第41話 神帝暦645年 8月24日 その30

 うおっ! 俺の左後方に位置するアマノ大明神がキレてる!


「うふふっ? ツキトは、ユーリの身を守りつつ、扉付近まで後退してほしいのですわ? 私があの不細工な人形に、しつけと言うモノを教えてきますわ?」


「アマノ、だ、大丈夫なのか? 俺の丸盾を使うか?」


「いえ。その必要は無いのですわ? ヒノキの棒を片手で持っては、与えるダメージが半減してしまいますもの。両手でグリップを握り込んで、思いっきり、あの不細工人形をぶちのめしてくるのですわ?」


 俺は、アマノに、お、おう……としか言葉をかけられなかった。アマノは俺の前にスッと静かに移動し、ヒノキの棒のグリップを両手でしっかりと握って、自分の身体の前に構える。そして、床で、ウギッ! ウギッ! といびつな声を口から漏らしている悪魔の人形ディアボロ・ドールと視線を交わし合っている。いや、交わし合っているというのは表現的におかしいな。ここは火花を散らし合っているのほうが圧倒的に正しいな!


 今にも、バチッバチッ! とでも聞こえそうなほど、アマノは普段、家では見せないような真剣な顔付きで、悪魔の人形ディアボロ・ドールと睨み合っている。俺はゴクッと生唾を飲み込みながら、ユーリに小声で


「おい。ユーリ、少しずつ後退するんだ。悪魔の人形ディアボロ・ドールから、決して視線を外すんじゃねえぞ?」


「う、うん。わかったー。お父さんも、あたしに続いて後退してきてねー?」


 ユーリが悪魔の人形ディアボロ・ドールから、俺に視線を移した隙を、奴は見逃さなかった。悪魔の人形ディアボロ・ドールが信じられない速度で、部屋の床を走って、俺の身体の右方向を通り抜けて、ユーリに接近する。くそっ! ユーリめ! 俺が注意したってのに、悪魔の人形ディアボロ・ドールから視線を外しやがったなっ!


「ユーリ!!」


 ギャリイイイインッ!


 悪魔の人形ディアボロ・ドールの右手に持つカミソリが、何かとぶつかり合い、けたたましい衝撃音を部屋の中に響かせる。


「ウキキッ。これだから、悪魔の人形ディアボロ・ドールは厄介なのですよ。まずは一番弱いモノを狙ってくる卑怯者なのですよ。ユーリ殿? 勉強代が命では釣り合いがまったくとれないのですよ? ウキキッ!」


 いつのまにか、ユーリの前に立っていたヒデヨシが軽口を叩く。悪魔の人形ディアボロ・ドールによるユーリの首級くびへの致命の一撃は、ヒデヨシが手に持つヒノキの棒によって、防がれたのだ。


「ヒデヨシ。ユーリを助けてくれて、ありがとうな? この礼は、今度、バナナ3房で返すからな!?」


「ウキキッ。感謝されているように聞こえないのですがね。まあ、ツキト殿としては、わたくしへの出来る限りの礼なのでしょうよ。ありがたく、今度、八百屋で奢ってもらうのですよ。それよりも、ツキト殿は、ユーリ殿と一緒に早く退いてくださいなのですよウキキッ!」


「す、すまねえ。ヒデヨシ。ユーリ、今度こそ、あいつから目を逸らすなよ?」


「わ、わかったー。お父さんこそ、気をつけてねー?」


 ユーリが悪魔の人形ディアボロ・ドールから視線を外さないように注意しながら、ゆっくりゆっくりと、部屋の扉に下がって行く。俺はユーリを守るように左手で丸盾を構えたまま、後ずさりする。


「うふふっ。ヒデヨシさん、助かりましたわ? ツキトの右側を予想していた以上の速度で走られたので、対処をしくじりましたわ?」


「ウキキッ。悪魔の人形ディアボロ・ドールは、かなり知性が高いモンスターですからね。そのずる賢さゆえにB級冒険者でも手こずると言われていますし。警戒しておいて良かったのですよウキキッ!」


 ヒデヨシがそう言いながら、アマノの右隣りに立つ。俺はヒデヨシの背中が死角にならないよう、少し右側へと立ち位置をずらすのである。


 とにかく、この悪魔の人形ディアボロ・ドールは相手の隙や、死角を突くのが上手いんだよな。こいつと戦闘する時は、こいつから目を離さないってのが鉄板なのである。


「さて。意外と早く【ヒノキの棒マイスター】の実力を、皆さんに御見せできる機会がやってきたのですよ? ウキキッ!」


 って、なんで、ヒデヨシは、俺とユーリのほうに振り向いて、右の眼でウインクしてんだよ!


「ヒデヨシ! 前を視ろ、前を! 悪魔の人形ディアボロ・ドールから眼を離してんじゃねえよ!」


 俺がそう叫ぶと同時に、テーブルの上に居た悪魔の人形ディアボロ・ドールが、そこから垂直に跳躍し、天上を蹴る。そして、斜め上からヒデヨシの顔面めがけて、その右手に持つカミソリを振り下ろしていく。


「うふふっ。わざと隙を作ったのは、私の腕を信用しているからですか?」


 悪魔の人形ディアボロ・ドールの一撃がまさにヒデヨシの顔面に振り下ろされる瞬間、アマノが両手で握っていたヒノキの棒を下から上で振り上げて、悪魔の人形ディアボロ・ドールの身体にぶち当てる。


「ウゲエエエエエエエ!」


 悪魔の人形ディアボロ・ドールはアマノの一撃を受けて、上空へはね飛ばされて、勢いよく部屋の天井にぶつかり、さらには重力に逆らえずに床へボトンッと転がり堕ちる。


 だが、奴はひるまず、次の攻撃に移る。今度はカミソリの柄を両手で掴み、自分の頭の先に持って行き、アマノの胸をえぐらんと、床から斜め上へと跳躍するのだ。さらに、奴は自分の身体に横回転を加えることにより、まるで1本の回転するきりのようにすっ飛んでくる。


 奴の速度は俺の眼で追うのがやっとと言ったところだ。この火の玉ファー・ボールしか光源のない薄暗い部屋のせいで余計に俺は奴の動きが速く感じてしまっていたのかもしれない。


「ウベエエエエエエエ!」


 今度はヒデヨシが、ヒノキの棒を左から右に薙ぎ払うことにより、悪魔の人形ディアボロ・ドールの顔面に固くて長い棒状のモノの衝撃をぶち込むのである。


 ヒデヨシによるヒノキの棒のスイングと、悪魔の人形ディアボロ・ドールの回転が合わさったことにより、悪魔の人形ディアボロ・ドールは部屋の奥にある暖炉の口の中に、ズドオオオオン! と勢いよく消えていくことになる。


 夏なので暖炉の中に炭の残りカスが無かったことが俺たちにとっては幸いだったのかもしれない。もし、悪魔の人形ディアボロ・ドールが暖炉の中に突っ込んだことにより、この部屋が粉塵まみれになっていれば、視界の利かなくなった俺たちは圧倒的に不利になっていただろう。


「この館の使用人たちには感謝しておかないとな。きっちり掃除が行き届いていたおかげで、危険な状況に追い込まれることが無くなって助かったぜ」


「うふふっ。悪魔の人形ディアボロ・ドールとは汚れた廃屋で出くわすと、最悪ですものね。あいつは、部屋に溜まった埃を舞い上がらせて、アレと対峙するモノたちへの目くらましにしますから」


「ウキキッ。本当にずる賢い奴なのですよ。不意打ちが得意なモンスターにはニンジャも居ますが、アレと同程度の厄介さをもっていますからね。廃屋に潜んでいるのが悪魔の人形ディアボロ・ドールなら、森に潜んでいるのがニンジャですよ。どちらも、この世から、消えてほしいくらいですよウキキッ!」


「おい。ヒデヨシ。その辺りでやめておけよ。ニンジャの悪口を言うと、ニンジャが寄ってくるって噂を知らないわけじゃないんだろ?」


「ウキキッ。おっと、そうでした。これは失言でしたよ。ニンジャ、ニンジャあああ!? じゃ、シャレになりませんからね? ウキキッ!」


 まったく。悪魔の人形ディアボロ・ドール1体を相手するだけでも困っていると言うのに、ここでさらにハイ・ニンジャが出てきたら、俺たち4人の内、最低ひとりくらいは、首級くびを刎ねられちまうぞ?


 ちなみに、ニンジャシリーズには、チュウ・ニンジャとゲ・ニンジャもいるんだが、D級冒険者が主力の徒党パーティでも、そいつらはたいした脅威にはならない。チュウとゲ・ニンジャは腕が未熟なために、そもそもとして、【隠れる】のが下手なのである。たまにケムリ・ダマを所持している奴が居るので、余裕こきすぎてもダメなんだがな?

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