54話 決死の持久戦 前編


「カオスイーターが三体……!?」


 季奈は事態の深刻さを理解し、俺を守るために前に出て術式を発動させた。


「防御術式発動、魔導結界展開!」


 季奈を起点とした結界が周囲に張られる。

 

 展開された結界は周辺の被害を抑えるためと、万が一唖喰が見える魔力持ちの人に、戦闘の様子を見られないようにするためのもので、展開した時点で唖喰出現を組織に知らせる役割もある。


 結界を展開した場所は河川敷の川沿いに近い平地の土手であったため、交通の妨げになる心配はない。


 結界には唖喰を閉じ込める効果もあるのだが、欠点として結界の強度のために中にいる魔導士も一緒に閉じ込めてしまう点がある。


 外から結界の中に入ることは出来るのだが、逆に言えば他の魔導士が到着するまで、孤立無援の状態で閉じ込めた唖喰と戦う羽目になるということになる。

  

 季奈は結界を発動させると同時に魔導装束を身に纏い、薙刀を構えて臨戦態勢に入った。


「……はぐれの正体はカオスイーターやったんか」


 季奈が鬱陶し気に顔をしかめる。


「……季奈の見立てとしてこの状況ってどうなんだ?」

「一~二体やったら負傷覚悟でどうにかなるんやけど、三体は厳し過ぎやな……」


 最高序列の第五位なのにか?

 なんて言葉は出なかった。


 最高序列はあくまで人間側が定めた基準であって、それを唖喰に当てはめるのは筋違いだ。


 最高序列に名を連ねるんだから上位クラスの唖喰ぐらい楽勝だろうなんて楽観的な思考をしていれば、すぐに死ぬことになる。


 それだけ唖喰という存在は脅威なのだと、季奈は暗に語っていた。


 それに季奈が厳しいといったのは、何も敵が三体いるだけじゃない。


「あとは……俺か」

「……すまん、転送術式を構築する余裕はあらへんかったし、なにより休日の昼間や……つっちー一人を逃がすためより、周辺の被害を抑える方を優先するしかあらへん……」

「謝らなくてもいいって。俺一人を逃がすために他の人に被害が出るよりずっとマシだ」


 他人が唖喰に襲われて殺されてしまったら一体何のための魔導士かわからない。

 殺されずとも怪我を負った場合、その人が魔力持ちでない限り治癒術式による回復は望めない。

 

 その点、俺なら怪我を負っても治癒術式の効果が働く。

 

 それでも俺が足手まといなのに変わりはない。

 さっき季奈自身が言った通り、彼女一人なら多少の負傷をしてでもこの場を乗り切ることが出来たはずだ。


 けれど、ここに俺という魔導士じゃない人間がいるせいで、季奈は攻めより守りを優先することになってしまう。


 ここで「俺のことはいいから」なんて向こう見ずなことを言うつもりはない。

 季奈がそれを許容するわけがないし、何より俺自身が死にたくない。


 情けない話だが、こんなところで命を捨てる気なんてサラサラない。


 ならせめて魔導銃での援護は……と思ったけど、魔導銃が上位クラスのカオスイーターに効くとは思えない。

 

 いや、ダメージは通るかもしれないけど、敵の体力を一万と仮定して精々が十以下のダメージだろう。

 その場合相手に何千発の銃弾を撃ち込む必要があるし、そんな大量の弾数はまだ作っていない。


 こういった事情から、俺がいること自体が季奈の足を引っ張っていることは明白だった。 


 そんな俺の不安を察してか、季奈は俺に声をかけた。


「安心しいやつっちーは何が何でもウチが守ったるわ……って言えたらええんやけど、つっちーにちょいとお願いがあるんや」

「お願い?」


 季奈は俺に背を向けたまま、俺の方に顔を向けて言い放つ。


「魔導銃で援護頼みたいんや」

「待ってくれ、季奈だって魔導銃じゃ唖喰を倒すどころか小型に対して麻酔銃くらいの効果しかないって知ってるだろ? 大型相手じゃ意味がない」


 俺の反論に季奈は呆れるような表情を浮かべる。

 なんでそんな顔をするんだよ……。


「あんなつっちー、今つっちーの前におるんは〝術式の匠〟って呼ばれとる最高序列第五位の魔導少女なんやで? そのウチがな~んの対策も練らんとこんな無茶なお願いしとると思っとるんか?」


 その目にあるのは俺に対する期待とかは無い。

 

 あるのはただ一つ……自分を信じろという意思だ。


 ……ああふざけんなよ、めっちゃカッコイイじゃねえか。

 俺は腕時計のリュウズ部分を押し込んで、魔導銃を転送する術式を起動する。

 そうして転送された魔導銃を右手で持つ。


「……分かった。そこまで自信のある作戦なら乗ってやる!」


 俺の返事を聞いた季奈が三体のカオスイーターのほうを向いて声高に告げる。


「あったり前や!! まずはつっちーの身の安全のため防御術式を張るで」


 そう言って季奈は俺の足元に防御結界を展開する。

 これで結界内にいる限り俺に危害が及ぶことは無い。


「んでつっちーの魔導銃に即興で強化術式を刻む!」


 季奈が左手を俺の魔導銃に向けると、魔導銃の銃口に魔法陣が張られた。


 そうすると一体のカオスイーターが季奈の方に向かって目にも止まらない速さで接近してきた。


「――ちぃっ!!」


 季奈に接近したカオスイーターは右手を振り下ろしてその鋭利な爪で彼女を切り裂こうとするが、季奈はそれを舌打ちしながら薙刀を右下から斬り上げるように振るう。


 二つの刃がぶつかり合い、ガキンッと金属同士が衝突した時と同じ音が響いた。


 季奈の薙刀を持ってしてもカオスイーターの爪を切り落とすことが出来なかった。

 

 自らの爪を防がれたと理解したカオスイーターは空いている左手を振るうが、季奈の攻撃術式が発動するほうが早かった。


「攻撃術式発動、光槍二連展開、発射!」


 季奈の後方に展開された魔法陣から二つの光の槍が放たれた。

 それを人間で言うみぞおちへとモロに受けたカオスイーターは後方に飛ばされた。

 俺は今の一連の攻防で理解したことを季奈に告げる。


「季奈さん? あの、カオスイーターの動きが速すぎて俺の目じゃ追える気がしないんだけど? あれじゃ援護しようにも無理なんですけど……?」


 季奈は反応出来ていたが、俺には接近が一瞬過ぎてワープしたようにしか見えなかった。

 瞬きした瞬間に季奈の前にカオスイーターがいたんだぞ? 

 めっちゃびっくりしたよ……。


 俺の訴えに季奈は想定内と言わんばかりに笑い出す。


「はは、そらそうやって、つっちーの目で追えてたらベテラン二人も殺されるようなことあらへんって、せやからこうするんや」


 季奈は俺に向けて左手でフィンガースナップ(テレビでよく見る指でパチンってするやつ)を決めると、俺の体になにか熱が灯ったのがわかった。


 それに感覚が鋭敏になった気がする。

 さっきまで聞こえなかった空気の音や、距離があるのにも関わらず季奈とカオスイーターの呼吸音が聞こえる。

 やけにクリアになって動くものがゆっくりに見える視界。

 

 体中の血液が高速で巡回しだしたように感じた。


「な、なんだこれ!? なんか体が熱い!?」

「さっき魔導銃に強化術式と一緒に刻んだ身体強化術式を発動させたんや。これやったらカオスイーターの動きも……っと来るで!!」


 季奈の声に反射的に顔を上げると、季奈がぶっと飛ばしたやつとは別のカオスイーターが両手を大きく広げて接近してくるのが見えた。


 そう、さっきは見えなかった動きがスロー再生した映像のようにはっきりと見えたのだ。

 某赤い彗星が敵の動きが見えることに歓喜した気持ちがわかった。

 あの爪による攻撃は大きさ的に片方ですら季奈の薙刀で防ぐのが精いっぱいだった。

 両手では傷を負いかねない、そう思った俺は魔導銃をカオスイーターの左手に向けて引き金を引く。


「「――!?」」


 驚きの声は俺と左手に銃撃を受けた唖喰のものだ。

 相手はダメージと左手が弾かれたことに、俺は命中させたことと弾の威力に驚いていた。


 季奈はその隙を逃さずに薙刀で接近してきたカオスイーターを突き飛ばして再び距離を開かせる。


「お、思ってたより強化されててびっくりしたんだが……」


 引き金を引いて放たれた銃弾は、九ミリの弾丸より一回り大きな光の弾となってカオスイーターの左手を弾いた。


 それはまるで攻撃術式の一つである光弾の術式のように。


「多分小型やったら塵に出来てたで? それにしても初戦闘やのによう当てれたな!」


 初戦闘。

 季奈に言われるまで俺はそうと認識していなかった。

 そうだ、俺が護身用として作ってもらった魔導銃による実戦はこれが初めてだったんだ……。


 昨日のラビイヤー相手の時は、相手が下位クラスだったことと戦闘という認識がなかった。


 でも今回は正真正銘、初実戦だ。

 そう思った途端、場の空気が重く、息苦しいものに変わった気がする。

 

 緊張で体が委縮する感じがする。

 恐怖で手足が震えてきた。

 死ぬかもしれない。


 これが戦場に立つゆず達が感じてきた戦場独特の空気か……。

 こんなに辛くて怖い中で、そう感じさせない彼女たちの忍耐力、精神力は本当にずば抜けているんだな……。


 けれど、逃げ出したい気持ちは沸いてこなかった。


『つっちーは凄いです! ひーちゃんが保証します!』


 かつて唖喰に下半身を噛み千切られ、戦場に立つことを諦めた小さな少女の言葉。


『理由なんて〝世界のため~〟とかそんな大言壮語なやつより、単純な方が説得力あるでしょ?』


 慢心の末に重傷を負った友人からの言葉。


『私は……きっと唖喰と戦って死ぬよりも、好きな人と添い遂げようって逃げちゃうかも』


 自分に自信を持てない女性が発した、大切なことより大切な人を選んだという言葉。


『あ……の、その……また明日……』


 最近は話せていない日常指導をすることになった彼女から告げられた精一杯の言葉。


 そんな人達のことが頭を過った時、体の震えは止まっていた。

 

「ここで逃げたらカッコ悪いよな……」


 今度は挟撃を企んだのか二体のカオスイーターが季奈へ同時に接近する。

 小型のイーターは光弾を吐き出すことが出来たのだが、大型であるカオスイーターにはそれが出来ないため、攻撃のために接近する必要がある。


 俺は強化された身体能力を駆使して挟撃しようとする二体のカオスイーターにヘッドショットを決めた。


 大きくのけぞったカオスイーター達に季奈が追撃をする。


「はあっ!!」


 薙刀を振るって放たれた斬撃を浴びせると、カオスイーター達はその白い体に大きな傷口を作りながら大きく吹っ飛ばされた。


「ええ感じやでつっちー!」

「ああ!」


 恐怖は依然心の中で燻っているままだけれど、こんなところで折れるわけにはいかないと自分で自分を鼓舞して自らを奮い立たせる。


 そうさせているのは、世界を守るためだとか、人々の命を守りたいだとか、逆に死にたくないとか、そんなものじゃない。


 ――俺を信じてくれている人達の気持ちを、裏切りたくないだけだ。


 そのためにはまず生き残る。

 増援がくるまで絶対に耐えきってやる、俺はそう決意して再び魔導銃を構えた。

 

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