第39話そして海外へ……。
雪の元へ犯人から連絡が来たのは2日後、世間が正月の初詣と初売りで賑わっている最中の事だった。
通話の内容は盗聴器から既に、栗林大尉や軍部、水楢達にまで伝わっている。
犯人の要求は――自国内で暴れまわっているヒートヘイズとパンを殲滅せよ。
当然、見習いとはいえ軍属に所属し階級まで与えられている雪がそんな誘いに乗れる訳が無い。
誰もがそう思い、通話では雪も犯人にそれは出来ないと告げていた。
だが連絡があった午後に突然、雪の姿が久流彌家から消えた。
部屋で考え事をしたいと引き篭もり、部屋から出ないなら何も問題は無いと楽観視していた最中の出来事だった。
雪はあらかじめ通話は盗聴されている為、雛のスマホにメールでそれを漏らしていたのだ。
よって通話の内容は最初から、犯人と雪に仕組まれた茶番であった。
メールでは【本日の午後4時に、浅草駅に迎えの車を用意した。それに乗り羽田に向かえ。専用機をチャーターしてある】というものだった。
3時過ぎに2階の自室から隣のビルの非常階段に飛び移り、部屋を抜け出した雪は、普段は時間にルーズだがこの時ばかりは10分前行動を取っていた。
浅草駅に着くと直ぐに目当ての車に気づく。
まさか外交官ナンバーの車で堂々と迎えに来るとはね……。
雪が黒塗りの高級車に乗り込むと、後部座席には見た事のあるスーツを着た女が座っていた。
「初めまして。久流彌くん。いや久流彌少尉で良かったかしら?」
階級を知られている事から、ある程度の情報網を使い用意周到に準備された事が窺えた。
「初めて? 僕は貴女を舞浜で何度も見かけていましたがね」
敢えて自分の階級を知っている話題には触れずに、初見では無い事を告げる。
雛を守る事には失敗したが、あなた方の事を僕は注視していたという、お粗末なアピールでもあったのだが……。
「うふふ、あんな楽しい場所に仕事で行くなんて可愛そうなサラリーマンでしょ?」
まるで盗聴器でも仕掛けられていたかの様に、こちらの会話まで筒抜けだった事を知らされた。
雪としては聞きたい事は沢山あったが、優先順位は雛の事だ。
「雛は無事なんだろうな? 万一にでも雛に危害を加えたら――」
「あのお台場で見かけた巨大なヒートヘイズで、皆殺しかな?」
「――っつ」
犯人達は雪がファウヌスを使い、ステイツの侵攻を防いだ事を知っている。
それも味方のヒートヘイズが沢山居た中でも、最強のそれが雪の発現させたヒートヘイズだという事も。
「何故知っているとでも言いたげね。あの時、貴方のわき腹にレーザーを当てたのは私よ? 知っていて当然だと思わない?」
「なんでそんな事を――」
「当り前じゃない。巨大なヒートヘイズが消え、小さなヒートヘイズが現れ、それが貴方に向かって行ったんですもの。遠く離れた潜水艦からあなた達の言葉で言うパンでしたっけ? それを確認する為にわざと致命傷にならない場所に撃ったのに……無傷とはね。私の国で暴れている奴等と全く同じだったわ」
それで確信したと女は語った。
「もう聞きたい事は無いかしら?」
女は妖艶な艶のある微笑みを浮かべながら、そう告げるがどう見ても雪をからかっている様にしか思えなかった。
「簡単に説明すれば、私の国はあなた達が開発した薬のお陰で、滅亡の危機に瀕している。私達にはあれを倒す手は無い。なら分るでしょう? 大元、あれを作った国に責任を取らせればいい」
最近のニュースでは、仲間に引き入れたパンを使って暴れているパンを倒して落ち着いていると聞いていた。だが、女の話では違うらしい。
「国連に連れてきた味方のパンを使って、対処出来たんじゃ無かったのか?」
「それがね政府に反抗するパンの数が多すぎたのよ。味方の子達なんてもうこの世に居ないわね」
「ちっ――」
「どんな仕組みかは知らないけど、あの化け物には強いモノも居れば、弱いのも居るのよね」
学園に入学していれば初歩で習う話だ。
雪はさもありなんと思いながらも、政府に利用され死んでいったパン達に同情した。
もしファウヌスが雪に宿らなければ、弱者は雪だった。
「そんな訳でね、あなたには私の国の為に働いて欲しいの。死んだ子達の変わりにね」
死んだ子を少しも同情して居ない冷たい瞳を向けられ、一瞬、臆したが雪はこれまでいくつかの修羅場を潜ってきた。
「雛に危害を加えない内は、思い通りに踊ってやるよ」
語気を強めて言い切ったが、人間を殺しなれているプロには通じない。
「うふふ。あなたって可愛いわね。あなたの子供はどんな力を持って生まれてくるのかしら」
逆に卑猥な表現を使いながら蹴落とされた。
そんな話をしている内にも、首都高を通り車は羽田に到着する。
通常なら出国手続きが必要なゲートも、直接滑走路に車を乗り付ければ通る事も無い。
これで日本を出国すれば、雪は法を犯す事になる。
このまま帰れなければ、日本では雪が失踪者リストに上るだけだろう。
車から大国の国旗が描かれた専用機に乗り込み、機内の窓から外を見つめながらそんな事を考えていた。
そしてそんな雪を空港の屋上から見送る二人の少女が居る事に、雪は気づいていなかった。
天候は晴れ、チャーター機は雪と女が乗り込むと直ぐに飛び立った。
「雪君大丈夫かしらね。何か思いつめた顔をしていたけど……」
「心配、無い」
雪は盗聴器の役割が通話を傍受するだけだと勘違いしていた様だが、この時代のスマホには必ずGPSが付いている。行方不明者が多発した年に改正された法で義務付けられたからなのだが、機械音痴の雪がそんな事を知っている訳が無かった。
雪が部屋から消えた事にいち早く気づいた水楢が、自身のスマホに連動させ行方を監視していたのであった。
「やっぱり犯人はあの国だったわね。こちらも雛ちゃん救出に向かうとしましょうか?」
「うん」
こうして雪の後を追うように、正規の手続きを得て二人は大国へと向かった。
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