314話 魔導婚と来客
──
現代では不道徳とされる一夫多妻を認める制度だと、アリエルさんは明かした。
そのあまりにも突拍子の無い制度に俺達は揃って絶句する。
それはそうだ、俺はゆず達五人が好きだとは言っても、全員と結婚するのは出来ないと思っていたから。
どうあっても事実婚が限界だと思っていたんだ。
きっと途方もない苦難が待ち受けているだろうと覚悟していた矢先に、そんな鶴の一声に等しい制度を明かされるなんて誰が予想出来ただろうか。
「ふふっ随分と驚かれたようで、サプライズは大成功と言ったところでしょうか。まぁ本来は正式な許可を得てから打ち明けるつもりでしたが……事ここに至っては致し方ありませんわ」
そんな俺達とは違い、打ち明けた張本人であるアリエルさんは悪戯な笑みを崩さない。
冗談か何かだと思いたいが、それは彼女が持つ書類によって真実だと知らしめている。
色々気になることがありすぎて、何から聞けばいいのかわかんねぇな。
「ゆずは、知ってたのか?」
「い、いえ。私も初めて耳にしました」
「ボクもです……」
「おねーちゃんから聞いたことないです」
マジか。
最高序列第一位のゆずでも知らないなんて思わなかった。
より謎めいた制度に疑問を浮かべていると、クロエさんが「無理もない」と前置きしてから口を開く。
「そもそもこの魔導婚というのは魔導の歴史において古い制度なのだ。それにどちらかと言えばこの制度は魔導士にではなく、リンドウツカサのような魔力持ちの男に利が強いという事情もある」
「俺に……?」
魔導の装備や設備は魔導士になれるのが女性のみとあって、専ら女性専用と言っても良い状態だ。
数が少ないとはいえ魔力持ちの男性は、総じて肩身が狭い思いを強いられるケースが殆どだと教わったことがある。
故にそんな制度の存在はまさに謎以外の何ものでもない。
「過去にこの魔導婚が行われたケースはいくつも存在している。我々で最も身近な例と言えば、アリエル様の父親であるレナルド様がレティシア様とローラ様を妻として迎え入れた、ということだ」
「あ、あの人達も魔導婚だったのか!?」
クロエさんが明かした意外な事実に驚きが隠せない。
てっきり外国特有の複婚だと思っていただけに、身近な例がいたとは思いもしかなかった。
というかそんな制度があったのに、アルヴァレス家の先代当主はローラさんを目の敵にしていたのか。
既に落ちぶれているとはいえ、救いようがないクズだと苛立ちを覚える。
とはいえそっちは今じゃどうでもいい。
「魔導婚の成り立ちは長くなるので省きますが、実行にはいくつか条件が必要なのですわ」
「条件?」
「ええ、まず婚姻を結ぶ女性が二人以上いること。単婚であればわざわざ魔導婚を持ち出す必要はございませんから」
それもそうか。
あくまでも魔導婚の主目的は一夫多妻に限定してるようだ。
ある意味で当然の帰結に頷いていると、翡翠が手を上げ出した。
「どうしましたかヒスイ様」
「えっと、それって男の人が二人以上でも成立するです?」
翡翠が言いたいのは一夫多妻が成り立つのなら、一妻多夫も同様なのかということらしい。
言われれば確かにそっちも気になる。
しかし、問い掛けられたアリエルさんの表情は何とも困惑を隠せないようだ。
「それは……正直なところ前例がないので何とも言えませんわね」
「周知の事実だが魔力持ちの男は非常に少ない。実現する確率は無いに等しいな」
まぁクロエさんの言うことが実現性のない理由だろう。
俺が知ってる限りでも魔力持ちの男性は片手で数えられるくらいだ。
けれど……。
「どうして魔力持ちの男性に限るんですか?」
魔力のない男性も含めたのなら、一妻多夫の可能性は大いに膨れ上がるはずだ。
にも関わらず有り得ないと断じるのは些か疑問が残る。
それに対してアリエルさんは両手を合わせて笑みを浮かべた。
「それこそが二つ目の条件『魔導婚を望む男女全員がその体に魔力を宿している』という事項に当てはまりますわ」
「あくまでも魔導婚を結べるのは組織の関係者間のみ……ということですか」
「ええ、要約すればユズ様の仰る通りですわ」
治癒術式と同様にまた何とも魔力贔屓みたいな条件だな……。
もし事情を知ってる魔力無しの人がハーレム入りを希望しても、魔力が無いから認めませんって言うのと一緒だ。
その点で言えば鈴花は……いや、それは考えないようにしよう。
「三つ目の条件は妻となる女性達が良好な関係であること。これに関しては現状ではユズ様次第ですわね」
「うっ……」
そこは一夫多妻制においての常識だし今更だろう。
とはいえアリエルさんから言外に早く決めろと急かされたゆずは、苦虫を嚙み潰したように顔を強張らせた。
俺と違ってヘタレではないゆずなら、二週間の間に答えを出していると思っていたのに、この瞬間でもまだ答えを出しかねているのは思うところがあったんだろうか。
けど簡単に決められることじゃないってのも察しているのか、アリエルさんはそれ以上は追究しなかった。
「そして四つ目の条件は、魔導六名家の各当主様方による許可が必要なのです」
「……っていうことは、アリエルさんが二ホンに来たのは和良望家の当主の許可をもらうためってこと?」
「ご明察ですナナミ様。つきましてはキナ様にご実家へ案内して頂こうとこちらへ足を運んだのですわ」
あ~、今も部屋に籠ってる人も魔導六名家だったっけ。
アリエルさんと違って庶民的過ぎて、いまいちお嬢様感ないんだよなぁ季奈って。
「あれ? でもその許可証のサインは四か所しか埋まっていませんよ?」
「よく気付きましたわねルシェア。実はアメリカのマクウィリアムズ家に向かったところ、当主代理が和良望家当主との会談へ出かけていたため入れ違いになってしまったのです」
「全く、アリエル様がわざわざ参られたというのに……」
「クロエ。彼の方も忙しい身なのですから、そのように言ってはいけませんわ」
他家の当主代理相手でもブレないなぁクロエさんは。
ともかくそのマクウィリアムズ家の人が日本にいるから、一石二鳥で済ましてしまおうってことらしい。
……どんな人なんだろうか。
「丁度会談は日本支部で行われるそうですので、もうじきに顔を合わせることになるはずですが──」
「──おおっ! そこにいるのはアルヴァレスの歌姫ではないか!!」
「──っ!」
アリエルさんの言葉を遮って聞こえた強気な声音が、食堂全体に響き渡る。
声のした方へ振り向けば、そこには見慣れない人物が仁王立ちしていた。
ハニーブロンドの髪を七三分けにしたハンサムな顔立ちの男性だ。
高級そうなスーツに全く見劣りしない佇まいで、彼の気品が良く滲み出ていると思う。
よく見れば後ろには、クラシカルメイド服を着たグレーの髪が目立つ女性が付き従っている。
ここまでの特徴を見て、彼がどんな人物なのかは凡そ察した。
──この人が、マクウィリアムズ家の当主代理だと。
その口振りから、男性はアリエルさんと過去に交流があったみたいだ。
「ふむ。久しぶりに顔を見たが前にも増して美しさに磨きが掛かっているな!」
「ふふっお褒めに与り光栄ですわ」
「まっ、
見た目通りというか、なんともキザったらしい言動をする男性に対し、アリエルさんは社交辞令の笑みで返す。
一瞬なんでと思ったが、続けられた言葉に納得させられた。
既婚者だったんだこの人……しかもかなり相手にベタ惚れらしい。
アリエルさんが下に見られたのが気に食わないのか、クロエさんがすっごい睨んでる。
けれども相手が相手だから口に出さないみたいだ。
……ちょっとだけ安心した。
「あら。そのような物言いをされるということは、ついにあの方とご婚姻をされたのでしょうか?」
「当然だ。オレサマの愛は相手が唖喰であっても折れることはないからな!」
しかもアリエルさんはこの人の奥さんに会ったことあるのか。
加えてやたらと自信たっぷりな宣言もしてるし、それだけ互いを愛し合っているようだ。
「す、凄いね。初対面の人もいる前であんなに惚気るだなんて……」
「ひーちゃんもあんな風につーにぃに言って欲しいです!」
「あれ? でも、マクウィリアムズ家の長男であるあの人が想いを寄せる相手って……」
「……ええ。ルシェアさんが浮かべた人で間違いないはずです」
男性の言動に驚いているのは俺だけではないようで、菜々美と翡翠はこっちに無茶な期待の眼差しを向けて来る。
どっちかっていうと好きになってもらえた側に、あんな惚気る自信はない。
そして気になるのがルシェちゃんとゆずの会話だ。
どうやら二人も男性の奥さんを知ってるようだが、なんでそんな懐疑的なんだろうか?
そう感じた疑問に、答えは簡単にもたらされた。
「──なぁに寝言ほざいてやがりますか。坊ちゃまが一方的にプロポーズを仕掛けては毎度フラれてるじゃないですか。……皆様方には誤解をお招きして申し訳ございません」
嘘なのかよ!!?
じゃあ何か?
この人はここにいない女性を勝手に嫁呼ばわりしたってこと!?
自信過剰とかセクハラとかそういうレベルを超えた迷惑行為を見た気がする……。
「だと思いましたわ。彼女が戦いより色恋を選ぶだなんてあり得ませんもの」
お~いアリエルさん、分かってて敢えて持ち上げたのかよ。
相変わらず隙あらば弄って来るなこの人。
加えてあの言い様……彼より相手の方に問題があるってことなのか?
「全く……あとでネリス様に知られたらぶっ殺されるかもしれないですよ?」
「HAHAHAHAHA安心しろイース! それは照れ隠しだ! 我が妻はツンデレなのだよ!」
「ッチ。うぜぇ……」
メイドさんが主に対してだけめっちゃ口悪い。
でも確かにあの返しはウザイし、ポジティブフィルターの分厚さに逆に驚かされた程だ。
かといって尊敬するつもりは毛頭ないが。
「おっと! そういえば自己紹介がまだだったな! オレサマの名はアルセリウス・マクウィリアムズ! アメリカの魔導名家であるマクウィリアムズ家の次期当主だ!!」
声がでけぇよ、なんでこんなハイテンションなんだ。
無駄に快活な性格といい、まだ会って十分も経ってないのに疲れて来るなぁ……。
「お騒がせして申し訳ありません。私は坊ちゃまの付き人兼護衛のイーディス・フェザーストンと申します。坊ちゃま共々よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ……」
その反対というか、メイドのイーディスさんはすごく丁寧に挨拶をしてくれた。
アリエルさんとクロエさんの主従とはまた違った関係だ。
こっちは付き合いの長さから来る気安さみたいなのを感じる。
「して、お二人がこちらにいるということは、あの方も?」
「はい。何やら会談前に野暮用があるらしく、それを済ませてからこちらに来られるそうです」
「野暮用ですか。いつ終わるかは分かりますか?」
「すぐに終わるとは仰っていたので、然程時間は掛からないかと」
「なるほど。では今の内にアルセリウス様にこちらの書類へサインを頂きたいのですが……」
「ほぉ、魔導婚の許可証か! いやはやまさかオレサマの代でこれに署名するとは思わなかった! 無論、いくらでも書いてやろう!」
「ふふっ、感謝致しますわ」
アリエルさんの質問にイーディスさんが答え、続け様にアルセリウスさんにサインを求める。
書類と共に手渡されたペンであっという間に署名が成された。
これで後は和良望家だけか……。
そう考えた時だった。
「いーやーやー! ウチは絶対帰らへんってゆーてるやん!!」
「季奈……?」
廊下から季奈の叫び声が聞こえて来た。
誰かに連れられているのか、断固拒否の姿勢が窺える内容の発言だ。
声が聴こえた方へ顔を向ければ、そこには確かに季奈の姿があった。
──なんだか彼女によく似た女性に引き摺られながら。
その人は季奈と同じ艶やかな黒髪を腰に届く長さに切り揃えていて、身に纏っている紫の着物は絵にかいた大和撫子を思わせる。
華奢な体躯ではとても人を引っ張れるように見えないが、現に実行しているため見た目通りの人物でないことは明らかだ。
十中八九、魔導士に違いない。
しかし、帰らないって何のことだ?
この女性は季奈の実家である和良望家の関係者なんだろうか。
「なるほど! 和良望の当主様は娘であるキナ嬢を連れ戻しに来たのだな!」
「ええっ!?」
そんな風に訝しんでいたら、アルセリウスさんが納得したような声を発した。
その内容に俺は驚きを隠せず、季奈と女性を見比べる。
確かに良く見ると雰囲気が似てる……姉だって言われたら信じてしまうくらいに季奈の母親は若々しい外見をしていた。
レティシアさんといい、魔導士の母親ってそんな人ばっかだな……。
人は見た目だけでは測れないと実感していると、女性は俺達に笑みを向けて口を開く。
「ご機嫌よう、マクウィリアムズ家の坊ちゃん。なんや他にもぎょうさん初対面の人もおるみたいやし、自己紹介でもさせてもらおうかいな」
はんなりと話す気の抜けるような口調が印象強いが、その言葉からは自然と厳かな緊張感を抱かせる圧が含まれていた。
それはまさに『人の上に立つ者』という威風を思わせる。
「魔導六名家が一つ、和良望家の当主をさせてもらっとります、和良望
返す言葉も浮かばない緊張の中、女性はこちらの返答を待つ間もなく自身の名を告げた。
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