2章6節:撤退、再会

『・・・・・・さん・・・・・・トさん』

「・・・・・・んっ」


 通信機の呼ぶ声で目を覚ましたレストは空をみあげていた。


──全身が痛い。激痛がする。動ける気がしないんだけど。呼吸するだけでも痛いんだけどナニコレ。


 彼女が分かる範囲だけで、左腕、右足、肋骨が数本折られていた。認知出来ないだけで恐らくもっと折れているだろう。

 最後の攻撃が防がれた時点で彼女は死を覚悟していた。あんな至近距離で格上の相手。しかも接近戦が本職の人間だったからだ。

 でも生きていた。運が良かったとかではないだろう。彼女は生かされたのだ。


「くそっ」


 右手で地面を叩く。

 情けなのか。利用価値があったからなのか。負い目からか。生かされた理由は定かではない。


 でも完敗した。レストは最初にシャローネと一緒に、間合いに入れば炎を纏った竜巻を発生させる罠を張っていたが、看破され即座に中、遠距離戦に切り替えられた。だが、その中、遠距離も仕留め切れずじまい。リリーシャスが落ちてからはあまりに一方的で、力量差が思い知らされた。

 自然と彼女の瞳から涙が溢れ出る。


『レストさん、生きてたら返事をしてくださいまし!』


 リリーシャスの声が聞こえ、涙を右手で拭いながら魔力を通わせ、魔通信機のスイッチを入れる。


「はいはい、生きてるって」

『はぁ、良かったですわ。皆無事ですわね』


 通信機の向こうから安堵のため息が聞こえる。


「あいつは?」

『ごめん、逃がした』


 クロードが暗い声で答えた。


「分かった。まぁ、今回は運がなかったわね」

『運が、悪かった。ってより、向こうの、手のひらの、上で、踊ってた。感じ?』

『大体そんな感じですわね~。対アリスさん用の3人砲撃で落とせてれば良かったのでしょうけど、そう簡単にはいきませんでしたし、新たな対策が必要ですわね』

『あう~・・・・・・。すみません役立たずでぇ・・・・・・』


 鼻声のミラの声が聞こえてくる。どうやら泣いた後らしい。


「平気、平気。それよりアリスに、1位にボコられてない?」

『あ、はいー。遭遇してないです~。矢が肩に刺さったくらいです~』

『ん、応急処置、は?』

『してますぅ~』

「なら、いい」


 レストの頭の真上に樹の枝からシャローネが降りてきて着地する。


「・・・・・・レスト。酷いね。動けない、でしょ」

「うん。まぁ、戻ったらフランカに回復魔法かけて貰うしそれまでの辛抱だね」

 「そっか」と言いながら肩を貸しレストの身体を起こす。

「あいだだだだだ!!!」

『あ、レストさん私の回復もお願いしてもらえませんこと? 流石に隻腕で回復待ちだなんて嫌ですし』


 痛みで顔を苦痛で歪ませながら「へいへい」と空返事をする。

 回復魔法には2種類ある。一般的に回復魔法と呼ばれる物は回復出来ない例外も存在するが、腕を失おうが足を失おうが、死ななければ大抵の傷を回復出来る。が、扱える者は非常に少ない。


 もう1つは応急処置、自己回復魔法と呼ばれる代物。同じ種類の魔法ではあるのだが、此方は自身の傷のみしか回復出来ない。しかも回復出来るのは、小さい切り傷や出血を止めたり、塞いだりする程度である。


 そのため学園では、生徒とは別に正規で雇っている回復魔法を扱える者が、1日の人数制限をかけ回復魔法を施している。ほぼ毎日と言っていいほど回復が必要な生徒が運び込まれるため、回復待ちの生徒で溢れかえっている事が多い。

 なお、生徒で扱える者は無論含まれていないため、急ぎで回復する場合は自身のツテを使って頼み込む事になる。


『で、無駄乳。あんた、コアは平気なの?』


 レストに問いかけに、直径20cmほどの半透明の球体に複数のビー玉ぐらいの大きさの球体が入ったコアと呼ばれる代物を見ながらリリーシャスが答える。


「ちゃんと壊れる前に排出しておきましたから平気ですわ」


 神装武具にはコアと呼ばれる箇所がある。通常のコアの大きさはビー玉ほどで、この部分を破壊しないかぎり、神装武具は皮となる武器部分を作り直し埋め込めば完全に復活する。逆にコアを破壊されると"全く同じ"神装武具は復元する事ができなくなる。


 例外の1つとして、量産型のドラウプニルはコアが非常に小さい。

 そして、リリーシャスが扱う特殊魔砲-デヴァインのコアもまた通常の神装武具とは異なり複数のコアを無理矢理連結し1つのコアとして形を成していた。


「ただまぁ・・・・・・ブラックスミスの主任に怒られそうですけど」


 そういうと彼女は肩を落とし項垂れた。



 走る事30分。ふと上を向くと木々の隙間から1本の細い煙が見え初め、更に1分ほど走ると予め決めていた集合地点の河原が見えて来た。

 そこでは火を焚き、鍋で何かを煮込んでいるリザ之助の姿があった。

 恐らく今日のお昼を作っているのだろう。


「あ、ディードさん。お疲れ様です」

「朝からお互い大変だったな。アリスは?」


 辺りを見渡し、姿が見えない彼女を探しながらリザ之助の元に歩いて行く。


「安全確認のついでに果物でも取ってくると言ってましたよ」


 そう言われ、適当に返事をし鍋の前まで歩いて来るとしゃがみ中見を見つめる。


「・・・・・・味見します?」

「する」


 即答すると、2枚の小皿にスープを取り分けて貰い渡される。


「頂きます」


 スラが肩から降り、2人は同時にスープを飲む。


「お、うまい」


 スラも頷き、リザ之助は照れる。


「ずっと料理作ってましたからね。アリスさんが戻って来たらお昼にしましょう」


 そして、待つこと10分ほど経った時、アリスが向こう岸の森の中から現れ右手にはかばんのようなポーチのような物を持っていた。


「あ、兄さん久しぶり」


 彼女は剣を収めている入れ物を持つ左腕を挙げ、振りながら走ってくる。


「おう、アリス久しぶり・・・・・・って強くなりすぎだろ。お前」


 河を飛び越え、着地するとゆっくり歩いて来る。


「そりゃぁ、修行したし」


 そう言いながら、かばんのようなポーチのような物を下ろし広げると、それは1枚の布であり中にはリンゴやジュカの実等の果物が入っていた。


「個人的には、あのおっさんの所でゆっくり暮らして欲しかったんだがなぁ」


 ディードはジュカの実を1つ取ると、ナイフを作り出し真っ二つに斬った。片方をスラの前に置き、もう片方を齧る。


「追ってきたんだから仕方ない。諦めて」

「えっと、お二人はどういったご関係で?」


 リザ之助はそう問いかけながらスープをよそって行き、ディードは簡潔に説明を始める。


 アリスとは昔、拾って2年間ほど一緒にとある村で暮らしていた。だが、その村は盗賊の手に掛かって崩壊。その時、滞在していたとある剣術の師範にアリスの事を任せてディードは旅にでた。といった内容だ。


「んで俺の母親はその盗賊の襲撃時に死んでる」

 「あー言ってた義理の妹ちゃんだねー」とスラが水で文字を書き「そうだ」と彼は返した。

「へぇ・・・・・・普通ならそういった状況ですと、捨てられた。とか思いそうですけど」

「魔族って割りと嫌われてるからそのせいだと思ってたよ。中立地帯だろうと嫌ってる人はいるし、面倒事が格段に多くなるからね。だから捨てられた。ってより私の身を案じてって考えてた。ほら、師匠に話つけてたしさ」

 「で、どうなの? お兄ちゃん?」と文字を書き、ニヤニヤしながらスラがディードを見上げる。


 一服置き、意を決したように口を開く。


「大体、合ってる」


 そういうとジュカの実の残りを口に放り込み顔をそむける。


「なら良かった。で、兄さん。そのスライムは? リザさんの事は話ある程度聞いてるけど」


 彼女に座りながら問いかけられ、スラの説明を始めるが「そうじゃない」と言われ、聞きたいのは関係性の方だと訂正が入る。


「関係性ねぇ。家族」

 「私も一応義理の妹になるのかな?」と書かれ「どうだろう」とディードは返す。

「むゅ~?」


 スラは鳴きながら膨れる。恐らく「えぇ~?」と言いたいのだろう。

 すると、急にアリスが立ち上がり戦闘体勢に入り3人は彼女を見上げた。


「どうかしたか?」

「何か来る」


 そう言われ、彼女が見ている先を見ると、1匹の小悪魔がふらふらと森の中から飛んできた。


「・・・・・・あ」


 ディードは完全に忘れていた。

 戦闘中、邪魔になり投げ捨てて来たとある小悪魔のことを。


「投げ捨てておいて更に放置って、酷すぎじゃないのぉぉおおおお!?」


 ギャスは吠えるように叫び、面食らったアリスがこう問いかける。


「あ、もしかして知り合い?」

「まぁ、一応」


 と、苦笑いを浮かべながらディードが答えた。

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