をん




 父はその力のことを「をん」と呼んでいた。


 それは漢字にすると「恩」とも「怨」とも書くもので「思いの力」なのだそうだ。


 どういう力なのか。簡単に言えば「自分に親切にしてくれた人は幸せにすることが出来て、自分に意地悪をした人は不幸にすることが出来る」という感じだろうか。


 父の家系は代々この力を受け継いでいて一人娘の私も当然のように生まれながらにしてその力を有していた。


 伝承によると大昔に私の先祖がひょんなことから妖怪に呪いを掛けられ、その後、それを不憫に思った偉い御坊様が相反する力を授けてくださったのだという。


 嘘みたいな話だが、私は実際に色々と経験したせいでこの話を信じていた。


 幾つか紹介してみよう。


 幼稚園に通っていた時のことだ。毎日のように私に意地悪をしてくる女の子がいた。彼女は同い年だったが私よりも身体が大きく病弱だった私は何をされても逆らえずにいた。


 ある日、私は髪の毛を引っ張られた。その時、いつもならただ泣き顔になるだけの私は珍しく怒りを覚えて彼女を睨みつけた。


 次の日、彼女は幼稚園に来なかった。次の日も、その次の日も彼女は休んだ。


 あとで知ったことだが、私が彼女を睨みつけたあの日の夕方、彼女は車に轢かれて大怪我を負っていたのだ。


 彼女とはそれっきり会っていない。


 また、こんなこともあった。


 私が小学生の時だ。隣の席になったある男の子がいた。とても明るい性格でクラスの人気者だった。


 ただ彼の家はあまり裕福ではなかったらしく、彼の持ち物や服装はいつもボロボロだった。


 私は、というと、その頃もまだ病弱でおとなしい性格もありクラスの中では目立たない存在だった。学校を休むことも多く、そのせいか次第に仲間外れにされるようになっていた。


 そんな中、ずっと変わらず声を掛けてくれたのが彼だった。私は彼に対して人生で初めての恋心を抱くようになった。


 彼に何かをしてあげたい。幼いながら私は真剣にそう願った。


 するとそれからしばらくして彼の持ち物が突然ピカピカの新品になった。ひとつやふたつではなく持っているもの全てが一遍に。


 さらに彼の家の建て替えが始まると『宝くじが当たったらしい』ともっぱら噂になった。


 それからすっかり小奇麗になった彼はクラスで一番可愛い娘とくっついてしまった。


 残念で寂しい気持ちはもちろんあったが、その時の私は彼が楽しそうな姿を見ることが出来て、それだけで満足だった。


 いま話したのはほんの一例だ。この他にも細かいことまで数え上げたらキリがないほど、私は人を幸せにすることも不幸にすることも出来た。


 さて、本題に入ろう。


 実は私はいま重要な役割を任されている。


 女性初の総理大臣、それが私だ。


 私はこの国の国民全員を愛せるのか、それとも憎んでしまうのか。


 私にもわからない。


 人というものは善悪両方の面を必ず持っている。


 私の髪を引っ張ったあの娘だって良い子の時はあっただろうし、私の初恋の相手である彼だって何かしらの欠点はあったはずだ。


 これからこの国の国民たちが私に対してどの面を見せてくれるのか、私は期待しているし同時に恐怖を感じている。




                (了)






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