第2話 モフモフの一夜

「痛っ!」


 魔方陣に足を踏み入れた途端、足元が抜けガックリとした感覚が襲う。


 バランスを崩して前のめりになった俺は、ゴロゴロと草の上に転がった。


「キャイン」


 サブローさんも同じようにポテッと草むらに転がる。


 これが猫だったらスマートに着地するんだろうが、どうもサブローさんは鈍臭い。


「サブローさん、大丈夫か?」


「ハッハッハッハッ」


 サブローさんは特に怪我も無いらしく、嬉しそうに尻尾を振っている。


「よちよち嬉しいでしゅかー。異世界でちゅよー。柴田しゃんと一緒に異世界でしゅよー」


 サブローさんの横にしゃがみこんでひとしきり体を撫で回すと、俺は勢いよく立ち上がった。


「よし、じゃあ行くか!」


 しかし、どこに行けばいいんだ?


 辺りを見回す。四方には青々と茂る木々。どうやら森の中に落ちたらしい。


「魔王ってどこに住んでるんだろう?」


 俺が尋ねるとサブローさんは首を傾げる。キャワイイ。


「とりあえず人のいるところに行くか。こんな森の中じゃ、魔王がどこにいるか知ってる人もいないだろうし」


「ワン」


「サブローさん、森の出口は分かるか?」


「ワン?」


「分かるわけないか」


「ワンッ!」


 と、突然サブローさんが興奮した様子で駆け出した。


「サブローさん、道が分かるのか!?」


 草原を走り抜け、激しく尻尾を振りながら茂みの中に顔を突っ込むサブローさん。


「ワンッ!」


 やがてサブローさんは、白いフワフワした動物を口に咥えて茂みから顔を出した。


 見覚えのない獣だ。

 白い滑らかな毛は長く、ウサギのようにもリスのようにも見える。だが普通のウサギやリスと違うのは、その額にはまった宝石のような石だ。


「なんだこれ。動物か? いやモンスター?」


「ハッハッハッ」


 キラキラしたつぶらな瞳で見つめてくるサブローさん。


 狩猟犬の血がそうさせるのか分からないが、サブローさんは小動物が好きだ。


 あちらの世界でも、時折ネズミや小鳥を採ってきては枕元に置くという猫みたいな行動をして家族を困らせていたのだが、その狩猟本能がまさかこんな所でも発揮されるとは。


 得意げな顔で尻尾を振るサブローさん。

 どうしようこれ。


 とりあえずサブローさんから謎の動物を受け取る。


「それにしても、こいつは何だ?」


 見たことのない生き物。どうやらここがゲームみたいなファンタジー世界だというのは本当らしい。


 が、「魔王」や「モンスター」という単語は知っているけど、詳しいモンスターの名前はほとんど知らない。


「ま、とりあえずウサギっぽいからウサギでいいか」



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柴田犬司しばたけんじ 18歳


職業:勇者

所持金:金貨3枚

通常スキル:言語適応、ステータス・オープン

特殊スキル:なし

装備:柴犬

持ち物:白ウサギ(?)


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「取りあえずこれは取っておいて先に進もう」


「ワン!」


 金貨を包んでいた風呂敷でウサギを包む。


 森は思ったよりも深そうだ。今日中に森を出られればいいが、出られなければ野宿かもしれない。そうしたらもしかすると、こいつは貴重な食料になるかもしれない。


「とりあえず適当な方向に歩いてみるか」


 俺たちは適当な方向に歩き出した。



◇◆◇



「暗くなってきたな」


 薄暗くなってくる空。森をしばらく歩いていたが、行けども行けども木ばかり。そこには果てしない森が広がっていた。


「森を抜ける気配もないし、そろそろ野宿する場所を決めないとな」


「ワン」


 どこかに雨風を凌げる洞窟や洞穴は無いだろうか。


 辺りを見回すと、幹に人一人入れる程の穴が空いた、ちょうどいい感じの大木があった。


「仕方ない。あの木の中で一夜を過ごすか」


 穴の中をクンクンと嗅ぎ回るサブローさん。恐らく何か他の獣の匂いがするのだろう。


「大丈夫だよ、サブローさん。特に獣の気配もしないし、前は何か獣の巣だったんだけど、今は使ってないんじゃないかな」


 サブローさんを落ちつかせるように言うと、穴の中に敷き詰められている枯れ草の中に潜り込んだ。


 サブローさんは巣穴の匂いが気に入らないのか、何度も枯れ草に自分の背中を擦りつけてる。


 俺は風呂敷からウサギを取り出した。


「さて、野宿の場所も確保したし、後は食事か」


 白ウサギをじっと見つめる。


 だがよく考えてみたら、さばくためのナイフも持っていなければ、火を起こす手段もない。そもそもさばき方も分からない。


「サブローさん、食べる?」


 サブローさんにウサギを投げてやるが、サブローさんは興味の無さそうな顔で外を見た。


 なんでだよ。お前が狩ってきたんだろ!


「食べないか」


 仕方ない。腹は減っているが、一日くらい食べなくても死にはしないだろ。


 俺はウサギを再び風呂敷の中に仕舞うと、サブローさんと一緒に穴の外を見ることにした。


 外ではポツポツと雨が降り出していた。


「この場所を見つけられてラッキーだったな」


 寒くなってきたので、枯れ草に深く潜り、サブローさんを抱きしめて暖を取る。ふかふかした毛の感触。獣の匂い。暖かな温もり。まるで湯たんぽのように暖かい。


 外ではザーザーと雨の降る音が聞こえ、近くではスースーとサブローさんの寝息が聞こえる。


 その音を聞きながら、俺もウトウトと眠りについた。



 犬は、約1万5000年前から人類の友人でパートナーなのだという。


 初めて犬を飼った古代人も、こんなふうに昼間は犬と狩りをして過ごし、夜には一緒に洞穴で寝て暮らしていたのかもしれない。




 もさ、もさ、もさ。




 翌朝。

 俺は顔に当たるフサフサとした尻尾の感触で目を覚ました。


「うーん。サブローさん、くすぐったい」


 俺は目の前のフサフサ尻尾を退けようとしてハッと目を覚ました。


 何か、この尻尾大きいぞ。

 しかもサブローさんの尻尾はくるんとしてて白っぽいのに、この尻尾はブワッと真っ直ぐで黒っぽい。


 恐る恐る尻尾の主を見ると、そこに居たのはクマみたいに大きなキツネだった。


「うわっ!」


 思わず大きな声を出して後ずさりする。


 ここ、キツネの巣だったのか!!


 見ると周りにはワラワラと小さいサイズのキツネもいる。


 ここはキツネ親子の巣だったのだ。


 すると巨大キツネがベロリと俺の頬を舐めた。


「ひえっ!」


 びっくりした。食われるかと思った。

 横を見ると、サブローさんは小狐の中に紛れて眠そうに寝返りをうっている。


「クンクン」


 寝言を言いながらビクビクと体を動かすサブローさん。どんな夢を見てるんだろう。


「サブローさん、色が似てるから違和感が無いな」


 そんなサブローさんのことも、大きなキツネはペロペロと舐める。


 なぜか分からないが、このキツネには特に俺たちに対する害意は無いようだ。


 それどころか、どうやら俺らのことを自分の子供だと思っている節がある。巣穴の匂いと同じだからだろうか。


 俺はサブローさんが巣穴に体を擦りつけていたことを思い出す。


 もしかしてあれが良かったのだろうか。


 穴の外は霧が出ていてかなり冷え込む。俺はサブローさんとキツネたちの毛の中に潜り込んだ。


 暖かい……。


 俺はモフモフの暖かい毛の中で二度寝した。



◇◆◇



 日が昇り、暖かくなってきた頃、俺たちはそろそろとキツネの巣から這い出した。



「さ、そろそろ行くか、サブローさん」


「ワン」

 

「今日こそは人の住んでる町か村を見つけないとな」


「ワン!」


 何しろ昨日から何も食べてない。そろそろ限界だ。


「くん?」


 しばらく森の中を歩いていると、サブローさんが急に上を向いて鼻をヒクヒクさせ始める。


「どうしたんだサブローさん」


 一目散に走っていくサブローさんの跡を追うと、急に視界が開けた。


「あっ」


 目の前に広がっていたのは河原だった。


「良かった。これで飲み水が確保できるぞ!」


 それだけじゃない。川に沿って下流へと歩いていけば人里に辿り着く可能性も高い。ようやく食べ物と寝床が確保できるぞ。


「冷たい。体に染み渡るようだ」


 川で水を飲むのに夢中になっていると、突然サブローさんの叫び声が響いた。


「キャイーン!」


「サブローさん?」


 慌ててサブローさんの方を見ると、サブローさんの横に何やら矢のようなものが落ちている。


「これは……」


 サブローさんに恐る恐る近づく。

 誰かが、サブローさんを矢で射ろうとしたのか?


 辺りを見回すと、どこからか甲高い声が響いてきた。


「どいて!」


 木の影から現れたのは、弓矢を持った金髪の少女だった。


「誰だ?」


 女の子は俺の問いには答ない。


「なんだヒトか。動くな。その獣から離れろ」

 

 年のころは十四歳くらい。


 艶のある長い金髪を肩に垂らし、色白の肌に緑の目をしている。ピンと尖った長い耳が特徴的だ。


 ちょっと待てよ。昔、こういうのファンタジー映画で見た事あるぞ。


「私は近くの村に住むエルフ族のトゥリン」


 そうそう、エルフ!!


 俺が納得していると、突然現れたエルフの少女、トゥリンは弓を構え、険しい顔をした。



「そこをどけ。その獣は私の獲物だ!」



 は?



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◇柴田のわんわんメモ🐾



◼人と犬との関わり


・イヌはおよそ1万5000年前にハイイロオオカミを家畜化して誕生。人間の狩りの手伝いをしていたとされている。


◼イヌ科の仲間


・キツネやタヌキはイヌ科。その他にもオオカミ、コヨーテ、ジャッカルなどもイヌ科の動物である。

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