第25話 恋の季節は突然に

「さあシバタ、一緒に子作りしよう」


 俺をベッドに押し倒し、のしかかってくるトゥリン。


「ど......どうしたんだトゥリン......発情期ヒートか?」


 トゥリンは妖しげな笑みを浮かべる。


「そうかも。なんだか体が妙に熱くて......発情したみたいだ」


 トゥリンは、クスクス笑いながら服を脱ぎ始める。


 こ、これは貞操の危機!

 ――じゃなくて!!


「おいトゥリン、しっかりしろ! お前、誰かに操られてるんじゃないか!?」


 俺は必死でトゥリンの肩を揺すった。

 だっておかしいだろ。急に成長したり、それにこの虚ろな赤い瞳。怪しすぎる。絶対誰かに操られてるに違いない。


「ハッハッハッハッ」


 なぜかサブローさんまで俺の上に乗ってきて、仲間に入れてとばかりにベロベロ顔を舐めてくる。


「やめろ、これは遊んでるんじゃない! 遊んで欲しくてゴロンしてるんじゃないから!」


 トゥリンはキッとサブローさんを睨むと、足で蹴りつけ突き飛ばした。


「邪魔だ、この獣め!」


「きゃん」


 ベッドから落ち、地面に転がるサブローさん。


「邪魔なのはお前だ」


 トゥリンを押しのけ、サブローさんを抱きしめる


「きゃあ」


 尻餅をつくトゥリン。


 やっぱりおかしい。


 トゥリンがサブローさんをあんな風に扱うなんて。


 トゥリンはサブローさんのことを可愛がっていたし、足蹴になんてしたことなかった。


 もしかして、誰かに操られてる?


 俺はサブローさんの頭を撫でた。黄金のウ〇チシャベルをギュッと手に握りしめる。


「お前は誰だ? トゥリンを操ってるのか? それとも、トゥリンに化けているのか!?」


「くっ」


 顔をしかめるトゥリン。


「ククククク……ハハハハハ」


 知らない女の声。


「トゥリン?」


 トゥリンをじっと見つめていると、口から黒いモヤのようなものが出てきた。そしてモヤはどんどん色を濃くし、人の形となっていく――。


「フフフ、やっぱりそのちんちくりん女じゃダメね。知り合いの方が警戒されないかと思ったんだけど」


 トゥリンから現れたのは黒いボンテージを身にまとった金髪のセクシーな女。


「誰だお前は!」


 トゥリンの体を抱え思わず後ずさる。

 トゥリンは元の小さな体に戻り、ぐっすりと眠っている。


 やはりこいつがトゥリンに取り憑いていたのか!?


「ふふん、あたしはここヨルベの地に封印されていた魔王四天王が一人、サキュバスのリルティヤ。あなたが勇者ね? 貴方の精気、死ぬまで絞り取ってあ・げ・る」


 リルティヤは真っ赤な口元に妖しげな笑みを浮かべる。


 四天王。こいつが。

 俺はギュッと拳を握りしめた。


「馬鹿な。誰が魔王の配下と分かっている相手に誰が騙されるって言うんだ?」


「あら、サキュバスと分かっても私を抱きたがる男は沢山いるわ。私は相手の男の好みの姿になれるの。あなたの事も調べてあるわ」


 舌なめずりをしながらこちらへにじり寄ってくるリルティヤ。


「何っ!」


 リルティヤの体が黒い煙に包まれ、その姿が見る見るうちに変わっていく。


「よ、寄るな!」


「ふふふ、あなたは獣が大好きだと聞いたわ! これでどう!?」


 そう叫ぶと、リルティヤはケモ耳と尻尾を生やした姿に変身した。


「ふふふ、どう!? 可愛いでしょこのケモ耳! 人間の男はこういうのに弱いのよね~あたし知ってるんだから!!」


 お尻を突き出し尻尾を振るリルティヤ。


「…………えっ」


 いやいやいや! 俺の好みがそういうのって……それ凄い誤解なんですけど!? 


「あおーん!!」


「きゃあっ!」


 俺が混乱していると、突然の悲鳴。

 見ると、パタパタと揺れるリルティヤの尻尾にサブローさんが飛びついている。


「ヘッヘッヘッヘッ!!」


 リルティヤの足をガッツリ掴み、腰をカクカクさせるサブローさん。


「いやああああ!! な、何よこいつ!!」


 もちろん体格が違うからカクカクするだけで別に何も起こらないんだけど、リルティヤは必死で足をバタつかせる。


 ……そう言えばサブローさん、去勢してなかったんだよな。


 

「ご主人、どうしたですか!?」


 騒ぎを聞きつけて隣の部屋にいたモモがやってくる。


 モモはサブローさんを見るなりぎょっとした顔をする。


「さ、サブローさんの彼女ですか!?」


「ンなわけあるかー!!」


 青筋を立てるリルティヤ。

 俺は叫んだ。


「こいつは魔王四天王の内の一人だ。トゥリンに乗り移ってここに侵入してきたんだ」


「そうなんです!?」



「あの……どうしました!?」


 モモの後からひょっこりと顔を出したのはセーブルさんだ。


「セーブルさん!?」


「さっきそこでモモちゃんに会って……鬼ヶ島や獣人たちについて二人で話をしていたの。そしたら凄い物音がして」


 リルティヤを見るなり険しい顔になるセーブルさん。


「こいつは……悪魔? サキュバスね!?」


 サブローさんに足を掴まれカクカクされながらリルティヤは髪をかき上げる。


「ふふふ、ただのサキュバスじゃないわ! 私はサキュバスの女王にして魔王四天王の一人、リルティヤ。私に落とせない男はこの世に居やしないわ!」


「四天王!?」


「へっへっへっへ」


 リルティヤは、なおも腰をカクカクしているサブローさんの首輪をぐいと掴んだ。


「ふんっ、予定は狂ったけど、これでこの獣は私のものよ。さあ勇者、こいつを返して欲しければ、私の言うことを聞きなさい」


 真っ赤な唇がクスリと笑う。


「くっ……」


「サブローさんを人質に取るなんてズルいです!」


 どうすればいいんだ? 下手に動くとサブローさんが危ないし……


 首輪を掴まれながらも宙に向かって腰をヘコヘコ動かしてるサブローさんをチラリと見た。


 続いて、モモとセーブルさんの顔を見る。


 ……ん?


 その時、俺はセーブルさんが何か言いたげにしていることに気がついた。


 白いスカートのポケットに右手を入れ、しきりに目で何か訴えている。


 もしかして、ポケットに何か入っているのだろうか。


 なんだろう、武器? こっそり何かの魔法を発動させようとしている?


 よく分からないけど、今はセーブルさんに賭けるしかない。


 俺はうなずいた。


「わ……分かった」


 カラン。


 床にウ〇チシャベルを落とす。


「ご主人!!」


「ふふ、聞き分けがいいわね」


「降参だ。俺のことはいいからサブローさんは助けてくれ」


 ゆっくりと両手を上げリルティヤの方へ歩いていく。


「疑うなら、他にも何か武器を持っていないか確かめてもいい」


「あらそう? じゃあボディーチェックさせてもらうわね」


 リルティヤの視線が俺に向かう。

 俺は振り向きセーブルさんに目で合図した。


 ――今だ!!


 思いが通じたかのように、セーブルさんは懐から小瓶に入った黄色い液体を取り出す。


 ん? 何だあれ。

 

「サブローさん、しっかり抑えておいて!!」


 セーブルさんが叫ぶ。その声に反応するように、サブローさんは後ろからリルティヤの足をガッチリとホールディングした。


「えっ、何よ!?」


 サブローさんの爪がリルティアの足に食い込む。その尋常じゃない力に、リルティヤが慌てる。


「くらえ、これがあらゆる魔を滅するとされる聖水よ!」


 その隙に、セーブルさんは小瓶をリルティヤに投げつけた。



 ――バッシャアアアア!


 謎の黄色い液体を頭から浴びるリルティヤ。


「ギャアアアアアア」


 聖水を浴びた途端、リルティヤの体が見る見るうちに溶けていく。



 ……っていうかこの匂いは!?


「やったわ! さすがエルフの村で手に入れた『伝説の黄金獣』の聖水ね!」


 セーブルさんが感激したように胸の前で手を組む。


 エルフの村?

 伝説の黄金獣……?




 聖水……って!!




「ぎゃあああああああ!!!!」



 悲痛な声を上げて、リルティヤはスライムのように形を無くしていく。


 そしてジンギの時と同じようにキラキラとした砂になると、そのままリルティヤは消えてしまった。


「倒した……!?」


 俺はリルティヤが居なくなった後の床を見た。そこには、何となく嫌な臭いのする水たまりができていた。


「ああ。倒したようだな」


 部屋は掃除しなきゃいけないみたいだけど。





--------------------------

◇柴田のわんわんメモ🐾



◼ヒート(発情期)


・犬のメスには春と秋、年に二回発情期(ヒート)がある

・ヒート中のメスは血が出るので犬の生理用オムツやパンツを履いて対策する

・オスはメスの発情(ヒート)の匂いを嗅ぎつけると発情状態になり、しきりに腰をカクカクしたり、遠吠えや脱走をしたりする犬もいる


◼去勢


・去勢をすることで妊娠だけでなく、生殖器に関わる病気や無駄吠えなどを抑える効果がある。生後5~6ヶ月を目安に行うのがいいと言われている

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る