107話 オリアム・マギアメリカ本部より
午後五時。
戦闘を終え、オリアム・マギ日本支部へ戻った私は支部長室で先程の戦闘で得た対象の情報を初咲さんに報告しました。
戦闘前の喧嘩の事もあって顔を合わせ辛い気分でしたが、四の五のは言ってられないと覚悟を決めました。
「蝿の顔にブブゼラ型の嘴……この悪夢クラスの唖喰――〝ベルブブゼラル〟の能力は〝ポータルの強制開放〟……魔導と唖喰の戦いの歴史上でも類を見ない厄介な能力ね」
「実際に手を合わせてみた感想としては、上位クラス以上に硬い表皮とスピードを持っていて、爪による近接攻撃の他にも衝撃波とかまいたちによる遠距離攻撃も可能という強さはありますが、私達の連携による攻撃は通用しましたので、単純な戦闘能力だけでいえばカオスイーターと同等レベルです」
「悪夢クラスとしては低いだろうけどそれでもカオスイーターと同じ強さ……でもこんな厄介な能力をどうにかして攻略しない限り倒す事は難しくなってしまうわね」
ポータル強制開放は本当に厄介極まりないです。
単純な物量押しはもちろん、私達を相手にした時と同じようにポータルを開いて出現させた唖喰達を盾にして逃亡することもできる等、シンプルかつ強大なものでした。
「翅を斬り落とした時に間髪入れず追撃を加えるべきでした……」
「それは後悔しても仕方ないことよ。むしろあなた達が無事で良かったわ」
「……そう言ってもらえますとありがたいです」
私は初咲さんに頭を下げました。
「とりあえず、ベルブブゼラルの能力に関しては本部にも連絡するから、後のことはこっちに任せて今日は休みなさい」
休みなさい……あんなふうに喧嘩をしたのに、初咲さんは私の身体の安否を気遣ってくれていることに罪悪感が込み上げてきて仕方がありません。
「あの、初咲さん……」
「うん?」
「――ご」
「ご?」
何か言わなければと衝動に突き動かされるまま口を開きましたが、上手く言葉に出て来ませんでした。
「っ、いえ、なんでもありません」
ごめんなさい……たったそれだけのことが言えない。
ちゃんと謝れる気がするのはベルブブゼラルを倒した後がいいかもしれません。
「……失礼しました」
私は支部長室を退室しました。
ゆずが退室したことを確認した初咲は椅子にもたれかかった。
「ふぅ……あの子ったら人と口喧嘩をした事がないから謝り方が分からないのね」
その眼差しは手の掛かる妹を持った姉のようなものだった。
「さて、報告書を作らないと……」
そう言って初咲はパソコンに向き合って作業を開始した。
時間にして二十分足らずで先の戦いで得たベルブブゼラルに関する情報を報告書にして書き終えた初咲の携帯に着信が入って来た。
直ぐに電話に出る。
『久しぶりだね、カエデ。元気にしているかい?』
聞こえてきたのは温和ながらフランクな男性の声だった。
「――! 何か御用かしらマーク本部長?」
電話の相手は対唖喰対策機関オリアム・マギアメリカ本部の本部長であり初咲の恩師でもあるマードリック・J・エルセイだった。
御年六十歳を迎え、初咲が魔導と唖喰の世界に関わることになった人物であり、日本人と聞き間違える程の流暢な日本語も話せる。
『はは、どうやらナイトメア相手には随分と苦戦しているようだね』
「ええ、新種だけに飽きたらず厄介極まりない能力が判明しましたので」
『厄介な能力?』
報告書を作成したが、本部長から直々の国際電話と来れば口頭で伝えてもいいかと判断した初咲は今朝の戦いの内容をマードリック本部長に説明した。
『〝ポータルの強制開放〟か……俄かに信じがたいけれど、キミや〝天光の大魔導士〟の言うことなら疑うことも難しいね』
マードリック本部長はそう返すが、初咲としては打てる手を尽くすと言うほかなかった。
「それで本部長、何か用事があったのでは?」
『ああ、〝術式の匠〟が作った新作の術式に関してだが、あれは本格的な運用が決まったよ。既に全国の支部に術式のデータが送られているんだ、いや本当にカノジョは天才だね』
「何でも魔導少女の呼称からインスピレーションを受けたそうですよ」
『未成年の魔導士を指す魔導少女……いやあ日本は良いセンスの持ち主が多くて飽きないね』
魔導少女の名称が満場一致で決まった時のことを思い出した初咲は苦笑を浮かべるほかなかった。
それから暫らく本部会議での内容を伝えられた初咲にマードリックからある提案が持ち出された。
『カエデ、先程のナイトメアについてだが一つボクから提案があるんだ』
「提案ですか?」
マードリックは一呼吸おいて提案を口にした。
『キミ達日本支部に本部から応援人材を対象の討伐までという期限付きでそちらに派遣させてはくれないだろうか?』
「ほ、本部の魔導士をですか!?」
マードリック本部長からの提案に初咲は声を大にして驚いた。
本部の魔導士は言わば精鋭部隊のような人材が多くいる。
日本の魔導士で対抗できるのはゆずや季奈のような最高序列の魔導士のみという戦力差がある。
悪夢クラス唖喰であるベルブブゼラルを相手にするなら、精鋭と呼ばれるアメリカの魔導士の手が借りられるなら願ってもない提案だった。
「精鋭と呼ばれる魔導士の力を借りられるなら、是非……」
一縷の望みが見えた初咲はマードリック本部長の提案を快諾した。
が、電話越しにいるマードリック本部長は何やらうんうん唸っていた。
「本部長?」
『え、ああすまない……その人材派遣自体は実はナイトメア出現確認から検討されていてね。キミの許可を貰えたら転送術式を用いてすぐに派遣する段取りになっているんだが……』
何やら煮え切らない本部長の言葉に初咲は若干嫌な予感を覚えた。
「本部長……どうして嫌そうなんですか? 派遣される魔導士はどのような人物ですか?」
『ええっとね……まず魔導士じゃなくて、魔導少女なんだ』
「ということは未成年ですか……まさか〝破邪の
初咲が期待を込めて最高序列第二位の名を出すと、マードリック本部長は電話越しに苦笑を浮かべた。
『申し訳ないけれどそのご期待には添えられないね。確かに彼女がいればベルブブゼラルの討伐の難度は下がるだろう……でも本部の最高戦力である彼女がいない間にアメリカで何か不測の事態が起きないとは限らない。それに日本には最高序列が二人もいるから、いくら本部長の指示でもそう易々と動かすことはできないのさ』
「……そうですね。無理を言ってすみません」
最高序列が三人もいれば討伐は確実だろうと踏んだが、唖喰の侵攻は今こうしてる間にも地球のどこかで起きている。
マードリック本部長の言うように他国の唖喰に対処しようとすれば自国の戦力が削がれることになり、その間に他国より強大な唖喰が現れてしまうと被害が大きくなってしまう。
そう考えれば仮にゆずを他国の支部へ動かしてほしいと懇願されても、自分も首を縦に振らないだろうということは想像出来た。
『でも不安になることはないさ。〝破邪の戦乙女〟ではなくとも、派遣する魔導少女は彼女が教導を務める子だよ』
「! 本当ですか!?」
最高とは言わなくともありがたい朗報に初咲は期待に胸を踊らせた。
最高序列に名を連ねる魔導士・魔導少女が教導係を務めるというのは、その魔導少女に確かな才能があるということである。
『それも二人』
「二人!?」
今年度に入って日本支部で新たなに魔導士・魔導少女となった人数は鈴花を含めて十人……鈴花以外の九人は鈴花程の才能が無いことが確認されている。
それ対してアメリカ本部では〝破邪の戦乙女〟が教導係を引き受ける程の才能の持ち主が二人もいる。
マードリック本部長はその二人を派遣するというのだ。
『後は……その派遣される二人の魔導少女は僕の孫で双子なんだ』
「孫!!?」
待ってほしいと初咲は切に願った。
マードリック本部長の年齢から考えても、その双子の孫というのは十三歳の翡翠と変わらない年齢だということだ。
「思春期、反抗期に差し掛かる歳じゃないですか……!」
『そう、それが問題なんだよ! いくらアルたんとベルたんが優秀と言っても、そんな多感な時期に一時にでも外国に行くだなんて、祖父としてはもう心配で心配で!』
「問題ってただの孫煩悩から来る心配症じゃないですか!! お孫さん達は責任を持って面倒を見させて頂きますし、その子達だっていつまでも子供じゃないんですから孫離れしてください!」
派遣人材に抜擢される程だから優秀であることに疑問はないが、送り出す側に問題があっては話にならなかった。
初咲は、過去にマードリックの元に師事していた時も彼は頻りに娘のことを話していたことを思い出した。
どうやら子煩悩次は孫煩悩を発症したらしい。
『イヤだああああ!! 今二人を送ってしまって〝信じて送り出した二人の孫が……〟なんてことになってしまったら生きていける自信がない!!!』
『グランファ、ワタシ達ニホンに行ってくるよ!』
『I`
『アルたあああああんん! ベルたあああああんん! 行かないでえええええ!! おじいちゃんを一人にしないでええええええ!!』
――ブツッツーツー。
そうして電話は慌ただしく切れた。
電話の最後に例の双子の声が混ざっていたが、初咲は快諾したのは間違いだったのかと軽く後悔していた。
「……アメリカ本部に通じている転送術式がある部屋に行って二人を出迎える必要があるわね」
初咲は憂鬱さを隠し切れないまま席を立った。
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