第14話 星の瞬き

はじめて行く土地には

星があるのだ

生まれてはじめてみたあの

星が瞬くのだ


湖上を走る船からは

奥津嶋比売おきつしまひめを祀る神社は見えない

湖上を往き来する人々を見守ってきた

神さまはどこにいるのか


船着き場に女が見えた

たなびく髪

手にした花は白く淡く


僕と入れ違いに島を出る人


佇むすがたはまるで

島の神さまが迎えてくれたようで

無意味に胸を高鳴らせる


集落の神さまと人に捧げられた

土地に染み付いた時間の薫りは

言葉に残そうとすると

するりと掌から逃げさり

湖水の白浪に

さらわれてしまう


それは

風が見る夢のように

草木を鳴らし

水面に漣を立て

一歩、また一歩と島を歩き

軒先に座る爺さまが差し出す

熟鮓を受け取るとき

かれが浮かべる人懐こい笑みにも

隠れているようでもどかしい


島の神さまは笹竜胆を手にしている


笹竜胆が

風になり

僕も風になり

さらんさらん、と鳴り

それは

夜に眠る島民の心の臓にこだまし

安らかな寝息として吐き出され

ありきたりな衰退の哀しみと混じり合い

薄れて散っていく


笹竜胆を胸に抱いたすがたは

船着き場にいた彼女で

湖水の匂いがしていた


星が瞬いた


島を船が離れていく

星が瞬く


湖上の島の灯し火


あれは

島を出た人々への

灯台なのだろうか


僕の灯台は

潮の匂いがする

町にまだあるのだろうか


誰もが胸に抱く

生まれてはじめて見た

星の瞬きよ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る