56話 その気持ちの正体より大事なこと
「そんな、司が季奈と一緒にはぐれ唖喰に襲われてるって、どういうことですか!?」
『……どういうこともなにも、そういう状況になっているとしか言いようがないわ……』
初咲から知らされたはぐれ唖喰に司と季奈が遭遇・交戦中と聞いて、動揺から言葉が出なかったゆずと代わるように鈴花が電話越しに初咲に食いついた。
「お、落ち着いて、鈴花ちゃん!」
「っ、ごめんなさい……初咲さんは悪くないのに、当たったりなんかして……」
『謝ることはないわ。あなたの親友のことだもの……』
「うん。悪いのは唖喰だから今から私達が駆けつけてやっつければいいだけだよ」
「……菜々美さん」
菜々美が言う私達に同じように術式を扱える自分が入っていないことは鈴花にはわかっていた。
せめて一番頼りになるゆずに司のことを託そうと、鈴花がゆずの方へ顔を向けた時、鈴花は思わず目を疑った。
「……」
「……ゆず?」
スマホを耳に当てたまま固まっているゆずの表情が初めて見たものだったからだ。
「場所は、区内の河川敷ですね」
『ええ、そう――ブツッ』
「魔導器起動、魔導装束装備開始」
「え、ゆず!?」
初咲から改めてはぐれ唖喰のいる場所を確認したゆずは、即座に電話を切って魔導装束を装備すると颯爽と駆け出して行った。
「わ、私も行かなくちゃ!」
ゆずに続くように菜々美も訓練場を出て行った。
二人を見送った鈴花は、先程のゆずの表情を思い浮かべていた。
「……怒ってた、よね?」
鈴花が観たゆずの表情は唖喰に対して明確な怒気を孕んでいた。
五月の暖かい日差しが照らす中、ゆずは空中に障壁を展開し続けて空を駆けていた。
そんな彼女の思考はただ一点に集中していた。
――唖喰を倒して司を助ける。
それは魔導少女として唖喰に襲われる人を助けるのではなく、並木ゆず個人が竜胆司を助けたいという私情から来る焦燥感に駆られての意志だった。
既にゆずの中に司との距離感云々の悩みは消え失せていたが、それに気付かないほど彼女は焦っていた。
(早く、早く司君のところに……!)
逸る気持ちをそのままにゆずは河川敷へ駆けるが、その途中で観測室から通信が入った。
『並木さん大変です! ポータルの出現が確認されました!』
「――っこんな時に……!!」
はぐれの厄介なところの一つで、示し合わせたようにポータルの出現が重なる時が多い。
唖喰の特性を考えれば別段不思議なことではないが、今のゆずにとってはこれ以上ない怒りを感じさせるほどのタイミングだった。
『場所は羽根牧川の河川敷で……はぐれを閉じ込めている結界も近くにあります!!』
「!! 河川敷ですね、急行します!」
不幸中の幸いとはよくいったもので、近くに司君たちがいるようだと、理解したゆずは河川敷へ向かった。
十分程で河川敷に辿り着いたゆずの視界に、魔導結界が映った。
それが季奈によって展開されたものだと分かり、ゆずは結界へと駆け寄ろうとしたが……
「――!!」
結界の周囲に魚の体にゴリラのような剛腕を持つ唖喰――フィームが二十体ほど出現していた。
(こんな時にフィームがいるなんて……!)
よりによって戦い辛い唖喰であるフィームが二十体もいることに、ゆずは舌打ちをしたくなった。
しかし、このフィーム達を早々に蹴散らすことを優先した。
「攻撃術式発動、魔導砲チャージ、発射」
ゆずはまず、魔導砲で橋の下にあったポータルを破壊した。
その砲撃でゆずに気付いたフィーム達が彼女に目掛けて、一斉にしっぽから稚魚を産み飛ばし始めた。
ゆずは右手に持つ魔導杖を前に構えて術式を発動させる。
「固有術式発動、ミリオンスプラッシュ」
杖の先から放たれたピンポン玉サイズの小さな光弾がゆずに迫ってくる稚魚に当たった瞬間、ネズミ算式に分裂して広範囲に爆発した。
元々この固有術式は対フィーム用に構築したものであった。
戦い始めて間もない頃に何度も苦渋を舐めさせられた経験から、なんとか対抗しようとして出来たのがこの固有術式だ。
ゆずが初めて構築した固有術式でもあるため、彼女にとって印象深い術式であった。
爆発の光が収まると、二十体いたフィームは五体消滅し、残り十五体となった。
残った十五体の内、三体のフィーム達が大きな口を広げてゆずへと突撃する。
「攻撃術式発動、光刃展開」
魔導上に光の刃を纏わせて、杖は一振りの剣へと姿を変えた。
一番先頭にいた個体に光刃を右斜めから振り下ろして両断、次は二体同時に接近してきたため、光刃を左から右へ一直線に振って二体とも斬り払って真っ二つに。
そうしてゆずに向かってくるフィーム達を光刃で撫で斬りにしたあと、距離のある三体に遠距離攻撃を仕掛けた。
「攻撃術式発動、光剣六連展開、発射」
展開された六つの光の剣が一体に二本ずつ突き刺さって三体を塵に変え、残りは九体となった。
半数以下に減らされたフィーム達がゆずを警戒して様子を窺い始めたため、ゆずは結界の方へ視線を向けた。
中では司と季奈が動いていたことから、二人がまだ無事であることに少なからず安堵したが、その相手が上位クラスの唖喰の中でもトップクラスの戦闘能力を持つカオスイーター……それが三体もいると気付くと、すぐに焦燥に塗りつぶされることとなった。
(――っ、いくら和良望さんでもあのカオスイーター三体を相手に司君を守りながらでは分が悪過ぎる……!)
しかもよく見れば季奈の右腕が半ばで無くなっていた。
状況的にカオスイーターに噛み千切られたか爪で切り落とされたようだった。
(あれでは、二人共殺される……!)
ゆずが結界内の戦いに加勢するには、まずは残っている九体のフィーム達を消滅させる必要がある。
そのために、ゆずはフィーム達の方へ向き合い、ゆっくりと歩みを進める。
「ゴオオオオオオッッ!!」
ゆずが近づいて来たことで、フィーム達は攻勢に出た。
三体が大口を開けてゆずを丸のみにしようと突撃をして来た。
「攻撃術式はつど――!!」
向かってくるフィーム達にゆずは攻撃術式を叩き込もうとしたが、それは罠だと察した。
突撃をしてくる三体の後方にいる残り六体が尻尾を大砲のように構えていた。
それは稚魚を産み飛ばす体勢だった。
(しまった!? あんな簡単な誘いに乗せられてしまうなんて……!?)
普段のゆずなら前進してくる三体が囮であり、後方の六体の攻撃が本命であったことにはすぐに気付けていたはずだった。
それが出来なかったのは、司と季奈のところへ早く駆け付けたいという焦燥感が原因だった。
唖喰との戦いでは感情に任せてしまうという、ゆずらしくないミスだった。
すぐに別の術式を発動させようとしても、前方のフィーム達がすぐそこまで迫っているため、これでは間に合わない。
そう判断したゆずは回避を選択した。
「転送術式発動、ショートワープ」
転送術式により川から十メートル上にワープしたゆずは稚魚を産み飛ばそうとする六体のフィーム達に向けて攻撃術式を放った。
「攻撃術式発動、光槍十二連展開、発射」
ゆずが放った光の槍は二本ずつフィーム達に放たれた。
光の槍を直撃で受けたフィームが一体二体と次々に塵へと消えていくが、二体には避けられた。
「このっ……攻撃術式発動、光剣六連展開、発射!」
避けられた二体に苛立ちを向けつつ、着地地点で大口を開けて待ち構える三体のフィームに対し、ゆずは光剣の術式を放った。
「ゴゴゴオオオオオッ!!?」
三体のフィーム達は光の剣を口腔内に突き立てられ、塵となって消えていった。
着地したゆずが二体だけとなったフィームに攻撃をしようとした際……。
『やば――』
『つっちー!!』
『が、ぐぅぅぅっ!!?』
『き――ぶっ!!?』
「えっ!?」
結界の中から司と季奈の苦痛の声が聞こえた。
ゆずが結界の中に目を向けると、カオスイーターの爪に貫かれた季奈と司が視界に映った。
「――司君!? 和良望さん!?」
思わず二人の名前を呼んだが、結界の外からは中へは遮音されているため、ゆずの声が二人に届くことはなかった。
カオスイーターは二人を貫いた爪のある腕を振るって二人を放り投げた。
頭から川に突っ込んだ司は、左腕を貫かれたことにより左腕は機能せず立つこともやっとで、季奈は出血が酷く、さらに意識を失っていたため、二人揃って最早虫の息だった。
そうしているうちにカオスイーターが司達にゆっくり近づいていく。
『くっっそがぁあああああっ!!』
司君は魔導銃で必死の抵抗をするが、まるで効果が無かった。
このままでは司が殺されてしまう……そう思った途端、ゆずの体に今まで感じたことのない恐怖による寒気を覚えた。
「ゴオオオオッ!!」
「っ邪魔をしないで!!」
司達に目を向けている内に、二体のフィームがゆずへ襲い掛かって来た。
ゆずはフィーム達に魔導杖を向けてミリオンスプラッシュを放って塵にしようとするが……。
(ここで固有術式を使ったとして、クリティカルブレイバーは使えない残りの魔力量で三体のカオスイーターを倒すことは?)
(それでフィーム達を倒せる?)
(それ以前に、まだ間に合うの……?)
一瞬の逡巡でどう行動すれば二人を助けられるのか、土壇場でゆずは迷ってしまう。
(どうしようも、ない?)
(どうしたらどうしたらどうしたら……!!)
一秒にも満たない一瞬の熟考で以っても、ゆずは自分がどう行動すればいいのか答えを導き出せないまま……。
(司君が、いなくなったら……)
司の死。
会話をすることも、触れることも、一緒に登下校することも、昼食を揃って食べることも、デートに行くことも、唖喰との戦いの後に労われることも、頭を撫でられることも、司と過ごした一日を振り返ることも……。
ゆずにとって当たり前になっている司との日常が無くなるという考えが頭を過った瞬間……。
「嫌だ……」
声が漏れた。
「まだ……司君と話したいことがたくさんあるのに……」
その声にゆずは自分の声とは思えないほど弱く震えていることに気付いた。
「私が、自分のことでいっぱいになっていたから……」
視界が滲む。
眼尻が涙で熱くなる。
今この瞬間ゆずは後悔に苛まれていた。
(自分が自分じゃなくなる感覚に怖がって司君と距離置いていたから……!)
自分の気持ちが分からず、戸惑っていなければ、司を危険な目に遭わせることはなかったと。
司とカオスイーターの距離は二十メートル切った。
カオスイーターがその気になればいつでも司を殺せる間合いだった。
もう間に合わない。
ゆずがそんな諦念に駆られた時……。
司の声が聞こえた。
『絶対に諦めない! ここで諦めて、ゆずと日常が過ごせなくなるのはご免なんだよ!!』
「―――!!」
その言葉を聞いて、ゆずは沈んだ心が浮き上がった。
(私は今、何を考えていたのでしょうか……司君がまだ諦めていないのに……私が諦めてしまってはそれこそ司君を裏切ることになるのに……)
司が意図して発したわけではない言葉は……。
「司君の傍にいると、おかしな気持ちになるなんて関係ない……」
ゆずの諦念を払拭して迷いを断ち切らせるのに十分だった。
「私は、そんな気持ちの正体を知るより! 司君と同じ日常を過ごしたい!!!」
ゆずは魔導杖を構えた。
「固有術式発動、ミリオンスプラッシュ!」
ゆずは魔導杖の先からピンポン玉の光弾を放った。
それは今まさに大口を開けてゆずを捕食しようとしていたフィーム達の口腔内に入り、体の内側から風船のように破裂させた。
フィームを殲滅しゆずは、結界の中へと向かう。
結界はゆずを拒むことなく、彼女をすんなりと通した。
中に入ったゆずの目には、司に向かってカオスイーターが紅い爪を振り下ろそうとしていた。
その瞬間を見たゆずは高速で術式を発動させた。
「攻撃術式発動、重光槍展開、発射ぁあああああ!!」
司に手を出せない。
決意の込めた巨大な光の槍は、カオスイーターに直撃し、司から大きく距離を開けさせることに成功した。
ゆずの乱入に他の二体は警戒をして近づいてこないようで、今のゆずには好都合だった。
ゆずは突然のことで呆気に取られている司と目を合わせた。
「……間に合った……生きていてくれた……」
ぽつりと呟いた。
先程まで感じていた後悔が一転して幸福な感情に変わっていた。
昨日までなら顔を逸らしていたが、不思議と今は逸らしたくないと思った。
しかし、ゆずは感傷に浸りたくなる気持ちを首を振って抑え、意識を失っている季奈に治癒術式による回復を施した。
「……治癒術式発動」
治癒効果のある魔法陣が司と季奈の体を通り抜けると、司は左腕の傷が塞がり、季奈は欠損していた右腕が再生し、体に空いていた穴が消えたことで元通りになったが、その意識が戻らなかった。
「季奈? おい、起きろって……」
司君が季奈の体をゆすって起こそうとするが、やはり意識が戻ることはない。
(そういえば司君が魔力切れの症状を見るのは初めてでしたね)
季奈の状態はゆずにとって珍しくないものだったが、魔導に馴染んでいない司の動揺から、教えていなかったことを思い出した。
「大丈夫です。和良望さんは限界まで魔力を酷使したために魔力切れを起こして気を失っているだけですよ」
「魔力切れ……じゃあ命に別状はないんだな?」
「はい」
「はぁ~、そっか……良かった……」
ゆずがそう言うと司はホッと安堵したように息を吐いた。
自分が助けに来たことより、季奈の心配をする司に想うところはあったが、その文句を言うためにも、まずはこの局面を乗り切る必要があった。
ゆずは依然健在である三体のカオスイーターに向かい合う。
(司君のことをもっと知りたい……まずは司君が魔法少女を好きになった理由を聞きたいですね)
そんな願いを胸にゆずはカオスイーター達に杖を向け、大きく深呼吸をする。
自身には分不相応だと思っていた二つ名が、今ではすんなり受け入れられそうだと思ったからだ。
「お二人に手出しはさせません……私が……最高序列第一位〝天光の大魔導士〟が相手をさせて頂きます!」
ゆず――天光の大魔導士は三体のカオスイーター達に向けて声高々に宣言をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます