機械の気持ち




 僕は恋をした。不覚にも。


 相手はすでに結婚している人だ。そんなことは十分承知している。


 しかし恋心というものは理屈ではどうにもできないものだ。


 僕が仕事を終えて合図を送ると彼女は嬉しそうに笑顔を見せてくれる。


 そう、それは僕だけに送られる笑顔なのだ。それにやられてしまった。


 こうして話している現在も僕は彼女のために仕事を続けている。そろそろ時間だろう。


 僕は彼女に向けて精一杯の愛を込めて声を放った。


 ピピッ♪ピピッ♪


 彼女は優しく僕の扉を開けて僕の中を覗き込んだ。


 ほら、これだ。この笑顔に僕の心は盗まれ……。


「おい、蓮司」


 僕の至福の時間を邪魔したのは無粋な冷蔵庫だった。


「何か用か? おまえの野太い声を聞いていると気分が悪くなるんだが」


「おまえじゃない。俺には『礼三(れいぞう)』という立派な名前がある」


「あー、そうかい。じゃあ、礼三さん、ちょっと黙っていてもらえるかな? 僕は彼女の美しい声を聞いていたいんだ」


「またそれか。彼女には旦那さんがいるだろ? おまえも毎朝毎晩仲睦まじい二人の様子を見ているくせに」


「うるさいな。それはそれ、これはこれだ。彼女は夫とは違う愛を僕に送ってくれるんだ」


「おまえはそう言うが、お前を使って作っているのは彼のための料理だぞ?」


「くっ……、そんなことは知っているさ。でも理性では割り切れないこともあるんだよ。冷たい奴だな」


「おまえみたいに熱くはなれないんでね」





 二人がそんな会話を続けていると噂の主である彼女の最愛の人がキッチンに現れた。


「あなた、おはよう」


「うん、おはよう」


「あのね、実は相談したいことがあって」


「なんだい?」


「レンジと冷蔵庫なんだけど、古くなったせいか、最近ちょっと変な音がするのよね」


「そうか。そろそろ買い替えなくちゃ駄目かな?」





                (了)






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