99話 夏休み到来!


 ~七月二十二日~。

 

 今日は一学期終業式です。

 いつものように司君と登校して、体育館で校長先生の話を聞きます。

 内容としては学生らしく規則正しい生活を心掛けるようにといったものです。


 ただ、司君を含めてほとんどの人がうんざりしたような表情をしていたのが少し気に掛かりました。

 熱気の籠った体育館で立って話を聞くのが辛いのでしょうか?


 ですので終業式の後、教室へ戻る道すがらに司君に尋ねてみました。


「っへ? 校長の話を聞いてうんざりしてた理由を知りたい?」

「はい、ほとんどの人が我関せずといった風に話を聞き流していたのが気になりましたので」


 私の質問に司君は苦笑を浮かべて説明してくれました。


「ああ、そんな複雑な理由はなくて、ただ単に校長先生の話って長いだろ?」

「はい、そう思いますが……」

「その長さのせいで皆うんざりしてるんだよ。明日は夏休みなのにそんな興味の無い長話に付き合ってられるかーっていうのが本音なんだよ」


 つまり、早く終わってほしいからというわけですか……。

 確かに校長先生の話の中身は当たり障りのないものでしたが……。


「そういうことですか」

「そうそう」


 疑問が解けた私はそういうものだと受け入れることにしました。

 

 教室に戻り、坂玉先生が夏休みを過ごす上での注意事項を述べたところで放課後と相成りました。

 

「よっしゃー! 夏休みだー!」

「今年も遊びまくるぜー!」

「今年こそ彼女作るぜー!」

「ねえ、明日となり隣駅に出来たアウトレットモールに行かない?」

「あ、それなら夏物を揃えてこうよ!」

「いいじゃん、そうしよー」


 待望の夏休みが訪れたとあって皆さん大はしゃぎです。


「ねえ、ゆずちゃんは夏休みどう過ごすか決めてるの?」


 クラス委員長である中村美佳ちゃんが話しかけてくれました。


「そうですね、今週末に一泊二日でキャンプに行く予定です」

「春風キャンプ場に行くんだー……もしかして竜胆君と?」

「いえ、鈴花ちゃんに柏木さん、修学旅行の時に見かけた季奈ちゃんと天坂さんも一緒です」

「結局竜胆君が良い思いする状況に変わりないけど、そうなんだ」


 本当は二人きりが良かったのですが、企画者が天坂さんなので気心を知り合った人選となりました。

 ちなみに春風キャンプ場は奇しくも司君が私の日常指導係になる決心を固めて友達になった場所です。

 私がそのことに気付いて指摘すると、司君はそんなこともあったなって笑っていました。


 でも何故か司君と柏木さんが目を合わせた瞬間、二人が顔を赤く染めて落ち着かない様子だったのが気掛かりです。


 二人はキャンプ場で何かあったのでしょうか?

 司君に尋ねても何でもないとはぐらかされたので、真相は分からずじまいです。


「キャンプの次は羽根牧駅から二駅先のレジャー施設に行く予定です」


 ウォータースライダーや波のプールに水上アスレチックなどが人気で、毎シーズンになるとたくさんの人が訪れるほどの大盛況になるそうです。


「レジャー施設……そういえばゆずちゃん、修学旅行の時に比べてまた胸が大きくなってない?」

「え、ちょ、どうしてそれを……!?」

 

 美佳ちゃんの指摘に私は慌てて両手で胸を隠すように覆いました。

 六月末に定期計測のためにスリーサイズを改めて測ったところ、胸囲が八十六間近まで成長していました。


 そのことで鈴花ちゃんと季奈ちゃんに羨望と嫉妬の視線を向けられたことは印象に残っています。


「ふふふ、常日頃ゆずちゃんを観察してる私の目に狂いはないんだよ?」


 美佳ちゃんは眼鏡をクイっと指で持ち上げながら誇らしげに語っていました。


「でもそうなると修学旅行の時に来ていた水着が合わないでしょ?」

「そうですね、また買いに行く必要がありますね」


 あの時の水着は司君から似合うと言ってもらえたので、また着ていこうと思っていましたが、実はあの時には既に紐がギリギリ結べるほどだったので、美佳ちゃんの言う通りもう着ることが出来なくなっています。


「ゆず、そろそろ行こうか」

「あ、司君」


 美佳ちゃんと話している内に、司君の方も用事が終えたようです。

 

「あれ、二人はこれから放課後デートなの?」

「昼食を一緒に食べてちょっと買い物をするだけだって」

「え~、それって充分デートじゃない!」


 美佳ちゃんがデートと強調するせいで、なんだか顔が熱くなってきました。

 司君と二人で出掛けることが当たり前になっていたので、改めて指摘されると気恥ずかしさを感じてしまいますね……。


「はぁ、もうデートでいいよ……行くぞ、ゆず」

「っえ、あ……」


 司君は美佳ちゃんの追究に対して投げやり気味に答えたあと、左手で私の右手を引いて教室を後にしました。


 突然のことで呆気に取られている私が状況の呑み込めた時は、既に玄関の近くでした。


「あ、あの、司君……」

「っと、悪い……なんか連れ出すみたいになって悪かった」

「い、いえ……悪いことは何も……」


 先程の光景を思い返すと途端に顔だけでなく体全体が熱くなるような熱気を感じました。

 ど、どうしましょう……司君の顔がまともにみれません……。

 

「と、とにかく昼飯を食べに行こう! 商店街で何がいいか決めようか!」

「は、はい、そうですね!」


 気まずい空気を無理矢理取り払うように私達は学校を後にしました。




 結局羽根牧商店街の東方面にある<魔法の憩い場>で昼食を摂ることにしました。

 

 放課後に司君達と何度か来たことはあるのですが、こうして二人きりで訪れるのは初めてなので、妙に緊張してしまいます。


「いらっしゃいませー……あら、竜胆さんに並木さん」

「こんにちは、友香さん」

「こんにちは」


 緊張が顔に出ないようにしながら店長の娘さんである友香さんに挨拶をしました。

 昭和の喫茶店という雰囲気の内装に緊張がほぐれていくのを実感しながら、私と司君は友香さんに案内されてテーブル席に座りました。


「ご注文はどうかしら?」

「俺はナポリタンで」

「私はケチャップライスをお願いします」

「かしこまりました」


 食べるメニューを選んで十分もしないうちに料理が運ばれてきました。

 料理はとても味わい深く、自炊している私も見習わなければと思いました。 


 昼食を食べ終えると、司君は鞄から夏休みの課題であるプリントを数枚取り出しました。


「もう夏休みの課題をするんですか?」

「ああ、今年はやることが多いし早めに済ませておこうって思ってな」

「それならわざわざここでなくとも私の部屋でしてはどうでしょうか?」


 落ち着いて勉強するのならと思ってそう提案したのですが、司君は首を振って拒否しました。


「一人でここに来た時もこうやって勉強してたし、むしろ居心地がいいから集中出来るんだ」


 司君は笑顔でそう言いますが、私は内心面白くないと感じていました。

 何せ自分の部屋より他所の喫茶店の方が居心地が良いと言われて漠然とした敗北感を抱いたからです。


 司君が私のことを友達と認識しているのはよ~く理解しています。

 それでも私の部屋より喫茶店を選んだ上、どんな部屋なのかと興味すら持たれなかったことに苛立ちを覚えずにはいられません。


 私の部屋は喫茶店以下だって言いたいのですか?

 司君は今まで私の部屋に来たことがないからといってそんなこと……。


 ん?

 私の部屋に司君が……。


「ああ!?」

「うおっ!? どうしたゆず!?」

「え、あうう、な、なんでもありません……」

「そ、そうか……」


 いけません、思わず声を上げてしまったことで司君を驚かせてしまいました。

 すぐに謝罪すると司君は再び課題へ視線を向けました。 


 鈴花ちゃんから借りた少女漫画というものの中に、主人公が好きな異性を部屋に招き入れる展開があり、その際主人公は服を――これ以上は思い返すだけでも恥ずかしくなって来るので止めておきます……。


 とにかく、異性を部屋に招き入れるというのはが起こりうると学びました。


 その事実を知った時、私はゴールデンウィークで司君の部屋に入っていたことを思い出して、どうしようもない程ドキドキしてベッドの上をゴロゴロと転がり回ったことは記憶に新しい出来事でした。


 あの時は組織で停電事故が起きていて野宿をしないためとはいえとんでもないことをしていましたね。

 司君の家へはあの日以降訪れていませんが、次に行く機会があればあのご両親のいないタイミングがいいですね。

 どんな邪推をされるか予想出来ないのですが、少なくとも唖喰を相手にするより厄介であるのは確かなので苦手意識が拭えません……。


「ゆずは課題をしないのか……って余計な心配だったか?」

「い、いえ! せっかくですので私もここで少し済ませておきます!」


 自分でも無意識に司君を部屋に誘うという行為をした恥ずかしさを誤魔化すために私も課題に取り組むことにしました。


 時折飲み物を注文して一時間ほど経過したところで軽快な音楽が聞こえました。

 それは司君のスマホの着信音でした。


「悪いな……よし、了解っと」

「もういいんですか?」

「ああ、時間的にもキリがいいし、そろそろ日本支部に行こうか」

「はい、分かりました」


 司君の言葉通り時刻は午後二時を回ろうとしていました。

 これ以上長居すると他のお客様――といっても組織の構成員のみですが――の迷惑になってしまいますので、私達は店を出ることにしました。


 外に出ると冷房の効いていた店内と打って変わってじめじめとした蒸し暑い空気と焼けるような日差しが襲って来ました。


「あっちぃ~……魔導でも暑さとか寒さはどうにかならないのか?」

「強いて言えば魔導装束を身に纏っている時が当て嵌まりますね。あれには装備者の体温調整機能があるので、暑い場所では涼しく、寒い場所では暖かくなるようになっています」

「オッケー、いつも通り魔力の操れない俺にはどうしようもないってことは分かった」


 司君は肩をガクリとか下げて落ち込んでしまいました。

 こればかりはどうしようもないため、私は何も言えませんでした。

 

 時折会話を挟みながら十数分後にはオリアム・マギ日本支部に到着しました。

 組織の一員であると証明するカードキーを入り口前にあるカードリーダーに通して、両開きのドアを開けて中に入ります。


 エレベーターに乗って地下二階の居住区へ降りました。


「司君も居住区に用事なんですか?」

「ちょっと翡翠に用があるんだ」

「ふぅ~ん、そうですか……」


 司君は私の部屋には入ったことはないのに、天坂さんの部屋には入ったことがあるんでしたね。

 確かに私の部屋は同年代の女性の部屋としては殺風景ですが、いつでも来客があってもいいように掃除を欠かしたことは一度もありません。


 つ、司君が望むのであればいつでも……ああでも今日はまだ掃除機をかけていませんでした……。

  

「特に疚しいことはないからな? 週末に行くキャンプの打ち合わせだぞ」

「べ、別に私は何も……」


 司君は私に天坂さんの部屋に行く理由を話してくれました。

 別段特別な何かがあるわけではないと安心したのですが、司君に心内を見透かされたようでつい素っ気ない返事をしてしまいました。


 ……好意まではバレていませんよね?

 

 そんな不安といいますか、警戒をしていると居住区の私の部屋の前に辿り着きました。

 入り口の時と同様にカードリーダーにカードキーを通して、部屋のドアのロックを解除しました。


 ドアを開けて中に入り、部屋の電気をつけると……。



 ――パパパン、パンッ!!!



「っきゃ!?」


 突然響いた破裂音に驚き……。


「「「「「「ゆず、お誕生日おめでとう!!」」」」」」


 鈴花ちゃんと季奈ちゃん、天坂さん、柏木さん、工藤さん、後ろにいる司君からそんな言葉が送られました。


「え、え?」


 私は上手く状況が読めず、前に後ろに首を動かして戸惑うばかりでした。


「イエ~イ、サプライズ大成功!」

「ようゆずを引き止めとったな、つっちー」

「おかげで準備万端です!」

「お疲れ様、司くん」

「なんとかなって良かったわ」

「鈴花からメールが来たときはめっちゃ安心したよ」


 部屋の壁には折り紙で作られた色鮮やかなパーティーリングと〝十五歳おめでとう〟という垂れ幕が貼り付けられていて、テーブルにはホールケーキとジュースが並べられていました。


 部屋の飾りとみんなに何と言われたかを反芻して私はようやく理解出来ました。


「――ぁ、七月二十二日……私の誕生日……」


 そう、今日は私の十五歳の誕生日でした。

  

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