第28話 サブローさんを探せ!


「さて、残り十匹か」


 俺は十匹の柴犬をじっと見つめた。どの犬も人懐こそうに尻尾を振っている。可愛い。


「うーん、全部飼いたいな」


 でもとにかくサブローさんを当てないことにはサブローさんは返ってこないので、真剣に十匹の犬を見比べる。


「この子はちょっと口吻マズルが長くてキツネ顔だな。うちのサブローさんはたぬき顔だし。この子はちょっと足が長くてスリムな気がする。この子は毛の色が若干濃いかな」


 十匹から五匹に絞り込む。

 ここまで来たらもうそろそろサブローさんを見つけたい所だが、残る五匹はほとんど見分けがつかないほど同じ顔だ。


 飼い犬を見分けるなんて簡単だと思ったけど、まさかここまでそっくりな犬がいるとは。


「もしかしてサブローさんの兄弟なのかな。犬は一回の出産で五、六匹産むって言うし」


 五匹の犬を代わる代わる見つめる。


「あれ、この子は最初に選んだ子だな。足に白い靴下がない」


 足先の茶色い柴を一階に連れていく。残り四匹。


「この子は尻尾の巻きが足りない気がするな。この子は頭の毛の色が若干黒っぽい気がする」


 残り二匹!


「うーん」


 俺は二匹を何度も見比べた。


 可愛い三角のお耳、少し黒の入った白地のお鼻と口元。まつ毛の生えたクリクリよく動くお目目。目の上の白く眉毛のようになった毛。少し細身の体を包むモフモフのの毛。可愛いクルリン尻尾。超プリティーなおしり……んきゃわわわっ!!


「二匹とも連れて帰りたいっ!」


 だが、それはできないことは分かってる。サブローさんは一匹だけ。


「サブローさん」


 呼ぶと二匹ともやってくる。二匹とも尻尾を振り、二匹とも顔を舐め、お腹を出してゴロゴロする。お腹の毛の模様も全く同じ。ちんたまの形も同じである。


「……もしかしてお前ら、クローン?」


 それぐらい、そっくりなのである。


 でも俺は飼い主だ。飼い犬たるもの、飼い犬くらい見分けなくては!


 その時、船がグラリと揺れた。


「うわっ」


 荒波に揉まれる船。俺はヘリに必死でしがみついた。二匹の柴も俺の足元に転がるようにやってくる。ザーザーと強くなる雨。


 ゴロゴロゴロ……


 雷光とともに、船はいっそう大きく揺れる。


「……わっ!?」


 そして気がつくと、俺の体は海の中に投げ出されていた。


「冷たい!!」


 黒い荒波に飲まれる体。必死で顔を出し息を吸う。


 小さい頃、水泳教室に通ってはいたものの、もうだいぶ前の話だし、服が水を吸って重くて泳ぎにくい。


「船に戻れるだろうか……」


 先程まで乗っていた船を見上げる。二階建てだし、誰かがロープでも垂らしてくれないことには登れそうもないほど高さがある。


 いざとなったら鬼ヶ島まで泳いでいくしかない。


 すると鳴り響く雷鳴と雨音の中、一匹の柴犬がこちらに向かって泳いでくる。


「サブローさん!?」


 先程の二匹のうちの一匹だ。もう一匹は甲板からこちらを心配そうに見つめている。


 バチャバチャと犬かきで俺の元に泳いできた茶色い柴犬。その濡れて黒くなった頭を思い切り撫でてやる。


「お前……サブローさんなのか!?」


「ハッハッハッハッ」


 つぶらな黒い瞳。


 ――待てよ。サブローさんは水が怖くて泳げなかったし、雷も苦手なはず。


 俺は二匹を再び見比べた。


 船の上の柴犬と、目の前の柴犬。




 いや、何を迷うことがある。


 飼い犬というのは、飼い主に尽くすものだ。


 俺は目の前のびしょびしょに濡れた犬を抱きしめる。


「――お前がサブローさんだ」


 その瞬間、眩しい光が辺りを包む。


「うわっ!」


 吹き荒れる風。俺はもう二度とサブローさんを離さないようギュッと抱きしめた。


 やかて風と光が収まると、俺はいつの間にか船の上にいた。目の前には黒い影。


「フフフ……ハハハハ」


 影はやがて怪しげな黒いマントを身にまとった男へと姿を変えた。


「お前……まさか、お前がゾーラか?」


「フフフ、その通り。まさかその獣を当てるとは」


 やはりこの犬はサブローさんだったのか。


 俺はほっと胸を撫で下ろす。

 海の中に居たはずなのにいつの間にか船の上にいる、ということは先程までの出来事は幻覚だったのだろうか。


「ということは、もしかしてあの沢山いた犬たちも幻覚だったのか?」


「ああ、そうだ。どうだったかね? 私の幻覚魔法は」


「素晴らしい。毎日でもかけて欲しいくらいだ」


 毎日犬に囲まれるなんて最高じゃないか!

 俺が興奮していると、ゾーラが俺を奇妙な生物にでも遭遇したかのような目で見る。


「……お前、変わったやつだな」


「そうか?」


「まぁいい。あの幻覚を打ち破られるとは思ってもいなかったが、この至近距離から私の魔法攻撃は破れまい」


 ゾーラは胸の前で手を組む。


「メガフレイム!!」


 叫ぶと同時に、ゾーラの手からは巨大な火の玉が放たれる。


「うわっ!!」


 俺は思わず目をつぶる。


 と――


 ブルルルルルルルルル!!


 体にかかった水滴を跳ね除けようと、サブローさんが身を震わせる。


 飛び散る水滴。サブローさんがブルブルとドリルのように体を震わせた瞬間、大きな風が巻き起こる。


「そ……そんな馬鹿な!」


 サブローさんがブルブルした風圧に押され、火の玉がゾーラの元へと跳ね返っていく。


「くっ……」


 ゾーラが腕を伸ばすと、ゾーラの目の前で火の玉が破裂した。


 黒い煙が当たりに広がる。


「ま、まさか! 私のメガフレイムが……」


 青い顔をするゾーラ。俺は叫んだ。


「サブローさん、ファイア!!」


「ワン!!!!」


 サブローさんの口から凄まじい勢いの炎が発せられる。


「フンっ、これしきの炎、私の反射魔法で……」


 余裕の表情で腕を伸ばすゾーラ。


 だがその腕に、炎をかき分け猛スピードで詰め寄ったサブローさんが噛み付く。


「ぐわっ!!」


 反射魔法を封じられたゾーラに、サブローさんの吐いた炎が襲いかかる。


 その赤黒い炎はゾーラを焼き尽くす。


「グオオオオオオ」


 黒い灰が天に登っていく。

 サブローさんは?


「サブローさん!!!!」


 まずい。このままだとサブローさんも燃えてしまう!!


 だが、炎が強すぎて近寄ることも出来ない。俺はじっと炎が収まるのを待った。


「……サブローさん」


 炎が収まる。

 辺りを焦げ臭い匂いだけが包む。


 トコ、トコ、トコ。


 煙が去り、ヨロヨロと真っ黒に煤けたサブローさんが歩いてくる。


「サブローさん!!」

 

 サブローさんは尻尾を振ってこちらに歩いてくる。良かった。怪我は無さそうだ。


「くーん」


 俺はギュッとサブローさんを抱きしめた。



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◇柴田のわんわんメモ🐾



◼キツネ顔とタヌキ顔


・柴犬なはつり目がちで鼻が長くキリリとした細身のタイプのキツネ顔の柴と、ぱっちりお目目で丸顔のタヌキ顔の柴犬がいる。縄文人に飼われていた日本古来からの柴犬はキツネ顔ですが、最近SNSで人気なのはタヌキ顔なんだとか


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