274話 天使からの祝福 後編
「ガルアアアアア!」
大口を開けて襲い来るイーターの攻撃を、ゆずは危なげなく躱す。
そこを追撃するように、シザーピードがハサミを振り下ろして来るが、彼女は回避する素振りを見せることなく……。
「──しっ!」
「シュ……!?」
身体強化術式を瞬間的に最大出力にし、その状態で振り上げた左拳によって真っ向から弾き返した。
そうしてがら空きになった隙を突いて、ゆずは右手に持つ魔導杖を向ける。
「攻撃術式発動、光剣二連展開、発射」
「ゲシュ……」
至近距離から二本の光の剣を突き立てられ、シザーピードはその体を塵に変えて消滅していく。
さらに背後から複数のラビイヤーが飛び掛かって来るも、ゆずは予期していたかのような流れる動きで左手を背後に向けて、術式を発動させる。
「攻撃術式発動、爆光弾展開、発射」
「ガ……!」
バスケットボールより大きな光の弾が放たれ、先頭にいたラビイヤーに触れた途端、後続も巻き込む爆発と閃光が迸った。
ゆずが翡翠の固有術式〝ラファエル・リヴァイヴ〟を受けてから、唖喰達は彼女に一切攻撃を当てられないでおり、当の本人のコンディションも最高とあって、順調に戦闘をこなしている。
だが……。
「シャアアアア!」「ガルルルル……」「シュー……」「シャシャシャシャ!」「グルルルァ!」
「……やはり、ミミクリープラント本体を叩かない限りはこのままですか」
どこからともなく再び大量に湧き出る唖喰の群れに対し、ゆずは冷静にそう呟く。
既に彼女だけで三百体以上は撃破しているにも関わらず、敵の攻勢が衰える様子は一向に見えない。
普通であれば絶望するであろう状況……だがしかし、その膨大な数と相対するゆずの表情に、諦念も絶望もなかった。
むしろ、勝利を確信して微笑みを浮かべる余裕すらある。
「もうすぐここに翡翠ちゃんも来ますし、一掃しないといけませんね──固有術式発動、オーバーブースト」
そう告げると、術式の威力を跳ね上げる〝オーバーブースト〟の青い光がゆずの全身を包んだ。
「固有術式発動──」
そして、今度は魔導杖の先端に凄まじい輝きを放つ光球が出現する。
何せ、並木ゆずが持つ膨大な魔力が凝縮されているのだ。
彼女はそれを上空に放り投げるように飛ばし、光の球は一条の光の帯を描きながら飛翔し……。
次の瞬間、打ち上げ花火のように強烈な閃光を瞬かせ、ゴルフ場の上空に巨大な魔法陣が展開された。
そこから発せられる埒外の魔力は、唖喰達が慄いて動きを止める程であり、その様子をみたゆずは彼女らしからぬニヤリとした笑みを向け……。
「──ルミネッセンスシャワァァァァァァァァッッ!!」
魔導杖を振り下ろした途端、魔法陣から夥しい数の光の雨が降り注がれる。
かつて悪夢クラスの唖喰を撃破するに至った最強の魔導少女が放つ全力の攻撃は、ミミクリープラントが生み出した劣化個体を瞬く間に塵へと変えていく。
その規模はゆずがいる一帯だけでなく、鈴花達の手が届かない位置に潜む唖喰達にも及び、先程と同じように何度生み出されようとも、モグラ叩きのように現れては消してを繰り返して行き、その殲滅速度は敵の増殖速度を完全に上回っていた。
ベルブブゼラルを倒したように威力はもちろんのこと、ゆずの規格外な魔力量故に持続力も桁違いである。
あわよくばこれでミミクリープラントも倒せればよかったのだが、地中に隠れ潜む元凶にまでは届かないため望み薄と予測していた。
それでも、翡翠が敵の元へ接近出来る道は確保出来ると前向きに捉え、ゆずは撃ち洩らしがいないか確認していると、背後から唖喰とは別の気配が接近して来ていることに気付く。
「──ゆっちゃん!」
「……翡翠ちゃん」
過去に病院での会話以降、なにかと自身と触れ合おうとして来た少女が語っていた姉が、じつは司と鈴花と交友があっただけに留まらず、彼と恋人関係にあったということには驚くしかなった。
そんな人物を姉と慕う翡翠が、長い時を経て恐れを克服してこうして戦いの場に足を運ぶ姿を見て、その苦悩をある程度見て来たゆずはどこか感慨深い気持ちになる。
ならば、今少女に掛ける言葉べき言葉を逡巡し、それを伝えようと口を開く。
「──あの時、自らの命を絶とうとしていたあなたを図らずも止められたことは、幸運だったと思えます」
「……ひーちゃんも、ゆっちゃんに止めてもらえて、良かったって思ってるです」
司と出会う前の、翡翠を取り巻く事情どころか普通の日常も知らなかった自分が助けた無数の命の中に、彼女がいたことを誇りに思えた。
それが、こうして自分の助けになる行動を起こしたことに繋がるのだから。
「見ての通り、敵は都度殲滅中です。あまり長くは持たないので急いで」
「はいです!」
そうして感慨に耽るのも程々に、ゆずに促された翡翠はまた勢いよく駆け出して行く。
その小さな背中には、以前のような弱々しさはなく、一人の魔導少女としての頼もしさが感じられたのだった。
~~~~~
すーちゃん、きーちゃん、なっちゃん、ルーちゃん、アーちゃんにクーちゃん……そしてゆっちゃん。
みんながみんな、わたしの言葉を信じてくれて、誰かがやれば確実に倒せるはずだったのに、敵討ちをしたいって我が儘に嫌な顔をすることなく譲ってくれた。
行かせてくれたって意味だと、つっちーも入ることになる。
でもね……みんな、わたしが唖喰への恐怖を克服したって思ってるみたいだけど、ホントは全然なんだよ?
気持ち悪いし、攻撃されると体が竦みそうになる。
手に力が入りすぎて、自分の攻撃を当てられるのか不安で一杯。
それでも、わたしは恐怖以上の気持ちをもらった。
みんながいれば、それはずっと心の中で輝きを失わずにいられる。
だから、その光を守るために、わたしはわたしに出来る全部をぶつけて戦う。
「はああああっっ!」
相も変わらず邪魔をしてくる唖喰を、長棒を振るって薙ぎ倒していく。
〝ミカエル・アンパイア〟で見つけたミミクリープラントの位置まで、後百数メートル……。
ゆっちゃんの固有術式のおかげで、敵は警戒して地中に潜んだまま動けないみたい。
でも、後もう少しなのにさっきから邪魔ばっかりされて、わたしは焦る一方だった。
固有術式を三つも連続で構築したから魔力の消耗が激しいし、何よりミミクリープラントを倒すための魔力も温存しないといけないから、身体強化術式以外は防御にしか割くことしか出来ない。
ゆっちゃん達が一気にたくさん倒したから、敵も焦ってるのかもしれない……だからなおさら、わたしはこのチャンスをものにしてアイツを倒す。
「ガアアアア!」
「やぁっ!」
それをさせないっていうように、イーターが口を大きく開けて飛び掛かって来る。
対するわたしは半身を右へ逸らして躱してから、長棒を上から叩きつけて消滅させた。
そうして進む内に、わたしはついにソイツに出会った。
全長は四メートル前後で、唖喰としての白い体と赤い線はもちろんだけど、形状はたまねぎの胴体にチューリップの花弁と似た頭部があって、背後にいくつも生えている触手みたいな器官から出す種で敵の劣化個体を生み出している。
「ギギギギィ……!」
「ミミクリー、プラント……!」
おねーちゃんが死んだ戦闘の発端になった元凶……初めて見るその姿は、やっぱり唖喰らしく気味が悪かった。
正直、相対した瞬間に怒りで頭が真っ白になるかと思ったけれど……ううん、やっぱり怒ってる。
でもそれ以上に、冷静になっている部分もあるんだって解った。
「ギギィーッ!」
「っ!」
わたしが間近に迫ったことで、敵は危機感を露わにして触手を突き出して来る。
ローパーの触手と違って触れたら危険ってことはないけれど、捕まるわけにはいかない点は一緒だから、わたしは長棒で的確に捌いて行く。
「っ、攻撃術式発動、光槍六連展開、発射!」
それだけじゃ手数が足りないから、私は触手ごとミミクリープラントに攻撃するために、六本の光の槍を放つ。
それに反応した敵が触手を盾にするけれども、結果はいとも簡単に貫通。
そして、たまねぎみたいな胴体に二本だけ突き刺さった。
「ギギギギ!!」
抵抗された上に反撃を受けたのが煩わしかったのか、ミミクリープラントは残っていた触手から噴水のように種が吐き出された。
「「「「「シャアアアアアア!!」」」」」
「っ!?」
それだけじゃない。
種がすぐに孵った事で、あっという間に何十体ものラビイヤーが立ち塞がって来た。
あまりに数任せなやり方に、わたしはすぐさま対策を考える。
──攻撃……ダメ、手数が足りない!
──回避……無理、数が多過ぎる!
──防御……遅い、後手に回って反撃出来ない!
けれども、咄嗟に思いつく対処法はどれも万全とは言い難くて、どれを選択するべきか迷ってしまう。
それでもどうにかしないとって思って、せめて一番マシな攻撃のために長棒を振ろうとした瞬間……。
「──耳ふさげえっ、ガキィィッ!!」
「──っ!!」
「固有術式発動、ハウリング・クラスターッ!!」
不意に懐かしい声が聞こえて、その声に従ってすぐに長棒を手放してから両手で耳を塞いだと同時に、凄まじい咆哮のような音の衝撃波がラビイヤー達を襲った。
「今のって……」
直撃を受けた唖喰達が痺れて動けなくなったところを、今度は細い棒が次々と貫いていく。
能々見るとそれは、見覚えがあるマスケット銃だった。
「ッハ、なんだよ。久しぶりに見たら背はあんま伸びてねえのに、随分とマシなツラになってんじゃねえか」
「ぁ……」
隣に降り立った人影に顔を向けて、わたしは今が戦闘中だってことも忘れるくらいに呆ける。
最初に目に入ったのは、裾がボロボロになっていて蝙蝠の羽のようにも見える赤いコート、そして血の様に鮮やかなスカーレットのショートヘアだった。
瞳孔が開いてぎらついたグレーの瞳と凶暴的な笑みは、普通の人なら怖がって距離を取りそうな程に、恐ろしさを感じさせる。
でも、それを見慣れているわたしからすれば、彼女にしては珍しく嬉しそうだと分かった。
目の前にいる人がどうしてここにいるのかなって疑問もあったけれど、それよりも先にこの人の名前を呼びたいと声を発する。
「──みぃちゃん!!」
「よぉ、クソガキ」
わたしの声に悪口で返したのは、一年前に別れたっきりの友達──
最後に話した時から、とても背が大きくなったと思う。
多分、つっちーと同じくらいあるかな?
でも、そこ以外は全く変わっていなくて、元気そうで良かったって思える。
そして何より、日本支部でもどこでもない遠い場所に行ったはずのみぃちゃんが、どうしてここにいるのか疑問を抱く。
「あの、みぃ──」
「話は後だ。デカブツはくれてやるからさっさと終わらすぞ」
「っ、はいです!」
久しぶりに会ったのに、みぃちゃんは相変わらず素っ気ない。
でも、すぐにはいなくならないと言っている様にも聞こえるし、何よりミミクリープラントを倒す役目を譲ってくれた。
それだけで彼女なりの優しさを理解したわたしは、あの時一緒に戦ったことを思い返して頬が緩むの押えながら、一気に駆け出す。
「シャアアアア!」
「ガルルルルルルァ!!」
真っ先に前に出たわたしを再び生み出された唖喰達が狙って来るけれど……。
「キヒヒ……よそ見してんじゃねぇぞ!?」
みぃちゃんがマスケット銃の引き金を引いて撃ち抜いて、空になった銃を投げつける。
すると後方に展開した魔法陣から新しいマスケット銃を取り出して、また撃っては投げてを繰り返す。
その工程を経ての連続攻撃は唖喰達を次々と塵に変えていって、戦い方は変わっていなくとも、その速さが段違いになっていることから、一年前の時よりとても強くなってることが判った。
「ははハははハハハ! オイッ、数だけで能の無いザコ共! 今度はコイツを食らってみな!!」
そう言ってみぃちゃんの右手に、銃口が縦二つに並んでる銃──上下二連式のショットガンを握った。
ジャキッと前方に向けてそれを構えて……。
「固有術式発動、パラライズ・パラダイス!!」
引き金を引くと、敵を拘束する光の網が前方に数多く射出される。
それは生み出された唖喰達だけでなく、ミミクリープラントの動きをも封じる程だった。
「動きは止めたぞ、ぶちかませぇ! ──
「うんっ!!」
ゆっちゃん達だけじゃない、初めて名前を呼んでくれたみぃちゃんにも作ってもらったこの絶好のチャンス……これで決着をつけるために、わたしは跳躍した。
──やっとこの時が来た。
──おねーちゃんの仇……。
──それをわたしが倒せる日が来たんだ……っ!
胸の奥に煮え滾る怒りの炎が、どんどん熱くなるのが解る。
怒りはある、復讐のチャンスに嬉しさもあった。
だけど、わたしはそれ以上に……。
「やああああぁぁぁぁっ!!」
わたし自身を許すための一歩として、この唖喰を倒す。
そんな想いが形になるように、ずっと燻っていた熱が両方の掌に集まって行った。
すると、黄金の輝きを放つテニスボールサイズの
わたしはそれを頭上に掲げて一つの火球へと融合させる。
「固有術式発動! ウリエル・クリメイシェンッ!!」
光の網を振り払えないまま、身動きを取れないでいるミミクリープラントへ火球を投じる。
黄金の火の球は寸分違わず敵の元へ着弾して……。
──カッと爆ぜたと同時に夜の暗闇をも焼き払うかのような、巨大な金の火柱が空を照らしながら立ち昇った。
「ギギギギィィィィッッ!!?」
「はああああぁぁぁぁっっ!!」
火柱の中に閉じ込められたミミクリープラントの断末魔が響く。
でも、わたしは攻撃を止めることなく……むしろより魔力を込めて火力を上げた。
この術式は、魔力が尽きるか任意で解除しない限り延々と燃え続ける。
そして、この炎の中にいる間はいくら種を出しても、唖喰が孵る前に焼き尽していく。
つまり……既にミミクリープラントが打てる手はもうない。
「ギ……ギィ……──」
そうして、炎の中でミミクリープラントがボロボロと灰燼と化して消滅していった。
敵が消えたことを確かめたわたしは、すぐに炎の柱を解除する。
ミミクリープラントがいた場所を中心に真っ黒な焦げ跡が残ったけれど、修復作業には多分影響は出ないと思う。
一方で、一応ではあるけれど復讐を達成出来たわたしの心には、ようやく魔導少女としてみんなを守れた実感に満たされていた。
「──ふ、く……うあぁ……」
きっと、それで緊張の糸が切れたのかもしれない。
もしくは、もっと早くこんな風に戦えていればよかったのに、っていう後悔なのかも。
ううん……それよりも、強くなったわたしをおねーちゃんに見せられなかった方なのかなって思えた。
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁんん!! ああああぁぁぁぁ! ひくっ、グスッ、おねえぇぇぇぇちゃぁぁぁぁんん! ううぅぅぅぅっっ!! ごめんなさいぃぃぃぃっっ!!」
でも、どちらにせよわたしは大声で泣き喚くことで一杯一杯で、感慨に耽る余裕は微塵もない。
たった一人分の泣き声だけが、戦闘の終えた周囲に静かに木霊していくのだった。
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