無意識




 最近やたらと忙しかったせいか、誰かと会話していたのに、後で振り返ってみると内容を全く覚えていないということが何度かあった。


 たぶん話をしながら頭の中では別の心配事について思考がフル回転していて、いわゆる「上の空」という状態になっていたのだろう。


 それでもある程度会話を成立させてしまうのが、私の長所であり短所でもあるのだと思う。


 しかしそんなことが何度か続いたある日、私は不安に近い違和感を覚えた。


 いくら上の空で会話をしていたとしてもこんなに記憶に残らないことがあるのだろうか、そう思ったのだ。


 例えば同僚と次の日の仕事の打ち合わせをしておいてすっかり忘れたり、恋人と約束したデートのことがぽっかり抜けてしまったり、そんな、これまでならありえないようなミスを私は犯した。


 自分で言うのもなんだが、私は真面目でルールを守る人間だ。そのことを充分知っている周りの人間たちは怒るどころか、私に対して「たまには休んだ方がいいのではないか」とアドバイスしてくれた。


 まさかとは思うが、脳の病気という可能性も有り得ない話ではない。


 私はスケジュールを何とか調整し一日だけ休みを貰い、ネットで調べた評判のいい地元の病院に行ってみることにした。


 その夜、医者嫌いだった私は子どものようにドキドキしながら眠りについた。


 ふと気が付いた時、私はテーブルに座っていた。目の前には料理。何品かあった。


 えっ、これは……、いったい? 私は寝ていたはずじゃ?


 私はぽかんと湯気の出る料理を見つめた。ふと時計を見る。20時? 窓を見る。外は夜だった。


 慌ててテレビを付けてみた。最近よく見かけるアイドルがVTRを見ながら屈託なく笑っている。それは木曜日にやっているバラエティ番組だった。


 木曜日の夜八時だって! 馬鹿な! 私が寝たのは昨日、水曜日の夜だぞ?


 私はパニックになった。目の前の料理は見た感じ、自分が作った物のように見えた。作った覚えはないが、自分がいつも作っているような料理という意味だ。


 ありえない。幾らなんでも一日分の記憶がすっぽり抜けているなんて。


 今からでも病院にいかなければ、そう思ったが、なぜか私は怖くなった。病院に行くことを決めた瞬間、私の意識は二度と目覚めることが出来なくなるのではないか、そんな予感がしたのだ。


 次の日、私は何事もなかったかのように会社に行った。心配する同僚たちには疲労からくる脳の混乱みたいなもので、無理をしなければ大丈夫だと医者に言われたと嘘をついた。


 それから私は抜け落ちる記憶と付き合い始めた。そして気付いたことがある。私の記憶が無い間、私は意外とちゃんとやっているようなのだ。不思議な話だが、自分では覚えていなくても仕事はこれまで以上に順調にこなしていたし、恋人とも良好な関係を保てているようだった。


 記憶が抜ける期間は段々と長くなっている。前回は一週間分の記憶が飛んでいた。ショックだったのは恋人に「プロポーズ、嬉しかったよ」と言われたことだ。それと、実は昨日、会社の上層部に突然呼び出され、自分の年齢としては驚くほど早い昇進を伝えられた。なんでも会社の業績に大きく貢献する、すごい仕事を無意識の私はやってのけたらしい。


 実を言うと結婚はまだ先でいいかと思っていた。


 自分のやった仕事という奴を見直してみたが、今の私にはなんのことやら理解すら出来なかった。


 どうやら無意識の私は私ではなく私以上の私であるようだ。


 このままいけば私は無意識の私に取って代わられるだろう。しかしそれでも良い気がしてきた。


 「彼」は優秀だ。仕事をバリバリこなし暖かい家庭を作ってくれるだろう。


 次に目覚めた時、私はどうなっているのか、今はそれが怖くもあり楽し






                 (了)







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る