ノーコメントコメンテーター
私は最近朝の情報番組に出演している。
いわゆるコメンテーターという奴だ。
しかし私はそもそも偉い学者でも人気のタレントでもないのである。
つい数カ月前まではただのサラリーマンだった。
そんな私がこうしてテレビに出るようになったのはスカウトされたからなのだ。
ある夜、会社からの帰り道、駅まで歩いていた私に向かってある男が声を掛けてきた。
「すいません。ちょっとよろしいですか?」
「はあ? なんでしょうか?」
「やっと見つけました! あなたこそ私が探し求めていた完璧な理想の人です!」
「えっ、な、なんですか? いきなり」
「ああ、すいません、興奮してしまいまして。あなたのようにいかにも日本の一般的なサラリーマンという方を探していたのです。私はテレビ局の仕事をしていましてね。あなたの力が必要なのです」
「テレビ?」
「ええ、単刀直入に申し上げます。あなたをうちの局の専属コメンテーターとしてスカウトしたい」
「す、スカウト!? いや、コメンテーターって……」
「ワイドショーに出演して頂き、番組が終わるまで座っているだけのお仕事です。あなたが今もらっている月給の二倍の金額をお約束します」
「え、いや、でもコメンテーターなんて出来ませんよ。私はただのサラリーマンで……」
「それでいいのです。人気のタレントや肩書の付いた先生は時に視聴者の嫉妬の対象となり面倒なことも多くてね。そこで我が社では出来るだけごく普通の一般人をコメンテーターとして迎えることにしたのです。あなたはまさに我々が思い描いていたその理想にぴったりだ」
「ま、まあ、確かにどこにでも居そうな顔だとよく言われますが……」
「それにコメントに困ることを心配されているのなら問題はありません。司会者が何を聞いてきても『ノーコメント』とおっしゃってくれればいいのですから」
「は? ノーコメント? 何を聞かれても?」
「そうです。下手にコメントすると些細な言葉や言い回しに目を付けて揚げ足を取ってくるクレーマーがいるんですよ。だからあなたは常に『ノーコメント』を貫いてください」
「いやいや、それだったらコメンテーターなんて必要ないじゃないですか」
「司会者だけだと絵的に寂しいでしょ? それに間が持たない。あなたがドーンと座っていてくれて『ノーコメントです』と言ってくれるだけで現場の空気が締まるんですよ」
「いやあ、そうかなあ? えっと、あの……」
それからも彼と私の話は続いたのだが、結局、優柔不断な私は丸め込まれて務めていた会社を辞めてコメンテーターとしてテレビに出ることになってしまったのだ。
もちろん最初は抗議の電話が鳴り止まないくらい私に対する世間の風当たりは強かった。皮肉な話だ。トラブルを恐れるあまりかえって炎上してしまったわけだ。私も歩いているだけで指をさされたり罵声を浴びせられるなど辛い思いもした。
しかし私は「ノーコメント」を貫いた。さらに説得力が出るように番組中は背筋を正し真剣な表情で参加するように常に心掛けた。
すると不思議なことに次第に私のファンだという人間が増えてきたのだ。
彼らは私が毎日繰り返す「ノーコメント」には様々な思いが込められているのだと主張し、熱心に応援してくれた。
こうして私は日本で唯一の「ノーコメントコメンテーター」として定着することが出来た。
まったく、人間とはよくわからない生き物だ。こんなおかしなものさえ慣れてくるとあっさり受け入れてしまうのだから。
そして今日もまた私はカメラの前で力強く自信を持ってこう答える。
「ノーコメントです」と。
(了)
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