第10話ヒートヘイズとの邂逅

 小笠原諸島の上空を1機のヘリが飛んでいた。

 ヘリには、モカブラウンの髪をレイヤーボブにカットした少女と言うよりも、お淑やかな、お姉さんと呼んだ方がしっくりくる女性、栗林 未来くりばやし みくと――茶髪を軽やかなミディアムスタイルにカットした活発そうな少女、水楢 燈みずなら あかりが乗っていた。



「燈ちゃんは、学園に来るのは久しぶりなのかな」


 整った面立ちで、楽しそうに微笑を浮かべ燈を見つめながら栗林が尋ねた。


「そうですねぇ、卒業してからはずっと九州でしたので……」


 操縦席に視線を飛ばし刹那、考えた後で燈はそう語った。


「じゃ、きっと懐かしいでしょうね」


 遠くを見つめるような、過去の自分を振り返るようなそんな雰囲気を漂わせながら栗林が尋ねると、


「先週から妹が入学したので、ちょっと驚かせちゃおうかなぁとか思っているんですよ」


 燈は愉快そうに語った後で、ペロッと舌を出す。


「遺伝子が似通っていれば、覚醒する可能性は高いものね」


 パンを宿す条件は、個人の持つ遺伝子に大きく左右される事から血が濃ければ濃いほど似た結果が齎される。栗林は淑女然でその事実を告げた。


「先輩の妹さんも、これから入学するんですよね」


妹の同級生に、栗林の妹が入る事が嬉しくて燈は楽しそうに問いかけた。


「うふふ……大人しい子だから、厳しい訓練に、付いて行けるか不安なんだけれどね」


 妹の話題は栗林も満更嫌いではないらしく、目尻を下げ優しい瞳でそう答えた。


『栗林大尉、まもなく那珂の島上空です。本当に着陸しなくても大丈夫ですか』


 操縦席の隣に座る通信士から、2人が耳に着けているヘッドホンに目的地に到着する知らせが入った。


「ええ、問題ないわ。私達はヒートヘイズで下りるから、ヘリはこのまま東京へ戻ってもらって結構よ」


 栗林はヘッドホンに取り付けられているマイクを左手で持ち操縦席の隊員に聞き取れるように大きな声で告げた。

 一般人であればこんな無謀な提案はしないし、出来ないのだが……この2人に限っては態々ヘリを着陸させる手間は要らない。


  『了解いたしました。お気をっ――問題発生、那珂の島学園付近でヒートヘイズが戦闘をしている模様。繰り返します。那珂の島学園付近でヒートヘイズが戦闘をしている模様』


 栗林と燈の乗ったヘリが那珂の島上空に差し掛かろうとした時に、丁度、滝達と雪のヒートヘイズが戦闘を始めた所であった。

 ヘリの操縦席から栗林、燈の両名が耳に付けているヘッドホンへとEMGエマージェンシーコールが入った。


「別に、おかしくはないでしょう。演習場で生徒が訓練をしているんじゃないの」

「そうですよね」


 那珂の島は元々がヒートヘイズを扱えるようになる為の学園である。2人は操縦席を見つめながら、訝しく思い報告を入れてきた隊員に苦言を呈すが――。


『戦闘区域は、学園前。演習場にあらず』


 通信士の報告は正しく、通信士の声音は恐れからか、焦っているのは栗林達にも感じ取れた。


「はぁ、何だってそんな場所で……」


 栗林が眉を顰め小言を漏らす。


「先輩、見えてきましたよ」


 通信士からの報告を受けてからずっと窓から下を覗いていた燈が、栗林に報告する。


「龍にオーガと虎。なんだ、大した事無いじゃない。どうせ学生同士でふざけているんでしょ」


 燈の報告を受け、直ぐに窓から下を見た栗林であったが、認めたヒートヘイズのランクが低かった為に拍子抜けし相好を崩すと――。


「先輩、もう一体湧きました。えっ、何。あれ――」


 燈が驚愕し狼狽しだした。


「嫌だわぁ、燈ちゃんも驚かそうとしてぇ」


 燈の焦る姿を、冗談だと思っていた栗林の目の前で、虎とオーガが一瞬で消し炭になった。


「――えっ」


 流石に落ち着いて、笑みを絶やさなかった栗林の表情も呆気に取られる。


「先輩、あれ何ですか。あんなヒートヘイズ見た事もありませんよ」


 燈は焦った表情で栗林に問いかけるが、


「ヘリはこのまま引き返して、私と水楢少尉はここで降ります」


 栗林は異常事態と捉えたらしく、燈の質問をスルーした。


『了解、御武運を――』


「水楢少尉、ペガサスは出せますか」

「はい、栗林大尉。いつでもいけます」


 栗林が、役付けで燈の名を呼んだという事は、それだけ異常事態が起きたという事であった。

 既に2人の表情は観光気分から仕事モードへと移行している。


 ヘリに追走する形で、黒い翼の生えた馬が湧き出す。

 燈と栗林はその馬に跨り、那珂の島学園に向け降下していった。

 すると、宙に浮いていた龍が、下から何らかの攻撃を受け錐揉み状に落下していった。


「ランクBの龍があんなに呆気なく……」


 呆気なく倒された龍を認め、燈が目を見開き言葉を漏らす。


「なんだか、凄い所に出くわしちゃったみたいね。あれは私が抑えるからこのまま学園に下りて頂戴」


 栗林は顔を顰め苦情を漏らすと、燈へ降下地点を指定する。


 栗林が掌を、下に居るキマイラへ向ける。すると――ゴワッ、と言う音の後、巨大な亀がキマイラと対峙する様に地面に湧いた。

 亀の甲羅の周りには大蛇が巻き付いていて、亀の全身には夥しい程の電流が流れバチバチと音を立てていた。


 雪も、先輩達も何が起きているのか全く分らない。

 キマイラが龍を打ち落とした事に衝撃を受けていると、今度は目の前に巨大な亀が出現したのだから。

 巨大な亀はジッとキマイラの様子を窺っている。

 キマイラもまた、新たなヒートヘイズの出現にどう対処していいのか、迷っている様にも見えた。


 そこに、ペガサスに乗った栗林と燈が下りてきた。

 地上へ下りるなり、燈は滝達の方へ、栗林は雪の方へと駆けつけた。


「「これは一体なんの騒ぎです」」


 声を荒げたのは、栗林が先か、燈が先か。まるでシンクロした様に質問が重なった。だが、雪も、滝達も、先程の恐怖から立ち直っていない。


 そこへ、騒ぎを聞きつけた真樺学園長と楓先生も駆けつける。

 遅れて、水楢 澪も駆けつけた。他の生徒達も遠くから様子を見ているようだ。


「こ、こ、これは何の騒ぎですか」


 楓先生も驚愕に目を見開き、言葉がどもる。いや、口調は平常運転であった。


「雪くん、これはいったい……」


 水楢も駆けつけたが、見た事が無いヒートヘイズの発現に驚いている。


「話は後だ。ヒートヘイズを仕舞え」


 学園長が、その場に居る皆を見渡し命令するが――。

 滝達のヒートヘイズは全滅して、既に消えている。残っているのは――雪のキマイラと栗林が出した玄武だけであった。


「真樺学園長、ちょっと待って下さい。あのヒートヘイズは暴走じゃなくて制御されているとおっしゃいますの」


 栗林が学園長の声を聞き、慌てて質問を投げかけた。


「なっ、栗林大尉。なんで貴様がここに……」


 ここに居る筈の無い栗林の姿を認め、学園長も驚き顔だ。


「面白い情報を仕入れたので遊びに来たのですけれど」


 ニヤリとしながら、栗林は学園長の問いかけを飄々とかわす。


「くっ、相変わらず耳が早いな、お前は」


 片方の頬をピクリと引きつかせると学園長は短く言葉を吐き捨てた。


「でも、私の仕入れた情報では、ランクSを従えた生徒が居るという話はありませんでしたよ」


 栗林は学園長を見据え問いただす。

 Aランク2体の話は聞き及んでいたが、キマイラの情報は知らなかった栗林からの問いかけだったが、それも無理は無い。発現したのは先程が始めてなのだから。


「何を言っておる」


 学園長もSランクの話を始めて聞いたのだ、眉を寄せて短く言葉を吐き捨てた。


「そこのヒートヘイズを見て下さい」


 栗林に促されて、漸く学園長もキマイラの存在に気づいた様だ。

 校舎側に玄武が居たため見落としていたようである。


「な、なんだこれは――いったい誰が召還した」


 Sランクを召還した者は今まで居ない。

 驚愕で目を見開いた学園長は、これを発現させた犯人を特定するべく集まっている学生を見渡す。


「そこの彼じゃないんですか」


 栗林は普段は柔らかな視線を細め、雪を睨んでいた。


「本当か、久流彌」


 先程、学園長とは談話室で話し合ったばかりなのだ。

 彼が犯人だとは信じられず、雪に優しく問いかけた。

 あっという間に、皆に囲まれて、雪の頭の中は真っ白になっていた。


「ねぇ、雪くん。本当なの」


水楢 澪みずなら しずくに肩を揺すられ、漸く立ち直る。


「あ、あぁ。僕が発現させた」


 未だに恐怖に体は強張っているが、雪は何とか言葉を漏らす。


「えっ、フェンリルでもグリフォンでも無いよ。これ」


 尚も、言い募る水楢に――。


「僕にも訳が分らないよ。あいつが助けてくれるって言うからお願いしたら、あれが出ちゃったんだから」


 偽装する事も、誤魔化す事も出来ず、興奮しながら雪はありのままに伝えた。


「久流彌も水楢 澪も何を隠している」


 そんな様子を見て取った学園長は、やはりまだ隠し事があったのかと憤慨しながら水楢、雪に対し厳しく尋問したのである。


「せ、せ、先生にはちゃんと話して欲しいかなぁって思います」


 楓先生も、気落ちした様子で2人を嗜めた。


「そ、それは……」


 雪が、何と言っていいのか困っていると、いつの間にか雪達の元までやってきていたキマイラが声を発した。


『我が説明すればいいのだろう』


「「「――っ」」」


 「ひ、ひ、ひぇぇぇぇ」


 水楢、雪以外のメンバーは皆唇をきつく引き結んで顔を強張らせ、初めてのヒートヘイズとの邂逅に声も出なくなっていた。


「お前が説明してくれるなら、話は早いな」


  雪は自分が説明責任から外れた事で幾分か気が楽になり、軽い口調でそう告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る