は、漢字検定1級の問題にはよくあることだ。うーん。仕方がない。じゃあ答えでも、というタイミングでLINEでメッセージが来た——海馬くんからだ。
海馬くん 『美月先生、今、どこにいますか?』
美月 『今、ひとりでカフェなんだけど・・・』
海馬くん 『ひとり? やっぱり(笑)』
美月 『やっぱりって! ところで海馬くん、エキキを楽しむのエキキってどんな字か知ってる?』
海馬くん 『エキキ? ああ、奕棋ですね』
そ く と う
ミルクの入っていない少し冷めたコーヒーに、美月先生の表情をなくした獅子女フェイスが映っていた。
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