豊穣の時

「昨日はごめんなさい。よっぱらっちゃったみたい、てへっ☆……うう、わざとらしい。もうちょっとさわやかに……昨日は、悪かったわね……って、あんまり悪く思ってない感じ」


 カレンは自分の頬を軽くつまんだ。


「笑顔、笑顔! 前にティアに教えてもらったように、にこっとかわいく」


 制御ルームを百面相で行ったりきたりするカレン。15分ほどそれを見守っていたゼロが言った。


「マスター・カレン。どこか悪いならばリペアシステムを使って治療することをおすすめする」

「どっ、どこも悪くないわよ! そんなに私おかしい? 変な顔してた?」

「 顔が変なのではなく、頭が変だ」


 ゼロはとどめをさした。


「マスター・トウマに関係があることか?」


 最近ゼロのツッコミは厳しい。う、とカレンは言葉に詰まり、ぼそぼそ呟く。


「だって、昨日はお酒なんか飲んじゃって記憶がぬけてるし、レイとリグラーナに聞いたらトウマに酷いことしちゃったみたいなんだもの……」

「酷いこととは、マスタートウマに色々と不合理な要求をしたり威圧的な言動で接したことか?」


 あああ、と額を押さえるカレン。


「何よ、見てたんじゃない」

「いや、モニターをチェックしていたのだ。例えばダイニングで容器に放尿を要求したり「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 カレンは顔を真っ赤にして叫んだ。


「私のバカ! なんてお下品なことを……嫌われたかもしれないわ。ううん、嫌われても当たり前ね」


 と、肩を落とすカレン。くたっ、と制御システムの階段に腰を下ろした。


「ねえ、ゼロ……私、どんな風に見える? 一人でツンツンしてかわいげがなくって、優しい言葉一つかけてあげられなくって、おまけに酒乱」

「客観的事実を良く把握できていると思う」


 頭を抱え込むカレン。だがゼロは淡々と続ける。


「だが、それをどう思うか、判断するかは、人それぞれだ。気になるのなら、マスター・トウマに聞けばよい」


 ドライで感情の起伏がほとんどないゼロだが、彼なりにカレンを慰めているのかもしれなかった。


「ん。そうね……でもね、人の気持ちって、簡単に聞けないものなのよ。聞くほうも聞かれるほうも答えにくいことってあるもの」


 そのとき、制御ルームの東の自動ドアが開いた。

 トウマが大あくびをしながら入ってくる。昨晩カレンたちに翻弄されて寝たのはいつもよりかなり遅かったはずだが、起床時間は変わらないようだ。

 カレンはしゃきーんと立ち上がる。


(まず、謝る! それから笑顔!)

「んあぁ……うぃっす、ゼロ……と、カレン? おはよ、はえぇな」

「あ、あの、あのね、トウマ……うん、おはよう」


──まずは朝の挨拶から……。


「トウマ……あの……昨日は……ご」

「カレン、トウマ。おはようございます!」


 居住区の階段からキリクが顔をのぞかせ、手を振った。

 謝るタイミングをことごとく外され、カレンはがっくりと頭を垂れる。


「お? キリクもはええな。なんかあんのか?」

「待ってたんですよ、お二人を」

「待ってたのよう」


 レイが、キリクの足下からひょいと出てきた。


「レイ! どこにいったかと思ったら」


 カレンが言うと、


「カレン、ちゃんと謝った?」


 レイが突っ込む。


「謝る?」


 キリクとトウマは首を傾げている。


(これをきっかけに仲直りしたかったのに~~~! レイのバカ!)


 衆人環視の中、カレンはトウマに向き直り、頭を下げた。


「昨日は……ご迷惑をおかけしました」


 考えていたよりずっと他人行儀で、これっぽちもかわいげがない。キリクが見ている手前、あまりくどくどと謝るのも具合がよろしくなかった。


「……なんだったっけ?」


 トウマはまだ首を傾げている。昨日の今日でそれはないだろう。頬に血をのぼらせてカレンは言った。


「ひどい! すっごく悩んだのに! 昨日、その、少し飲み過ぎて色々と迷惑をかけたじゃない!」

「いや、悪かった! って……オレのほうがひどい目に遭ったんだよ……なあ?」


 確かに忘れてたトウマに腹を立てるのは理不尽というものだ。カレンは自己嫌悪に陥った。


(また、やっちゃった……)

「……だから、ごめんなさい……」

「気にしてねえよ。でも、もう二度と飲むなよ」


 からっと笑うトウマは、いかにもトウマらしかった。

 だが、カレンは複雑である。トウマが気にしてないことは喜ぶべきことなのかどうか。まるっきり他人事のように思われ、呆れられているのだとしたら。

 寂しい気がした。

 カレンはトウマに怒りを炸裂させることが多いが、トウマはそういう負の感情をほとんどカレンに見せない。喜怒哀楽がはっきりしている割に、それを他者に直接ぶつけることはなかった。


(私、トウマのこと、本当にわかっているのかな)

「カレン、どうしたの? ぼーっとして」


 レイがカレンの足にまとわりついてくる。


「あのね、話があるの。みんなが幸せになる方法について」


 レイの言葉に、カレンは呆気にとられた。トウマと顔を見合わせるが、お互い首をひねるだけだ。なぞなぞを出されている気分だった。

 キリクは何かを承知しているのか、にこにこと笑っている。


「キリク、オレたちを待ってたって言ってたけど」


 トウマが尋ねると。


「これです!」


 キリクはポケットから一枚の写真を取り出し、トウマとカレンに示した。

 壁画が写っている。


「ちっちぇー絵だな」

「絵ではなく写真といいまして、紙に、レンズ越しに見た景色をそのまま焼き付けたものです」

「へえぇ。すげえな、面白そうじゃん」

「ここに写っているのは最近発掘された古代遺跡の壁画でして……」


 カレンはその壁画を見てとても興味をそそられた。


「“豊穣の時”みたいね。でも今までに発掘されたものと少し違うわね。彩色されているようだし」


 カレンは写真の一部を指さした。

 四本の支柱に支えられた四阿あずまやのような構造物があり、その中心で光り輝いている球体と放射状に光線が描かれている。キリクはこくりと頷いた。


「さすがですね。良くご存じだ」


 キリクの賞賛の言葉とまなざしが、カレンには少し嬉しかった。やることなすことうまくいかなくて、自信喪失気味だったのだ。


「ほうじょお?」


 なんのこっちゃという顔のトウマにカレンが説明をする。


「“豊穣の時”というのは贄神が出現する前の、聖剣の力が完全で平和だった時代のことよ。伝説だけれどもね」

「あ! そういうのならオレも知ってるぜ。部族の言い伝えじゃ黄金時代つってたけど。人間も魔属もみんなが同じ言葉を話し、耕さなくても自然に実り、争いがなかった時代……ってな」

「神代ともいわれますね。歴史というには、あまりにも理想的すぎますから」


 と、キリク。


「だけどよ、聖剣ってそんな力なのか? 何かを産み出すような」


 そう言って、トウマは自分に宿る聖剣グランドを見つめた。


「でも、良く考えてみるとね。このセイントでは水は自動的に採取、ろ過され、食べ物も食物工場で生産できるわ。灯りも一日中ついてる。セイントは豊穣の時代の縮小版みたいなものなのね」


 トウマはキリクが掲げている写真をまじまじと見る。


「黄金時代にはみんな平和に暮らしてましたってことだろ……飢えることもなく、争いもなく」


 最後の呟きに、珍しく皮肉っぽい響きが感じられ、カレンはトウマの横顔を見つめた。脳天気な天然野生児の影には、親や部族の仲間を戦いで喪った悲しみが隠されている。

 こんなときカレンは、トウマの心の傷に届かない自分に、もどかしさを感じるのだった。


「そおなのよ!」


 ぴょん、と飛び上がってレイが叫ぶ。


「むかーし昔はね、『それ』があったの」


 レイの解説に合わせてキリクが壁画中の四阿を指さす。


「『それ』は供給されたエネルギーを倍増させて全てのものを活性化させてたってわけ」


 レイが言うことに、半信半疑のカレンとトウマ。


「あ、信じてない顔」

「この壁画は今まで発見された中でも最古のもので、他に当時の人々の生活の様子などが描かれていました。伝承のうちでもほぼ神話に近かった部分、“豊穣の時”が現実であったことが推測されます」


 キリクにレイが抗議する。


「推測じゃなくて本当なのーっ!」

「本当だ」


 肯定したのは、意外にもゼロだった。


「私は最初の贄神の戦いの後に起動したので当時のことを直接知っているわけではない。だが、私に組み込まれた記憶が今の話を裏付けている。贄神が登場する以前、確かに人類──この場合は人間族も魔属も含めてだが──は無限といえるエネルギーを活用し、高度な文明社会を築いていた」

「その……無限のエネルギーの元が、この装置と思われます」


 再び、キリクは壁画を指さす。

 トウマは写真を見て、辺りをきょろきょろと見回した。


「なにやってるの、トウマ」

「どっかで見たことあるんだよな、それに似たもん」


 ゼロが答える。


「セイントの、リペアシステムだ」


 あ、とカレンとトウマは声を上げた。


「リペアシステムはその装置の縮小版だ。治療は、生物が本来持っているエネルギーを増幅して行われる。だから……元のエネルギーの残量が少なければ満足な効果は得られないし、生体エネルギーがゼロの状態である『死』は治せない」

「なんだよ、リペアシステムがフル稼働したら、聖剣の力を倍増させてさ。贄神も簡単に倒せたんじゃねえの? どどーんと」

「不可能だ、マスター・トウマ。リペアシステムの基本機能は復旧した。だが、それ以上の増幅機能を付加する素材が存在しない」

「あるよ」


 レイが反論する。


「昔、あの機械──マスターピースを動かしてた素材のことでしょ。あるよ」

「そのような情報は私には伝わっていない。あの素材……ゴールドメタルは第一次の贄神の出現で、全て消失している」

「ある」

「ない」

「ある!」


「レイ、何を根拠にそんな発言をするのか聞かせてほしい」

「その言い方、なんか腹立つ~」

「喋り方は元々このようにインプットされているので変更は不可能だ。個性の一つと考えてほしい」

「ほしいって、頼んでる割には態度デカイのよ、アンタ!」


 レイとゼロが言い争っている。そういえばこの二人、恐らく千年以上は一緒にいるのだが、仲が特別良いわけではない。冷静沈着すぎるゼロに、感情的すぎるレイは対照的だった。


「ちょっと落ち着いて、レイ。話が横にそれていってるわ。その、ゴールドメタルがあるってどうして分かるの?」


 カレンが尋ねると、レイは後ろ足で立ち上がって胸を張った。



「だって隠してあるもの、最後の一個を」



 カレンもトウマも、そしてゼロもレイの爆弾発言に驚いた。


「えっと。どうしてレイは隠してあるってこと、知ってるの?」


 カレンが尋ねると。


「それは……」


 レイは急に萎れて俯いた。


「レイ」


 ゼロがつ、と前に出る。


「君は黙っていたのか、ゴールドメタルの存在を知っていて」


 これまたゼロにしては珍しい詰問口調だった。レイは、カレンの足の後ろ側に隠れて、顔を覗かせる。


「だって、誰も聞かなかったじゃない。ゼロだって……それに約束だもの……誰にも言わないって」

「しかし、有効な戦力になるのであれば報告すべきではなかったか。もしかすると、過去の贄神との対戦のときに役に立ったかもしれない」


 レイはますます、萎れる。


「だって……」

「ま、いいじゃねえか。レイが黙ってて何か悪いことがあったわけじゃねーし」


 あっけらかん、とトウマが遮った。


「しかし、マスター・トウマ。もし戦力として使えたのであれば、聖剣の主の何人かは命を落とさずに済んだ可能性がある」


 レイはうちのめされたように身動きしない。カレンはそんなレイを抱き上げ、額を撫でた。


「ゼロ、それは違うわ。二本の聖剣の悲劇は、そんなことでは解決できなかった。あの悲劇は……それぞれの主が、真剣に世界を救いたいと思ったから、聖剣を一本にしなくてはならないと追い込まれた結果だと、私は思うの」


 トウマがゼロの額を軽く小突く。


「ゼロよぉ、女の子泣かしてどーすんだ。それに、過去のことをあーだこーだ言ってもはじまらねえだろ」

「確かに過去は戻らない。だが反省すべき点はすべきだ」

「ちぇっ、ガンコだな。もてねえぞ、そういう男は」

「私はもてる必要はない、マスター・トウマ」

「それって、今充分にもててるってことか? お前、さりげなく凄いな。どの辺りにもててるんだ」

「どの辺りもこの辺りもない。いや、だから、もてる・もてないの話ではなく……」


 全く会話がかみ合っていない。漫才コンビのようなトウマとゼロだった。

 そんな二人を放っておいて、カレンはレイに尋ねる。


「ねえ、レイ。隠してあるってことは、今捜すと出てくるってことなの?」


 レイはこくりと頷く。


「あたし、知ってるもの、隠し場所」


 驚きのあまり、カレンはレイを落っことしそうになった。


「レイ! 本当かそれはっ!」


 ゼロも驚いたようだ。一瞬、身をすくめたレイは、カレンの腕から身を乗り出して叫んだ。


「あたしだってねえ、ちょっとは役に立つの! ……きっと、彼女も、それを望んでる」


 彼女とは誰のことか。カレンが尋ねようとしたが、レイの言葉に遮られた。


「ゴールドメタルはプリズム大雪山を越えたとこの古代遺跡にあるの!」


 かつて、ゲノムを掘り出した遺跡ではないか。


「だけど、あの遺跡にそんなもんなかったぜ? なあ、カレン」


 トウマの言うとおりだ。カレンもそれらしきものを見た覚えがない。


「だ・か・ら。隠してるって言ったでしょ、あたしが案内したげる! ゴールドメタルがあれば、贄神の黒い雨に汚された大地の力も早く取り戻せると思うの!」


 そう言って、ちらっとカレンを見て小声で付け加えた。


「そしたら、遠征が少なくなるかも……ね?」

「えっ……」


 まさか、レイがそこまで考えていたとは。

 感動したカレンは、レイをそっと抱きしめた。が、気持ちは感謝しこそすれ、カレンは半信半疑だった。


「じゃあ、ちょっとゴールドメタル狩りに行くか! 久しぶりだよなあ、宝探し」


 トウマが楽しげに言うと、


「お宝探し~!」


 レイはもう精神的に復活したのか、カレンの腕から滑り降りて、きゃっきゃと騒いでいる。笑ったり怒ったりと忙しいレイは、トウマと波長が合うのだろう。


「でも……本当にあるのかしら。そんなに凄いものが」


 カレンは疑問を口にした。なにせレイときたら、実務的なことはあまり役に立たないのだ。隠している場所というのも確かなのか。


「大丈夫だと思いますよ。レイはああ見えても第一世代の疑似生命体だそうですから」


 キリクがさらっと重大な発言をしたので、カレンはまたもや驚いた。


「第一世代って、初代の聖剣の主の時代ってこと? どうしてそれを……」

「レイが自分で言ってましたよ」


 カレンさえ知らないことだった。確かに、今まで尋ねたこともなかったが。


「ゼロ、そうなの?」

「それは本当のことだ。レイは最古のサポーターだ」


 二重の驚きだった。

 レイが数千年の時を過ごしてきたこと。

 ゼロより先輩の割には、ちょっと実務面での活躍や知識に偏りがあること。


「レイとゼロは全然違うわよね。同じサポーターなのに」

「レイの役割は私とは違う。いや、正確には、存在意義が異なる」

「存在意義?」


 ゼロはそれきり黙り込んでしまった。必要最低限のことしか話さないのはいつものことだ。だが、どこかゼロらしくなかった。

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