113話 投げ入れられた戦火

 

 唖喰が私達の生きる世界へと渡る通り道であるポータルが、人の多い商店街に出現した。

 初咲さんからの連絡でそのことを知った私達は驚きを隠せませんでした。


「商店街ってポータルは人の少ない場所でしか出現しないはずじゃないの!?」


 そう、鈴花ちゃんの言う通りです。

 唖喰が次元の壁をこじ開けて出現するポータルは人の存在が抑止力となっているため、商店街のような人の多い場所では出現しないはず……。


 それがどうして商店街で?

 いえ、一つだけ方法があります。


「ベルブブゼラル……!」


 任意の位置にポータルを強制的に開放することが出来るあの能力があれば、人の多い場所であろうと容易にポータルを出現させることが可能です。


「ほんまシャレにならへん能力やな」

「とにかく病院から商店街までは徒歩十分程……身体強化術式を使って移動すれば五分かからずに現場に行けます」

「そうね、それじゃ早く魔導装束を装備して行くよ!!」


 私と鈴花ちゃんに季奈ちゃんとアルベールさん達の五人で商店街に現れたポータルと唖喰の対処に向かうことになります。


「ゆっちゃん……」

「翡翠ちゃんは日本支部に戻って待機していてください」

「……でも」

「翡翠ちゃん」


 唖喰へのトラウマを払拭出来ていない翡翠ちゃんが同行しても、言い方は悪いですが足手まといになってしまいます。


 仮に同行しても私が守るつもりではありますが、ポータルから出て来た唖喰の種類によっては後ろに気を配るのは厳しいのが現実です。


 それなら初めから遠ざけておいたほうが気兼ねなく戦いに集中出来ます。


「……はいです」


 翡翠ちゃんは言外に込めた意図を察したようで、引き下がってくれました。


「お待たせしました。それでは急ぎましょう」

「ウン!」

「Of course……」

「さっさと倒しちゃおう!」


 魔導装束を身に纏った私達は屋根伝いに商店街へ移動を始めました。


 移動中、ベルブブゼラルに対する作戦を話し合う中、いつ羽根牧商店街にやって来たのかという疑問が出てきました。


「病院に行く前にあの辺りで捜索していた時には探査術式に引っ掛からなかったことが気がかりです」

「あ、そうだよね……翡翠を含めた六人で探査術式を使いながら商店街周辺を捜索していたのに、なんで今になって……」

「コウソクで動いていたからとか?」

「It is useless to考えても無駄 think……商店街の近くにいるのは確か……」

「他の唖喰に邪魔されない内にベルブブゼラルを倒せたらいいけど……」


 唖喰はこちらの行動を阻害するような行為を頻繁に行うため、鈴花ちゃんの言うようにするためにはまずポータルの破壊が先決です。

 

 それに、あれだけ強力な能力です。

 既にポータルを開いているなら再度ポータルを強制出現させるのは難しいはず……狙うとすれば今しかありません。


「それやったらちょいと作戦があるで?」

「季奈ちゃん?」

「季奈、どんな作戦なの?」


 季奈ちゃんがいつものような勝気な笑みを浮かべて、そう告げました。


「前回の反省を踏まえたベルブブゼラルの討伐の作戦……聞きたない?」

「キキタイ!」

Early早く……教えて」

「よっしゃ、ほんならよう聞いときや!」


 アルベールさん達もその内容に興味を持っています。

 季奈ちゃんはかなり自信があるようで、二人のお願いに応えます。


「まずはウチと鈴花、アルとベル、ゆずの三組に分かれて行動するで」

「どうして?」

「ポータルから出て来た唖喰の討伐と近くにおる確率が高いベルブブゼラルの発見は並行して行ったほうが一番効率的っちゅうのが理由やな」


 ポータルから出て来た唖喰を優先して倒そうとすれば周辺の人達の安全は確保出来ますが、それではベルブブゼラルを諦める必要があります。

 反対にベルブブゼラル討伐を優先すれば、討伐の成否問わず周辺の人達を見殺しにしてしまいます。


 それなら両方に対処するために人手を分けた方がいいというわけですか。


「アルとベルがポータルから出て来た唖喰の討伐担当で、ウチと鈴花がベルブブゼラル捜索担当や」

「エェッ、ワタシ達もベルブブゼラルと戦いたい!」

Injustice不公平……スズカよりワタシ達の方が先輩なのに……」

「ここで先輩後輩の話を持ち出してくるの……?」


 アルベールさん達は不満そうですが、私もベルブブゼラルの相手をするのにはこの人選が最善だと思っています。


 季奈ちゃんはアルベールさん達を諭すように理由を説明し始めました。


「理由は単純で、ウチと鈴花は一回ベルブブゼラルと戦った経験があるからや。アイツの攻撃手段とかその他諸々知っとる分、二人より鈴花の方がまだ戦えるで」


 それに、と季奈ちゃんは続けて言います。


「ベルブブゼラルと戦いたいんやったら、そっちを早う片付けたらええだけの話やで?」


 季奈ちゃんの挑発とも取れる言葉を聞いた二人は渋々といった感じで引き下がりました。


「ムウ……分かったよ」

All rightリョーカイ……秒殺で決めよう」


 ベルアールさんは違った方向でやる気を漲らせていますが、早いに越したことはないので特に注意することもありませんね。


 ですが……。


「季奈ちゃん、私が一人の理由は……」

「ゆずはまずウチと鈴花と一緒にベルブブゼラルを探してもらうけで、発見出来やんかった場合は双子のところに加勢して、発見した場合は……待機で頼むわ」

「え、それでは二人が危険です!」


 二人の実力を信頼していないわけではありませんが、私が抜けてしまえば苦戦は避けられません。


「別に戦うなとはゆうてへんで。ゆずの固有術式でベルブブゼラルを倒すために魔力を温存しておいてほしいんや」

「……それがベルブブゼラルを確実に倒すための作戦の要ということですか?」

「せや。代案があるんやったら聞くで?」


 ……他に案が無いと分かっているのに、意地悪な言い方ですね。


 季奈ちゃんは私の固有術式の中でも最高威力を誇る〝クリティカルブレイバー〟であれば倒せると信じています。

 

 その信頼にこたえるためにも……。


「分かりました。その作戦通りに行動します」

「ん、おおきに」

「タイミングは?」

「ウチが合図を出す」

「了解しました」


 そうして季奈ちゃんが考案したベルブブゼラル討伐作戦の擦り合わせが終わったと同時に目的地である商店街が見えてきました。


「見えて来たで。双子はこのまま直進して一般人の保護と唖喰の掃討。ウチと鈴花にゆずの三人はリサーチを使いながらベルブブゼラルの捜索開始や!」

「リョウカイ! 行くよベル!」

「Combat star作戦開始t……アル、行こう」


 アルベールさんとベルアールさんは速度をさらに上げて商店街へと先行していきました。


 その商店街では人声が全く聞こえず、ラビイヤーやローパーといった下位クラスの唖喰がちらほらと見えました。


「……人の気配がしない」

『皆、聞こえるかしら?』

「! 初咲さん」


 初咲さんから直接通信が入ってきました。

 通信が届いたことを確認した初咲さんは商店街の現状を説明すると言ってくれました。


『ポータル出現が確認された際に政府に緊急要請して、周辺住民に抜き打ちの避難訓練を始めるという放送を流したのよ。残っているごく少数の人を除いて大半の人は住宅街の避難所へ移動中よ』

「良く政府が早急に対応してくれましたね」

『秘匿しているとはいえ、世界各国が公認している対策組織からの緊急要請よ。一秒でも対応が遅れれば被害はあっという間に広がっていくし、支持率とか採算とか度外視して今まで人命を守って来た借りを返せと言えばいいし、こちらには例え嫌でも首を縦に振らせる手段はあるのよ』

「は、はぁ……」


 少しばかり大人の意地汚さを垣間見た気がしましたが、今は気にせず現状の確認を優先させました。


「それで、残っているごく少数の人達は?」

『放送に気付かなかった人、訓練だと舐めて指示に従わなかった不真面目な人、咄嗟に動けない年配の方や妊婦といった人……合わせて十人近くはいるわね』

「十人以上……アルベールさん」

『オッケー、その人達の避難を優先だね!』

『Leave it to 任せてme……敵はワタシが相手する』


 アルベールさんが残っている人の救助、ベルアールさんが付近の唖喰の掃討と分かれるようです。


『商店街内の唖喰の数は六十、商店街から唖喰が出ないように数人の魔導士が魔導結界を発動・維持に集中しているわ』


 それと、と初咲さんは続けます。


『商店街の逃げ遅れている人達の救助数名もいるから、それと併せて戦闘が可能なのはあなた達五人も十人程よ』


 救助に回っている魔導士の中には、工藤さんと柏木さんも含まれているとのことです。


「了解しました」


 初咲さんから現状確認を終えたため、通信を切りました。


「さ~てと、高みの見物を決めこんどる大将の首を落としに行こうや……」

「セリフだけ聞いたらヤ―さんっぽいね……」

「リサーチを発動させましょう」


 そうして私達は両目の瞼を閉じてリサーチを発動させます。


 ソナーのように周囲の生体反応をキャッチし、人と唖喰と分けていきます。

 唖喰に分けた生体反応の中から一際強い反応を探し出します。


 北方面……下位クラスのみ。

 東方面……上位クラスが二体いますが、周辺に人の生体反応は無し。

 西方面……アルベールさん達の反応と数人の反応、下位クラスの唖喰が数十体……。

 最後に南方面……。



 ――見つけた。



「南方面、上位クラスより強い反応をキャッチ。対象の可能性大です」

「りょーかい。じゃあゆずは作戦通り後方で待機な。ウチらは出し惜しみせんけど、どうしても危ないって思たら援護してや」

「分かりました」


 決定的な一撃をベルブブゼラルに叩き込むために魔力を温存する必要がありますが、援護くらいはしていいみたいです。


「ゆず」

「はい」


 鈴花ちゃんと顔を合わせると、彼女は神妙な面持ちでした。

 

「絶対に勝とう」

「――はい」


 今度こそ、ベルブブゼラルを倒してみせます。

 互いの意思を確認した私達三人はベルブブゼラルの居る商店街南方面へと向かいます。


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