第22話 神帝暦645年 8月24日 その11

 現在時間は午前10時半となっていた。1回目のアタックから戻ったあと、俺たちは魔力回復のための休憩と次のアタックに関する作戦会議をしているのである。


「うーーーん。応接間Aと応接間Bしか魔力探査をしてないんだよな。応接間Bの隣と廊下を挟んで向かいにある部屋も魔力探査をしたいところだが。こんな調子だと、いったい、このクエストを終えるのに何日かかるんだ? って話になるよなあ……」


「うふふっ。最初は1週間以内と見込んでいましたけれど、存外、1週間と半分ほどかかりそうな感じがしてきましたわ? 2階部分にアタックできるのは、はてさて、いつくらいになるのでしょうか?」


 俺は館の中に侵入する前までは3日で1階部分の探索は終えられるとタカをくくっていたのだが、この時点で、この予定は崩れ去ってしまったといって、過言ではなかったのである。


「ウキキッ。魔力探査を行った部屋に飛び込んでみます? 1度のアタックに1室クリアしていくのはどうでしょうか? ウキキッ!」


「まあ、そこが無難なんだろうけど、一番の問題は館自体が幽霊ゴーストに憑依されているっぽいってことだよな。それを何とかしたあとじゃないと、部屋に幽霊ゴーストがまた居座って、無駄骨になっちまう可能性があるんだよなあ?」


「いっそ、お父さんの火の魔法で、この館を全て灰に出来たら簡単なのにねー? 半日もあれば、全焼するよねー?」


「だめだぞ。ユーリ。火事を起こせば7代祟られるって言われているんだ。冒険者稼業はゲン担ぎってのが大事なんだぞ。最終的に全焼させるしかないって時までは、じっくりと幽霊ゴーストを退治していくべきだと俺は思っているし、冒険者ってのは結果だけを求めるのは間違っている。過程において、依頼主を納得させるのも報酬に影響するんだぞ?」


「なるほどー。もうこれはどうにもなんないよー! ってのを依頼主に伝えて、館を諦めてもらうことが肝心だってことだねー? これはまたひとつ、勉強になったよー」


 良いぞ、ユーリ。これからもどんどん、俺の教えを身につけてくれ。そしたら、お前は春に訪れる頃には、立派なC級冒険者【並】になれるぞ?


「うふふっ。やはり、ユーリは師事をされる相手を間違えているような気がするのですわ?」


「ウキキッ。アマノ殿はB級冒険者なので、実力でなんとかできますが、長年、C級冒険者を続けているような才能に恵まれないツキト殿なら、妥当な決着だと思えるのですよウキキッ!」


「ん? ヒデヨシ、何か言ったか? 俺が何か間違っていることをユーリに教えているとでも言いたげだな?」


「ウキキッ? そう聞こえてしまいましたか? いえいえ、たかだかC級冒険者のわたくしの言うことなど、戯言程度に聞き流してほしいのですよウキキッ!」


 ふむっ。俺の思い過ごしか? まあ、良いか。ヒデヨシはたまに口が悪いところがあるから、気にしてたら負けだな。


「話を戻すぞ? このクエストにおいて、一番重要なことは、この館が幽霊ゴーストによって憑依されているのかどうかってことの確認と、もし、そうであった場合は俺たちでなんとか出来るのか? ってことを考えなきゃならんわけだ。幽霊ゴーストに支配された家は、どうにもならない場合となったら、焼却処分するしかなくなるからな」


 毎年、お盆進行の影響で、住処を幽霊ゴーストに占拠されてしまう可哀想なご家庭もある。それに対して、国がくだす判断として、まずは幽霊ゴーストの速やかなる排除だ。それが困難な場合は最悪、焼却処分となるのだ。幽霊ゴーストは、その特性上、他の幽霊ゴーストを呼んでしまう。街中に幽霊ゴーストに支配された家や屋敷があっては、住民としても困るのだ。


 今年は草津くさっつの街では運良く、そうなったご家庭は居なかったが、そのしわ寄せがもしかしたら、大津オオッツの領主の館になったのかもしれない。


「ウキキッ。そのことについて、ひとつ、思うのですが、ユーリ殿は魔力探査を行ってみた感じ、この館は幽霊ゴーストに憑依されているのですか? ウキキッ!」


「うんーーー? あたしの感覚的にって話なのー?」


「ウキキッ。そうですよ。ユーリ殿の感想を聞かせてほしいのですよウキキッ!」


「あたしは幽霊ゴーストに憑依された家や屋敷に行ったことが無いから、感想を聞かれても困るよー?」


 まあ、そうだろな。ユーリに判別がつくのかどうかなんてわかるわけがないもんな。だけどな?


「ユーリ。あてずっぽうでも良いから感想を言ってくれ。これはユーリの直感の良さを知るためであり、これも訓練の一環なんだ。冒険者ってのは、知識だけでなく、経験と勘でモノを言わなきゃならなくなる時がやってくるんだ。まあ、今は経験は無いわけだけど、勘ってのはそうじゃないからな?」


「経験と勘ーーー? そんなので冒険者って、やってて良いわけなのー?」


「うふふっ。冒険者は常に新しい出来事に出くわすのですわ? その時にどうやって判断をくだすかは結局のところ、半分ほど勘に頼ることになるのですわ。ツキトが優れているのは勘なのですわ? まあ、そのせいで団長に危険なクエストに連れ回される結果になるのですが……」


 そうである。俺の勘は悪い方向で冴えわたるんだよな。だから、魔力探査等の才能に乏しい俺であっても、A級冒険者の団長が受けるクエストに荷物持ちとして、連れ回されるという、あまりにもひどい人生を送ってきたわけだ。


 願うなら、ユーリは良い方向で勘が冴えわたってほしいと思うのは、親としての俺のわがままなのだろうか? いや、そんなことは無いだろう。親なら誰だって子の幸せを願っているはずだからな? これをわがままなんて言われちゃ、たまったもんじゃないわな。


「じゃあ。勘で申し訳ないんだけど、あたしとしてはこの館は幽霊ゴーストに憑依されてないと思うよー」


「ほう。それは頼もしい限りの話だな。その勘に根拠があるなら、言ってほしいところだけどな?」


 勘だと言っているのに根拠を求めるクソな師匠だなと俺は思ってしまうのである。だが、根拠がある勘ってのは、徒党パーティのメンバーを納得させるには絶大なる力となるのだ。


「難しいことを言ってくれるお師匠さまだよー。あたしがそう思ったのは、館の壁に幽霊ゴーストの魔力をほとんど感じなかったことからだよー」


「ふむふむ。なるほど。館の壁自体は普通の壁だったってことか。じゃあ、館が広く視えているのは錯覚か何かなのか? アマノはどう思う?」


「うふふっ。私は1度目のアタックの際になるべく壁に触れないように注意していましたわ? もし、幽霊ゴーストが憑依しているのならば、そんなの危険すぎて、出来っこないのですわ?」


「えええーーー!? アマノさん、それってちょっとひどくないー!? あたしはぺたぺたと壁を触りまくってたよーーー!? あたしを亡き者にして、お父さんを独り占めしようとしてたってわけなのーーー!?」


 お父さんを独り占めしようって、いったい、何なんだよ。そもそも、アマノは俺の嫁なんだ。嫁が愛する旦那さまを独り占めするのは当然の権利だろうが……。もしかして、ユーリはアマノに俺を独占されることに寂しさを感じていたりするのか? 片親で子供を育てると、ファザコンになっちまうって、世間一般では言われているしなあ?


「違いますわよ。確かに危険なことは危険なので壁に触らなかったの事実ですが、それよりも、ユーリが魔力探査のために壁を触っているのに、私がその壁に手をつけていたら、ユーリが勘違いするからですわ?」


「あっ、そうかー。そうだよねー。アマノさんは特に魔力がB級あるんだから、経験不足のあたしだと、勘違いしちゃいそうだもんねー……。でも、次のアタックではアマノさんがあたしの代わりに魔力探査を行うんだよねー? アマノさんは、いったいどうするつもりなのー?」


「もちろん、危険を承知でユーリと同じように壁をぺたぺたと触りまくりますわ? 先ほどのアタックの時は、その役目が私じゃなかったら、やらなかっただけですわ? ですから、ユーリを亡き者にしようなどとは考えていませんわ?」


「なんだー。それならそうと言ってよー。アマノさんの悪い癖だよー。あたしは馬鹿なんだから、ストレートにわかりやすく言ってもらわないと、勘違いしちゃうんだからー」


「うふふっ。それは申し訳ないことをしてしまったのですわ? でも、ごめんなさいね? 私のもったいぶった言い回しは癖なので、直しようがありませんわ?」

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