第12話学園長の苦悩
水楢姉が思考している間に、学園長の質問は、水楢妹の方へと移る事になる。
この妹のうっかりも雪に負けず劣らずの様である。
「おい、水楢 澪。お前は久流彌のヒートヘイズが喋れる事も、物を食べる事も知って居た事になるが――何故、私達に黙っていた」
水楢が、ハッとした様に、雪の顔を見るが実から出た錆である。
「すみません。雪くんに黙っていて欲しいと頼まれたので……」
この段階になってまで嘘を突き通す程、ずるい性格をしていない水楢はバツの悪い表情を浮かべ、学園長の問い詰めにあっさりと本当の事を話してしまう。
「おい、久流彌それはどういう事だ」
水楢 澪が、あっさり白状した為、雪は仕方なく自分が置かれた状況で、自分の不利になる事に対する不安な気持を学園長に伝える。
「すみません。学園長を騙すとかそんなつもりは一切、有りませんでした。ただ、特殊な存在と思われて、最前線に行かされるのでは無いかと思うと怖かったんです。それで水楢に黙っていてくれるように頼みました」
雪は、ありのままの自分の気持を吐露したのであるが、それに反して栗林からキツイお言葉を頂戴する事になった。
「あのね、久流彌君。あなた――事の重大さを一切理解していないわよね。全部自分の保身の事ばかりじゃないの。あなたのヒートヘイズがどう言うものなのか、分らないままにして置いて、万一暴走したらどう責任を取れるのかしら。久流彌君の願いを聞き入れてこれまでは対戦したヒートヘイズと戦ったのかも知れないけれど……それは久流彌君の意思では無いわよね。もし、次に発現した時に暴走しない根拠なんて何処にも無いじゃない」
眉をしかめた栗林から一方的に正論をまくしたてられた雪は――。
「そ、それは――」
一言発するだけで精一杯であった。
「まぁ、栗林、その辺にしておけ。久流彌も軍の都合で、昨日今日、この環境に放り込まれたばかりだ。不安で仕方ないのは――栗林も最初はそうだっただろう」
雪の心情を慮り、学園長が擁護に回った。
「それは、そんな事もありましたけれど……」
何も情報が無いまま初めてパンを宿した栗林も、学園長から諭されると声も小さくなり、納得のいかないまま矛を納めた。
「ファウヌスと名乗ったヒートヘイズが、言っていただろう。モルモットにでもするつもりでも、それは出来ないと。すでに箱は開いてしまったのだ。それを蒸し返しても仕方あるまい。問題は、何故それを隠していたのかと――ファウヌスが言っていたパン一族の力を求めればその力に食われる。奴の復活は近いと言っていた内容の方だと思うがな。久流彌が黙っていた理由は軍の少佐としては納得は出来ずとも、人間として考えればすんなり理解出来るだろう。だが、ファウヌスの言っていた事は――」
学園長は、事が神の領域の話ゆえ、如何ともし難いと言ったのであった。
既に軍の決定でヒートヘイズの能力を持つ者は少なくない。
今更、それを消す手立ては、能力者を抹殺するしか無いだろう。
だが、久流彌の宿したヒートヘイズ以外のヒートヘイズにも自我があったとしたら、それを甘んじて受け入れるとも思えない。
学園長は頭を抱えるのであった。
「あぁっ、それって、そういう……」
漸く、思考の海から戻ってきた水楢姉が、何かに気が付いたように顔を上げると大きな声で叫んだ。
「ん、水楢姉。何か気づいたのか」
学園長が、ファウヌスの言葉の事だと思い期待する眼差しを向けると。
「はい。軍は、女生徒に子供を作るように仕向け、覚醒遺伝を持つ子供を利用しようとしている訳ですね」
落胆の色を隠しもせずに、学園長は首肯したのであった。
「あぁ。そうだ。良く気づいたな」
幼い子供を褒めるように、学園長なりの嫌味を込めて言葉を紡いだのだが、
「はい。これでも軍人ですから」
根が正直な燈は真っ直ぐにそれを褒め言葉と受け取り、学園長は大きな溜息を付き、視線を久流彌に投げた。
学園長に見られているだけで、久流彌の心は萎縮してしまっていたが、学園長は別に久流彌を睨んだりしている訳では無い。
「久流彌は、ファウヌスが最後に言っていた事の意味は分るのか、当然、力に食われると、奴の復活の話だ」
誤解を受けないように、前もって学園長が話の筋を正す。
だが、雪にそれが分る筈も無く……首を横に振った久流彌を見て、再度深い溜息を吐くのであった。
「話を変えよう。久流彌が扱える、この場合は久流彌では無く、ファウヌスになるのか――面倒な。ヒートヘイズは、フェンリル、グリフォン、それとさっき発現した外見だけ見れば恐らく……キマイラ。の他には何があるのか分るのか」
学園長にそう言われたものの、雪が出している訳では無いので、ここでもまた首を横に振るだけであった。
「いや、すまない。ファウヌスがああやって自我がある以上、久流彌に聞いても仕方ない事だったな」
結局、話は進まず――この場は解散になった。
∞ ∞ ∞ ∞
――理事長室
「あぁ、まったく次から次へと。上にどう報告すればいいと言うのだ」
軍という規律を重んじる組織である以上は、今回の件を報告しなければいけない。
生真面目な性格の理事長は、楓を前に頭を抱えた状態で愚痴を漏らしていた。
「うーん、ここはAランク2体の件だけで、Sランクとファウヌスの件は黙っていた方がいいんじゃないかな。後になってから発現する事も多いんだし……」
薬剤によって覚醒を促されはするが、その後に、個々のヒートヘイズが何体まで発現出来るかは、未だに分っていないのだ。
現在存在しているヒートヘイズ遣いのトップは、
学園に在籍している間に、発現出来るクラスが増える者もいれば、変わらない者も多い。
その隙間を縫って、上層部には報告すればいいと楓は言っているのである。
「楓は、嘘の報告をしろと言うのか」
チラリと楓に視線を投げかけそう語る。
「だって仕方ないじゃない。あんなの、一軍人の範疇を越えているもん」
楓は肩を竦めながら、ファウヌスの紡いだ話は自分達の手に余るのだと吐露する。
「確かに……まさか、神を自称する者が現れるなど、前代未聞で私の手には余る」
ファウヌスに言わせれば、元々原初の半獣神そのものが神の使いで、人がどうこう出来る代物では無いのだが……。
「でしょ。だから、次に久流彌君から発現した時にファウヌスから話を聞くとかしか手は無いと思うよ。あそこまで自我がハッキリしているヒートヘイズなら、暴走も無いとは思えるしね」
ファウヌスに名を名乗らせる事に成功した楓だからこそ、話せば分かり合えると考えている節が言葉の中からは窺えた。
実際、ファウヌスが人間側にどの位配慮をするかは一切不明ではあるが。
「だが、この島の中にいる軍属の者に見られた可能性があるぞ。滝の件でも使ったが、諜報はこの学園を監視していない訳ではない」
軍の上層部直属の諜報部から配属されてきている為、今回の様に素行の悪い生徒を調べる方が、本来の任務からは逸脱していると言っても過言ではない。
本来の業務は、島の情報漏洩と生徒側に心情を置く学園の監視が目的なのだ。
「あぁ、それがあったね。じゃ、ランクSは報告をして、自我の話は伏せると言うのではどうかな」
「それしか無いな……」
結局、真樺学園長、いや、真樺少佐は楓と相談し、上層部への報告書はランクSのみに留めたのである。
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