持ち主
僕は自分の「持ち主」をずっと探し続けてきた。
生まれてから暫くはそんな気持ちは芽生えなかったが、5歳の誕生日に突然こう思ったのだ。
「僕は誰かの所有物なんだ」って。
そう聞くとほとんどの人がこう言うだろう。
「君はお父さんとお母さんのものだろ?」って。
でも自分が感じていたのはそういう意味合いの感情ではなかった。
親とも友達とも恋人とも、これまで僕はそれぞれの関係性における最大限と言ってもいい親密な関係を築いてきたが、それでも彼らは僕の所有者たる権限を有する者だとは微塵も思えなかった。
そんな違和感を抱えたまま、それでいて表面上は何の不満もないような仮面を被って僕は成長した。
そして、それはある日突然訪れた。
21歳の春、僕は通っていた大学で一人の女性と出会った。
一つ年下で別の学部に居た彼女と大学の食堂で目が合った時、月並みな言葉だが、僕の身体に電流が走った。
僕はすぐさま彼女に駆け寄り「君と話がしたい」と申し出た。
周りの人間から見れば、一目惚れした男が我を忘れてただ口説いている滑稽な場面にしか見えなかっただろう。
しかし僕にとってそれは文字通り運命の出会いであり、神に導かれたとしか思えない奇跡の瞬間だったのだ。
絶対にこの機を逃してはいけない。
その強い思いが逆に僕を冷静にしてくれた。驚く彼女に対して僕は出来るだけ落ち着いた口調で「話をする時間を作って欲しい」とお願いした。
熱意が通じたのか、彼女はまだちょっと戸惑った様子を残しつつもその願いを承諾してくれた。
次の日、約束通り、大学近くのファミレスで僕と彼女は二人きりで話をした。
僕は彼女を驚かせないよう、ゆっくり時間を掛けて自分の中にある「自分が誰かの所有物である」という子供の頃から抱えてきた思いを打ち明けた。
彼女は笑うだろうか。
恐る恐るその表情を窺った僕の眼に映ったのは驚きの表情を浮かべた彼女の顔だった。
そして今度は僕が驚く番だった。彼女はこう言ったのだ。
「私もね、子供の時に似たような経験があるの。突然、何の前触れもなくこう思ったんだ。『私は手に入れなければならない。私だけが手にすることを許されたものがこの世界のどこかにある』って」
僕は感動した。所有者と所有物が出会い、さらに共通の認識を持っていたことを確認出来た、そのことに無常の喜びを感じたのだ。
そして僕たちの生活が始まった。
他人から見れば二人の関係は奇妙なものに見えただろう。
なぜなら僕たちは彼女の家で一緒に生活しているにもかかわらず、お互いに別の恋人を作っていたからだ。
でもそれは二人にとって何らおかしいものではなかった。彼女が僕を所有する、その一点さえ守られていればそれで良かったからだ。
もちろん彼女が僕に用事がある時は、僕は自分の恋人よりも彼女を優先した。
そんな僕と彼女の関係が理解できず離れていく人たちも一人や二人ではなかったが、それでも僕たちは「所有者と所有物である二人の関係」を何よりも大切にした。
そしてそんな生活が続いて七年後、彼女は結婚することになった。
もちろん「僕と」ではない。就職先で知り合った上司と、だ。
その人は聡明な人で、最初こそ僕と彼女の主張する考えに戸惑いを見せていたが、やがてこの世界にはそんな不思議な関係もあるのかもしれないと理解を示してくれた。
そして僕は今、彼女と彼女の夫である彼と一緒に生活をしている。
最近僕に出来た恋人はよく気が利く人でとても頭のいい女性だ。
出来ればいつか結婚したいと思っている。
でも実はまだ僕と彼女(と彼女の夫)の関係について打ち明けていないのだ。
簡単ではないだろうけど、きっと理解してくれると僕は信じている。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます