213話 予想外の再会と……
十月の第一週を過ぎ、ますます秋の季節に近付く頃、俺は学校の裏庭にてある人物から呼び出されていた。
「竜胆先輩、好きです! わたしの彼氏になってくれませんか!?」
その目的は告白だった。
いつかのように下駄箱にラブレターが入っていたのだが、今度は石谷が仕掛けた偽物ではなくちゃんと本物だった。
そして俺に告白をしている後輩の女の子とは、今まで会話を交わした事はない。
完全に初見の相手だ。
「ええっと、どうして俺のことを好きになったんだ?」
「え、あの、その……竜胆先輩って、一年の女子に結構人気があるんです……すごく気配りが出来て、よく相談に乗ってもらったりしてるってことで……」
「ま、マジ!?」
「マジです……」
いつの間にそんな認識が広まってたんだ?
二年になってから、よく一年の子達が話し掛けてくるなぁとは思ってたけれど、そんなことになってたとは……。
「その、えと、告白の返事は……?」
「あっと、その……君の告白はすごく嬉しいけど、俺じゃ君とは付き合えない、ごめん……」
「そう、ですか……えっと、すみませんでした……」
「いや、悪いのは俺の方だから……」
「それじゃ、失礼します……!」
心苦しいが、告白を断る。
元々彼女も期待していなかったんだろう。
どこか解っていたような悲しげな表情を浮かべて、足早に立ち去ってしまった。
これが、十月十日の昼休みに起きた、一つの恋の終わりだった……。
~~~~~
「なぁ~にが『悪いのは俺の方だから……』よ! 今更過ぎるでしょうが!!」
「め、面目ない……」
放課後、ゆずと鈴花に告白の経過を伝えると、あからさまに不機嫌な鈴花がそう愚痴った。
ただでさえ三人の女性からの告白への返事を保留している最中に、新たな火種を自ら背負い込むかの如く、後輩から告白をされているからだ。
「でも良かったです。先程告白していた彼女も可愛らしい人だったので、万が一司君が受け入れたらと思うと、気が気ではありませんでした」
俺が貰ったラブレターを見た瞬間、送り主へ天誅を下しかねない程に荒れ狂ったゆずさんが、安堵の表情を浮かべていた。
「流石にぽっと出の後輩キャラになびくほど司も甘くないってことでしょ?」
「いや、その言い方は勇気を出して告白をしたあの子に失礼だろ?」
「自分にドデカイブーメラン突き刺すようなことを言ってる場合じゃないでしょうが!!」
「っぐ!」
体変御尤もな指摘を受けて、思わず心臓を抑える。
いや、本当に……ゆずも菜々美もアリエルさんもめちゃくちゃ勇気を出して告白したって言うのに、当の俺がこのザマなのは本当に申し訳ない。
「それにしても……司君が一年生の女子の中でアイドルみたいに人気があるとは知りませんでした。見る目が合るのは感心しますが、こう何度も告白される光景を目にするのは心臓に悪いです」
「あぁ、なんていうか、俺もゆずや菜々美がよく告白されるのを他人事みたいに思ってた頃の自分をぶん殴りてぇよ」
「ほんっといい加減にしなさいよ、フランスに行って女三人とキスをするような節操なしは、しっかりと反省するよーに!」
「おい、そのリザルトやめろ」
先月一杯を使って行っていたフランスにおいて、俺が起こした行動を端的に述べた鈴花に苦言を呈する。
俺だって色々あったし、組織と唖喰に関わり続ける上で明確な目標を持つことが出来た。
しかも何が恐ろしいって、誇張じゃなくて事実だっていう点だ。
菜々美、アリエルさん、ゆずの順に恋人でもないのにキスをすることになった。
俺のファーストキスは菜々美が相手だけど、三人のファーストキスの相手は俺という、言い逃れようのない現状だ。
出来ればそのことは触れないでほしいと思う。
「ねぇゆず、こんな浮気性なやつは諦めて、アタシと付き合おうよ~」
「ええっと、鈴花ちゃんのことは好きですけど、私はレズビアン趣向ではないので……すみません……」
「あぁん、フラれたー」
鈴花は俺をディスりつつもジョークを混ぜてゆずに絡むも、ゆずは生真面目に対応して鈴花の告白を断った。
相変わらず仲が良いようで……。
「それでさ、次の土曜はどうする?」
「そうですね、冬物の服が売りに出されているんでしょうか?」
「今だと、秋冬兼用のがメインかな~」
別に疎外感はないけど、二人は俺が後輩に告白されたことなどすぐに忘れて、休日の買い物の計画を立て始めた。
「おーい、司」
「石谷? どうしたんだ?」
そうして話が一段落着いたところで、石谷が俺に声を掛けて来た。
九月中は魔導交流演習のいざこざであんまり話せていなかったから、何気に久しぶりな気がする。
「今日さ、一年に転入生が来たんだってよ、それもとびっきりの美少女が!」
「へぇ、この時期に珍しいな」
ゆずは二年の一学期が始まって少しして転入してきたけど、思えばあれからもう半年が……いや、まだ半年しか経っていないのか……。
潜り抜けた修羅場が多過ぎて、時間感覚が麻痺してる気がしてきた。
「だろだろ? んで、この後暇なら見に行かね?」
「石谷ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「え!?」
石谷が楽しそうに俺を刺そうと、俺が知っている限りでも彼女が居ない男子メンバーの一人が声を荒げて怒鳴り込んできた。
「な、なんだよ?」
「お前、なんで竜胆を誘うんだよ!? これ以上アイツの周りに美少女が集まってもいいのかよ!?」
「人を美少女なら誰でも囲うみたいに言うなよ!?」
心外だ。
俺だって別に好きで美少女に囲まれたいわけじゃないってのに……。
「並木さんと橘に柏木先生、修学旅行で会った中学生と和風関西美少女とか、もうこれ以上このメガネの周りに綺麗所が集まる光景は見たくねえんだよ!!」
「お、おう……」
「……」
言えねぇ……。
先月にフランスで三人の美女・美少女と知り合ったとか、口が裂けても言えねぇ……。
しかもそのうちの一人とはキスまでしてるとかなおさら言えるわけがない。
「しかも見に行くのは一年の子なんだろ!? 一年の女子の間じゃ何気に人気がある竜胆が行ったらあっさり落ちるかもしれねえじゃねえか!?」
「あ~、司って並木さんに色々教えてた姿が女子達の好感を買ったのか、よく頼られてるんだよなぁ~」
「え、そういう理由だったのかよ?」
確かにゆずが転入して来た直後は、日常指導のために学校の案内をしたり、学食を使ったりしたけど、意外と見られてるもんなんだなぁ……。
「ウチのマネージャーに告った時さぁ『竜胆先輩みたいに頼りになる人が好きなんです、ごめんなさい』ってフラれたんだよぉ!!」
私怨じゃねえか。
フラれたのは残念だと思うが、それって俺が悪いんじゃなくて、お前じゃ頼りになる先輩として見られてなかっただけだろ。
「ちょっと竜胆く~ん、お客さんだよ~」
「え、委員長? 今度はなんだ?」
失恋ショックに怒り狂う男子の対応に追われていると、今度は委員長に呼ばれた。
妙に忙しないな……なんて思いつつ、お客さんがいるであろう教室の入り口へ向かう。
すると、そこには見慣れた人物が立っていた。
黒髪を三つ編みにして肩に掛け、橙縁の眼鏡の奥の瞳は気怠け気味に半分閉じている。
ブレザーの下にパーカーを着ており、シャツの胸元のリボンが黄色であるため一年だと判る。
背筋は猫背で、見るからにダウナー系だと判るなんとも緩い佇まいだ。
アリエルさんという、女性らしさの頂点を知ったからこそ、より浮き彫りになる印象だ。
その一年の女子は俺の姿を見ると右腕の肘だけで手を振って挨拶をしてきた。
「あ、ういっす~、何気に久しぶりっすね~、せんぱい~」
「お前が二年の教室に来るなんて珍しいな、
同じ漫画研究部の部員で、例に漏れず彼女もオタクだ。
部活以外で顔を合わせたことはなかったが、珍しく今日は部室では無く二年の教室に来ていた。
そのことを尋ねると、由乃はあくびをしながら答えた。
「ふあ~……せんぱいと知り合いだって理由で、わたしが選ばれたんですぜぃ~」
「まぁ、確かに一年の中じゃ一番話すのは由乃だけど……誰に選ばれたんだ?」
「ん~、クラスの陽キャな憎きリア充から陰キャの同類の女子達っすね~」
「そ、そっか……」
「せんぱいのことは嫌いじゃないですけど、美少女に囲まれてるハーリアっぷりは嫌いっす。同類だと思ってた分、裏切られた感がハンパないっすわぁ~」
「それは今言う必要ないだろ……」
この通り、彼女はリア充を酷く敵視している。
ちなみに由乃が言った『ハーリア』とは『ハーレムのリア充』という意味らしい。
由乃本人は俺に対して恋愛感情があるわけじゃないが、俺の周りに美少女がいるという一点は親の仇のように嫌われている。
なお、由乃も髪を解いて眼鏡を取れば鈴花クラスの美少女なのだが、性欲で群がってくる男共がウザいという理由で、敢えて今の姿を維持しているそうだ。
その分、俺に対してはある程度の信頼はしているそうだが。
「で? 一体何の用なんだ?」
「あ~そうでした~、せんぱいに会いたいって人がいるんっすよ~」
「会いたい人?」
「そっす。……
由乃が廊下の角に隠れている〝るーしー〟という人の手を引いて来る。
もしかしてまた一年の女子からの告白か?
なんて考えは、次の瞬間にあっさりと霧散した。
「まま、待って下さい、マトウさん! その〝るーしー〟って
「──え?」
由乃が手を引いてきた人物を見て、俺は呆気に取られた。
何せ、その人は──いや、その子の姿を今見るとは思いもしなかったからだ。
羽根牧高校の制服である紺のブレザーに白のスカートを身に纏い、リボンの色は由乃と同じく一年生用の黄色だ。
青色の髪を肩に触れるか否かのボブカットの長さに切り揃え、髪の同じ青の瞳は羞恥か照れなのか、見惚れる程に潤わせていた。
一目で見て外国人だと判る顔立ちながら、かなりの美少女である。
その割には身長は小柄だが、出るところは出ている起伏に富んだ体つきをしている。
「え、な……なんで?」
「え、えへへ……」
戸惑うあまり、そんな疑問を口にするしかなかった。
問われた本人も、理想ではもっとちゃんとした再会をしたかったのだろうか、恥ずかしそうに微笑むだけだった。
「な、なんで、ルシェちゃんが日本に……それも羽根牧高校の制服を着てるんだっ!?」
そう、今俺の前にいる女の子は、日本支部とフランス支部の魔導交流演習の際に仲良くなった新人の魔導少女の、ルシェア・セニエだった。
「えっと、お久しぶりです、ツカサさん」
最後に彼女に会ったのは、三日前にあったアリエルさんの誕生日会以来だ。
言葉で言う程久しぶりと言う訳ではないが、それでも日本でルシェちゃんと会うことになるとは思いもしなかった。
「え、マジでルシェアがいる!? なんで!?」
「ほ、本当です……それにあの姿は?」
俺と同等の衝撃を受けているのか、ゆずと鈴花も驚きを隠せないでいた。
鈴花はともかく、ゆずにも知らされていないなんて、どういうことだろうか?
「あれ? るーしーは今日ウチの高校に転入して来た留学生なのに、せんぱい達は知ってるんすか?」
「え!?」
そんな俺達の反応を見て、由乃が純粋な疑問を口にした。
やっばい!
俺達は知っていても、周りはそのことを知るはずがない。
ましてやルシェちゃんはフランス人で、菜々美や翡翠達のようにゆず経由の知り合いだって言い張るのも難しい。
どう言い逃れをしようかと逡巡し、すぐに答えが出たため、それを口に出す。
「あぁ、その……俺、夏休みの間に一人で旅行に行ってただろ? その時に偶々日本に来ていたルシェちゃんと会ったんだよ!」
「それって先輩がスマホを忘れて三週間くらい音信不通だった時のっすよね? へぇ~、あの時に……」
「そ、そうそう! それで丁度一週間くらい前に、商店街で会って、その時にゆず達とも知り合ったんだよ!」
「ほうほう……るーしー、それ本当?」
「は、はい!」
「ふぅ~ん……」
咄嗟の説明に、ルシェちゃんも魔導と唖喰の守秘義務に則って後押しをしてくれたたため、由乃を説得することは出来た。
良かったぁ……。
ひとまずはこれで納得してくれたみたいだ。
……ん?
その時、ふと俺の頭の中である可能性が浮かんだ。
ルシェちゃんの格好と由乃の発言から、ルシェちゃんは羽根牧高校一年生の留学生として転入して来たことになる。
それで俺は石谷達とある話題を交していた。
『今日さ、一年に転入生が来たんだってよ、それもとびっきりの美少女が!』
──一年に
──それもとびっきりの
「あ……」
俺の中で点と点が線で繋がったと同時に、それは起きた。
「「「「「ふっっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」」」」」
これから一年の教室に居たであろう、ルシェちゃんが既に俺と知り合っていたという事実に、男子達は怒り狂い出し、怒号が教室中に響いた。
「こんな、こんな残酷なことってあるか!?」「美少女留学生が既に眼鏡と会っていたなんて、何故神は俺達にその奇跡を与えらなんだ!?」「並木さんの時といい、柏木先生の時といい、お前はそうやっていっつも俺達の一歩先を行く! 一体前世で何をしたんだ!?」「しかもしかも、なに愛称でちゃん付けして呼んでるんだよ! それだけでもうどれだけ仲が良いのかわかるのが辛い!!」「もうやだ! 誰かあのメガネに天誅を下してくれぇ!」「嘘だぁっ! 俺、セニエさん狙ってたのにぃ!」「遂に僕が主役のラブコメの幕が開けると思った矢先にこれかよぉ!」「所詮我らはモブということなのかぁ!!」
阿鼻叫喚の騒ぎが廊下に大いに木霊する。
ある者は嫉妬に狂い、ある者は嘆き悲しみ、ある者は絶望に暮れる……しかも一年の男子が何人か混じってるし。
転入早々に同学年の男子を一目惚れさせるとか、ルシェちゃんもやっぱりモテるんだなぁ……。
「うわぁ……せんぱい、めちゃくちゃ恨まれてますねぇ」
「あぁ、またドッジボールで私刑が繰り広げられそうだよ……」
味方すら敵になるから性質が悪いんだよ、あれ……。
そう悲観に暮れていると、ルシェちゃんへ一人の男子が近付いてきた。
「セニエさん! その先輩といたら君の身が危険だ! 早くここから離れよう!」
おっとぉ、あらぬ疑いが掛けられてないか?
後輩の男子にディスられたことで若干傷付くが、この怒号の中でルシェちゃんだけでも助けようとする勇ましさには素直に感心するが、それはまたも予想外の形で無くなる。
「──ッヒ、イヤァッ!!」
「え?」
後輩男子がルシェちゃんの手を引いて人混みから連れ出そうとした途端、彼女は悲痛な悲鳴を上げてその場に崩れ落ちてしまった。
突然の事態に騒ぎは一瞬にして静寂に包まれ、手を引こうとした男子も呆気に取られていた。
だが、そんなことは俺にはどうでも良かった。
何故なら、ルシェちゃんの顔はさっきまで照れながらも、顔見知りの俺達に会えたことで浮かべていた明るい表情が見る影もなく青ざめさせていて、全身をガクガクと震わせていたからだ。
「ちょっとアンタ、この子に何したのよ!?」
「ヒッ!?」
ルシェちゃんの尋常でない様子に、鈴花が怒りを露わにして後輩男子に詰め寄った。
その剣幕に後輩男子は顔を引き攣らせて怯えていた。
「い、いえ、オレはただ手を引いただけで何も──」
「手を引いただけでこんな風になるわけないでしょうが!? 言い訳しないで早く白状しなさいよ!!」
「待って下さい鈴花ちゃん! この人は本当に何もやっていません!」
相手の説明に納得出来ない鈴花が、今にも殴り掛かりそうになったところでゆずが慌てて止める。
取り敢えず原因究明は後回しにして、俺はルシェちゃんに駆け寄ることにした。
「大丈夫か、ルシェちゃん?」
「はぁーっ、はぁーっ、つ、つか、ささん?」
「あぁ、俺だ。一緒に保健室まで行こう、肩を貸そうか? 」
「は、はい……すみ、ません……」
足元が覚束ないルシェちゃんに肩を貸し、俺はゆず達に振り返る。
「悪いゆず、俺の鞄を持っててくれないか? それと、由乃も一緒に来てくれ。教室での様子を聞きたいから」
「はい、分かりました」
「……了解っす。せんぱい、なんだか手慣れてません?」
「……そういうのも今は後回しな」
妙に鋭い由乃の指摘をそうはぐらかし、俺はルシェちゃんを伴って保健室へと向かう。
一体、彼女の身に何が起きているんだろうか?
そう考えながらも、ゆっくりと歩みを進めるしかなかった。
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