第2話 神帝暦645年 8月23日 その2

 汽車ポッポーがまさにポッポー! ポッポー! シュッシュ! シュッシュ! と煙突から蒸気を噴き出し、豪快な雄たけびをあげながら進んでいくわけである。しっかし、このゴトンゴトンと下から突き上げられるような感覚はすっごく眠気を誘ってくるもんだなあ。


 【欲望の団デザイア・グループ】が拠点としている草津クサッツから大津オオッツまで汽車ポッポーで約2時間といったところなのであるが、この汽車ポッポーに乗り込んでからようやく1時間が経ったところである。


 俺たちは朝食に食べた肉じゃがニック・ジャガーのおかげか、すっごく眠くなっていたりする。


「ふわあああ。まだつかねえのかなあ……。懐中時計オ・クロックが狂ってないなら、1時間経過ってところだけどよお」


「うふふっ。昔の懐中時計オ・クロックはゼンマイ式だったので、2~3時間で数分ほど、狂うのは当たり前でしたけど、最近の懐中時計オ・クロックは魔法結晶が使われているので、かなり正確になってきていますわ? もう1時間ほど、我慢なのですわ?」


 ちなみにご家庭でつかっている壁掛け時計もあるんだが、こちらのほうは鳩時計ポッポ・クロックと呼ばれており、うちではアマノの使い魔である鳩のまるちゃんの住処となっているわけだ。原理はよくわかってないのだが、この壁掛け時計に鳩を仕込んでおくことにより、0時ちょうどとか1時ちょうどとかになると中に居る鳩がポッポー! ポッポー! と時間をお知らせしてくれるわけだ。


 まあ、嘘だけどな!


 鳩時計ポッポ・クロック懐中時計オ・クロックと同じく、分を表す短針と、時を表す長針が着いており、その短針と長針で今、何時なのかわかるわけだ。昔はどちらもゼンマイ仕掛けで、少々、精度が悪かったのだが、魔法結晶のおかげで、かなりそれが良くなったのである。


 何故、ご家庭用の壁掛け時計が鳩時計ポッポ・クロックと呼ばれるとかいうと、職人たちが、木彫りの鳩を仕込んだことによるものだ。先ほど嘘だといったのは「生きている鳩を仕込んでいる」といった部分である。


 最近は職人も色々と手を込んだことをしており、小さい人形が踊り出したりとか、木彫りの鳩以外の鳥の模型で時間をお知らせしてくれたりもする。


「魔法結晶が懐中時計オ・クロックに仕込まれて、時間が正確にわかるようになったのはいいけれど、やっぱり、ゼンマイ式も味があったよなあ。時計職人がひとつひとつ、手作りしてたやつ。もし、俺の貯金に余裕があったら、金貨10枚(※日本円で約100万円)くらいのとか買ってみたいぜ」


「うふふっ。殿方はそういった機械仕掛けのおもちゃが大好きですわね? あまり団長の真似をしてはいけませんわ? あれはB級冒険者以上や、大会社の役職持ち以上の方々のお金がかかる趣味なのですわ?」


「ウキキッ。団長の懐中時計オ・クロックのコレクションの数々には思わずヨダレがこぼれそうなのです。自分もひとかどの冒険者になったら、是非、ゼンマイ式の懐中時計オ・クロックが欲しいところなのですウキキッ!」


 そうである。魔法結晶が懐中時計オ・クロックに仕込まれるようになってから、懐中時計オ・クロックは値段が安くなり、一気に庶民に広まったのだが、ゼンマイ式のほうは時計職人が手間暇かけて作られているという付加価値が逆についてしまい、値段が一気に上がったのだ。ゼンマイ式は安いものでも金貨3枚からのスタートであり、金貨10枚以上となれば、そうそう手が出ないものになってしまったのだ。


 ちなみに魔法結晶式の懐中時計オ・クロックは銀貨10枚(※日本円で約1万円)から買えるのだ。前にも言ったが、魔法結晶への魔力の注ぎ込みは、魔力回路の開放を行っていないニンゲン族でも可能であり、魔力切れで懐中時計オ・クロックが使えなくなるといった心配はないわけである。


「さて、あと1時間ってところだけど、ユーリとこっしろーはスヤスヤと寝ちまってるし、どうしますかねえ?」


「うふふっ。トランプと花札を持ってきていますが、どちらにしますか? ちなみに賭けをしても良いですが、私が圧勝してしまうので、二人とも嫌がりそうなのですわ?」


「ウキキッ。賭けをしない時はそれほど、アマノ殿は強くないと言うのに、一旦、何かを賭けた場合には、無類の強さを誇るんですよね。酒場でパンツ一丁にされたのは良い思い出なのですよウキキッ!」


 そうである。ヒデヨシも結構、カードゲームには自信を持っていたのだが、とある日、草津クサッツの街の酒場で脱ぎカードゲームをしていた時に、アマノがひょっこり現れて、ヒデヨシが鼻息を荒くして、全部脱がしてしまっても良いのですよね!? ウキキッ! って意気込んでいたのだが、パンツ一丁にされたのはヒデヨシのほうであった。


 その時はまだ、アマノはうちの一門クランに所属していたわけではなかったのだが、その圧勝ぶりにいたく感動した団長がアマノを【欲望の団デザイア・グループ】に引き抜こうと考えるようになったわけだ。


 ちなみにヒデヨシもその時は、アマノとはまた違う一門クランに所属していたわけだが。ヒデヨシパンツ一丁事件は、かれこれ3年ほど前の話になるんだよなあ。時が経つのは早いもんだぜ……。


「ヒデヨシが【欲望の団デザイア・グループ】から飛び出していったのが5年前で、アマノにパンツ一丁にされたのが3年前。そこから半年も経たないうちにアマノが【欲望の団デザイア・グループ】に引き抜かれたのかあ」


「うふふっ。あの時の団長は自らの欲望の炎に身を焼いていましたわ? 今は若干、丸くなったような印象を受けますけど、それはただ、表面にあまり出していないだけなのですわね?」


「そうだな。外見だけはひとあたりがだいぶ良くなってきたけど、10年来の付き合いの俺にはわかるぜ? 中身は全く変わってないぞ、団長は。欲しいモノがあれば全てを手に入れなきゃ気が済まないのは全くもって変わってないな」


「ウキキッ。さすがは【欲望の団デザイア・グループ】と一門クラン名をつけるだけはあるのですよ。一度、手放したわたくしをあの手この手でまた、再び、一門クランに招き入れるあの手腕には脱帽なのですよウキキッ!」


 ちなみに他の一門クランから自分のところの一門クランに引き抜く際には、人的トレードと金銭トレードの2種類があるわけだ。そりゃ向こうも生活がかかってんだ。無料ただで有能な人物を放出するわけがない。


 ただまあ、ヒデヨシはC級冒険者だったことと、その時、所属していた一門クラン内でも浮いた存在であったため、向こうとしては金銭トレードで放出することにはあまり反感は持たれなかった。


 だが、アマノはB級冒険者で現役バリバリなのだ。本当に揉めに揉めて、じゃあ、アマノを渡す代わりに、そっちからはB級冒険者のミツヒデを寄越せって言われたらしい。アマノは支援特化型であり、ミツヒデは攻撃特化型である。本来なら同じ支援特化型である団長の嫁のヨシノさんが候補にあがるはずなのだが、さすがにひとさまの嫁を寄越せとまでは言えるわけがない。だからこそ、ミツヒデにお鉢が回ったのだ。


 だが、ミツヒデは実力主義の【欲望の団デザイア・グループ】をいたく気に入っており、絶対に、よそには行きたくないということになった。


 まあ、そりゃそうだろうな。他の一門クランの大半は年功序列であり、いくらB級冒険者といえども、移籍した先で、でかい態度はまったくできないのだ。というわけで、人的トレードは無理との判断となり、金銭トレードと相成ったわけである。


 あと言い忘れたのだが、大抵の一門クランでは、C級冒険者以上となると、クエストの上がりの1割から2割を所属する一門クランに納める必要がある。何割を一門クランに納めるかは、一門クランそれぞれなので一概に1割から2割とは言えないのではるが、まあ、3割も取れば、冒険者自らその一門クランから逃げ出すのは必定なので、一門クラン側からも強く言えないのが現状であったりもする。


 もちろん、モンスター撃退や討伐による報奨金の一部を所属する一門クランに納めることもある。ただまあ、そこも一門クランと冒険者たちのふところ事情も関わってくるので、それぞれの一門クランごとに何割かと変わってくることは詳しく説明しなくても、わかってもらえるだろう。


 というわけで、アマノは向こう5年は確実に稼いでくるであろうクエスト報奨金の2割分をうちの団長が支払うという金銭トレードで手に入れたのであった。もちろん、金銭トレードで解決したのには理由がもうひとつあるのだが、それはまたの機会に触れることにしよう。

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