第51話 ロリと婚約をした日
12月3日土曜日。
ついに迎えた愛莉の誕生日。
一応主本である愛莉の誕生日会は夜に行われることになったので、それまでのあいだ一足早く僕の一つ目のプレゼントであるイチャイチャデート(予定)をすることにした。
集合場所はいつもの駅前、今日はデートというのを意識するために僕は前日からアパートの方に戻り準備をすることにした。
もちろんわざわざそんなことをしたのは指輪の件もある。
僕は指輪の入った箱がしっかりとカバンの中にあることを確認しつつ、今日の主役である愛莉を待つ。
それから数分、集合時刻より10分近く早い頃こちらに向かって走ってくる影がひとつ。
「──せんせーいっ!」
愛莉はそのまま僕に抱きつくと、嬉しそうに頬擦りをする。
「おはようございます先生♪」
「うん、おはよう愛莉。今日はいつもに増して凄く元気だね」
「えへへ、それはそうですよ、こんなにも素敵なプレゼントを用意してくれたんですから♪」
「喜んでくれたのならなによりだよ」
「昨日は帰ってこないって急に言われて心配でしたがこんなに素敵なプレゼントを用意してくれるためだったんですね」
「うん、突然閃いたことだったから、心配させちゃってごめんね」
「私は全然構いませんよ。それよりもほら、行きましょせんせっ♪」
「うんっ」
愛莉はそう言って僕の腕に抱きつく。
ここ最近、寝るときは愛莉を抱きしめているからわかるのだが子供の体温って本当に高い。
確かに個人差はあるだろうけど、小説とかで子供特有の高体温が〜とか書かれていることもあるけど、それは決して間違いではない。
とはいえ流石に寝るときと違って肌が触れ合っているわけではないのでほんのりと感じる程度なのが悲しいところだけど……。
駅前からそれなりに歩くと、愛莉はそのままの態勢でこちらを見上げる。
「ところで先生、どちらに向かっているのでしょうか?」
「んー、庶民的なところ?」
「庶民的なところですか?」
「えーっと、ゲームセンターって知ってる?」
「ゲームセンター……名前だけなら」
その答えを聞いて「やっぱりそうだよね」と笑いながら言う。
まぁデート行くのにゲームセンターはどうなんだって思うかもしれないけれど……。
以前に愛莉とデートのことを話し合った時のことなのだが、愛莉たちの年齢になると許婚がいるのは別に珍しいことではないらしい。そのためその付き合いで僕達で言うデートに行くらしい。
しかしその行き先は大体が海外、近くても北海道や沖縄など僕達が住んでいるところからはかなり離れているのだ。
つまり愛莉たちからしたら県外、国外なんて行き慣れているため本来リードするべき僕が初めての場所で逆にリードされる可能性も出てくるわけだ。
そして何よりも僕にはそんな資金は無い。
そのためいつもと同じ庶民的なデートと言うものを楽しむことにした。
「着いたよ。ここがゲームセンター」
「これがゲームセンター……色々な物が置いてますね!」
言いながら早速クレーンゲームへと駆け寄る愛莉。
よく見ると首には出会って間もない頃にプレゼントした指輪を括りつけたネックレスが。
確かあれは仮として渡したものなのだが、こういった大切な日に付けてきてくれる。
愛莉ならもっと高くていいアクセサリーとかを持っていてもおかしくないはずなのにそれでも着けてきてくれる。
「……僕なんかには本当に勿体ないよな」
思わずそんな弱気な言葉が出てしまう。
僕はただの一般人、愛莉は言わば上流階級。元々住む世界の違う二人がミラクルによって出会い今やこうしてデートまでしているなんてこの世界はひょっとして漫画や小説の中なんじゃないかとさえ思ってしまう。
「なにか欲しいものでもあったの?」
「欲しい……と言いますか、あれ」
「ん?」
愛莉はクレーンゲームのとある景品を指さす。
僕はそれを見て「ああ」と納得する。
そこにあったのは可愛らしいくまのぬいぐるみ。とは言っても大きいものではなく、小さい手のひらサイズのものだ。
僕は穴とぬいぐるみの位置を見ると、
「……これならいけるかな。それじゃ任せて」
「えっ、先生これ出来るんですか!?」
「一応? 充ほどじゃないけどあれなら多分すぐ取れると思う」
「紗々さんにこれは難しいって聞いたんですが……」
「んー、まあ確かに慣れないと難しいかな。でも──」
僕は喋りながら手を動かす。正面、横と様々な角度から見ながらしっかりと位置を確認。
「ほいっ。あんまり難しい場所じゃなくて助かったよ」
「す、凄いです! 本当にすぐに取ってしまうなんて」
「普段ならもう少しかかるし、今回のはたまたまだって」
「ふふっ、そんなこと言ったら私がやったら今日一日かかっても取れるかどうかですよ。それよりもこれありがとうございます大切にしますね♪」
「うん、大切にしてやってくれ」
手にぬいぐるみを乗せて満面の笑みを浮かべる愛莉。
なんというかこういうの卑怯だよな。
可愛い女の子の笑みとぬいぐるみのセット、見ているだけで幸せになるしプレゼント出来て良かったと思える。
出来ればこれを思い出として残したい。
「あっ!」
「どうかしましたか?」
「愛莉、次あれ行こう!」
「え、ちょっと先生どこに行くんですか!?」
「プリクラだよ」
僕は半ば強引に愛莉を引っ張って近くにプリクラ機の中へと入っていく。
もちろん中は完全密室、フレーム選びから始まった僕達だが何も起こらないはずがなく……。
「ふふっ、楽しかったですね先生♪」
「それは良かった」
とても満足したような笑みを浮かべながらプリントされた二枚の写真を大切に抱きしめていた。
そこに写るのは僕達二人が証明写真のように緊張した顔で写っているものと、頬を赤らめた愛莉が僕の頬にキスをしている写真。
僕の頬にはまだその感触が残っているようで、今は僕が赤くなってしまっていた。
そんな僕達だったけれど、時間が経つにつれて自然とそう言ったスキンシップが増えていくのはデートマジックというやつだろうか。
あの後は近くのお店で食事を取り、本屋に行って二人で色々な話をして、今後の小説のネタも考えたり一緒に書いてみたり……。
無理に背伸びはしない、僕なりの精一杯のデートを。
気がつけば空が茜色に染まっていた。僕達は黒いお城の見える公園のベンチで手を繋ぎながら座ってしばしの休息を取っていた。
「先生、今日はとても楽しかったです。ありがとうございます」
「愛莉が楽しんで貰えたのなら何よりだ。前にこういった時には海外とかに行くって聞いたからそれなら逆に僕達、一般市民のデートなら新鮮かなと思って」
「そうですね……」
愛莉はそう前置きをすると、空を見上げながら続ける。
「確かに今日のデート……というより先生とのデートは私達の世界からすればお遊びに見られるかもしれません。というより以前の私なら『こんなものはデートなんかじゃない』って言っていたかもしれません」
「…………」
「ですが、今は違います。オシャレで高いお店に行かなくても、高級な何かをプレゼントされなくてもこんなに楽しくなれる。そんな私達の常識からは考えられないことを教えてくれました」
「あはは、高いものは確かに僕には無理だね」
「はい、そこはしっかりと理解しています。それに私も先生からのプレゼントならなんでも嬉しいので♪」
言いながら愛莉は手を離し、そっと僕の頬にキスをする。
流石にこの場所でキスは恥ずかしかったのか、それとも夕焼けのせいか愛莉は頬を薔薇色に染めて、
「それと先生に伝えたいことがあります」
「うん?」
「私はやっぱり先生じゃないとダメみたいです。生まれや育ちなんて関係ない、私は先生と結婚して一般的な家庭を築いて、子供を産んで家族みんなで幸せに過ごしたい……。そんなお願いです」
「…………」
「ダメ、ですか?」
上目遣いで尋ねてくる愛莉。
それは遠回しではあるが、れっきとしたプロポーズであり、僕が今日伝えようとしていたことだった。
なのに愛莉に先を越されるなんて……。
「全くどうしたもんかな……」
「先生?」
思わず笑みが零れる。
そして僕はバッグの中から小さな箱を取り出すと、愛莉に箱の中身を見せる。
「先生、これは……?」
「長い間待たせちゃってごめん。そして好きです、僕は朝武愛莉の事を愛しています」
「──ッ!!?」
その瞬間、愛莉は目を大きく開くと必死に声を抑えるように手を当てながらぷるぷると震える。
それもそうだろう、箱の中にあるのは正真正銘、あの時の仮のものでは無い本物の婚約指輪なのだから。
僕は指輪を箱から取り出すと、愛莉の左手を取る。
「愛莉、僕と結婚してくれませんか?」
「……はい、私を先生──拓海さんのお嫁さんにしてくださいっ!」
こうして僕は愛莉の薬指に指輪をはめる。
あの時渡された封筒の中に入っていたサイズはやはり愛莉にピッタリのサイズが書かれていたみたいだ。
嬉しそうに指輪を眺める彼女はとてもキラキラと輝いていて、まるで僕の世界は彼女を中心を回っているのではないかと錯覚してしまうくらいに。
……とはいえ、今日は愛莉の誕生日。この幸せな気分にずっと浸っているわけにもいかない。
だけどもう少し、もう少しだけという気持ちが強くなり僕達はベンチに座ったまま、愛莉は僕の肩に身を委ね僕もまたそんな愛莉の温もりを感じていた。
「……ねぇ拓海さん」
「どうしたの?」
「私、今日は帰りたくないです。ずっとこのまま二人きりで過ごしていたいです」
「……そうだね。僕も出来ることならそう思うよ」
「ふふっ、でしたらこのまま拓海さんのお部屋にでも行きますか♪」
「それも魅力的な相談だけど、今はやめとくよ。みんなが準備しているだろうし」
「ですねっ♪ あっ、でも最後にもう一度だけ──ちゅっ」
頬に残る柔らかくて温かい感触。
(きっと愛莉と結婚したらこんな風に、一生懸命に尽くしてくれるんだろうな)
そんなことを思いながら僕達はみんなが誕生日会の準備をして待っている喫茶店、アミテへと向かったのだった。
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