第23話 神帝暦645年 8月15日 その16

「ピンポンパ~ンポ~ン。【欲望の団デザイア・グループ】のツキトさん、アマノさん、ユーリさん。検査結果が出たので3番窓口まで来てクダサイ~」


 おっ? ヨンさんの準備ができたのかな? しっかし、この機械音は何なんだ? どうせなら、もう少し、趣きのあるやつに変えてくれないかなあ?


「うふふっ。管に声を通すと、どうしても声が変調してしまうみたいですわ? でも、なぜ、ぴんぽんぱーんぽーんって、自分の声でしゃべっているのですわ?」


「そりゃ、木琴も無料ただじゃないからなあ? 叩きすぎて1年前にぶっ壊れたんだったじゃなかったっけ?」


「あの音が良かったのですわ? きんこんかんこおおおんって、なかなかの良い音色だったのですわ?」


「まあ、冒険者ギルドもかつかつで運営しているってことだろ。去年からの景気悪化で普通の職にあぶれたやつらが、冒険者になろうと思って、ギルドの門を叩いてるって話だぜ? ったく、命のやりとりを軽く考えやがって。若いうちは普通の仕事について、青春に明け暮れてくれよな?」


「うふふっ。それをユーリに言えるのかしら?。あの娘は、自ら望んで冒険者の道を選んだのですわ。他の冒険者たちと一緒くたにしないほうが良いのですわ?」


「ああ、それもそうだな。ユーリの前ではこんなこと言えないな。すまねえ。俺はちょっと軽く言い過ぎてたわ」


 アマノの諫言を俺は素直に受け入れることにする。ユーリはユーリなりの考えがあり、この冒険者稼業の世界に飛び込んだことは、それとなく俺はアマノからは聞いていたからだ。ダメだな、俺は。中途半端な気持ちでやっていけるほど甘い世界でないことは俺自身が重々承知しているっていうのにな。


「まあ、それはそれとして、自分の娘が大怪我をするかもしれない冒険者稼業に身をやつすのは、親の私たちとしても、憂慮してしまうのですわ」


「そりゃそうだ。自分の子を大切に思わない親なんて、そうそう居ないもんだしな。さて、受付に行って、報酬をもらって、そのあとは銭湯にでも行くかあ。家の風呂じゃ、足を伸ばせないからなあ」


「うふふっ。では、ツキトには、これから大儲けでもしてもらって、足が伸ばせるほどの家を建ててもらいますわ?」


「そりゃ無理ってもんだぜ。俺程度の稼ぎじゃ新築の家を建てれたとしても、足を伸ばせるまでの風呂付は、はっきりと言ってきついぜ。ユーリにB級冒険者になってもらって、ついでに新築の家を建ててもらったほうが早いかもな?」


 そんな冗談を2人で言い合いつつ、俺とアマノは冒険者ギルドの2階の一室から出て、階段を下りる。するとだ、ユーリはすでに3番受付の前で待ち構えてるなあ。嬉しそうに手を振ってやがるぜ。


「お父さんー。金貨が袋にぎっしりだよー! これ、1袋に100枚で4袋だよー!?」


「そんなに喜色ばるなって。なあ、ヨンさん。振り込みを頼んでおいたのに、なんで現金なんだ?」


 受付のカウンター越しの椅子に座るヨンさんの顔を俺はジロリと睨んでしまう。仕事はきっちりしてもらいたいモノだぜ。なんのために、待たされたのか、まったくもって、理解できねえよ。


「ツキトさん、そりゃ、あっちのほうの処理に時間がかかるからやで。あんな金額、銀行に預けようものなら、わい、そっちのほうで手一杯になって、上手いこと、ごまかしできなくなってしまうやんか?」


 俺が睨んだモノだから、ヨンさんはうっさいボケと返した後に、そう説明してくれるのであった。ああ、なるほどなあ。つい、うっかり、まとめて処理しようものなら、手違いが起きて、とんでもないことになっちまう可能性が出てくるもんな。


「はいよ。事情はわかったぜ。ヨンさん。睨んで悪かった。じゃあ、この量の金貨を持って、銭湯なんかに行ったら、どうぞ、盗んでくださいって言っているようなもんだなあ。うちの一門クランの館でも行って、金庫にでも放り込んでくるかあ」


「うふふっ。それが良いのですわ。どうせ、団長にはバンパイア・ロードのことを話しておかなければなりませんし」


「団長、喜んでくれるかなー? あたしたち5人であいつをふっとばしたってことー!」


「そりゃあ、喜んでくれるだろう? 普通、A級冒険者でもない限り、あのレベルのバンパイア・ロードなんかに出会ったら、即死もんなんだぜ?」


 バンパイア族の頂点に君臨するバンパイア・ロードと言えども、強さにはバラつきがある。さきほど、対峙したあいつは、今まで俺が視てきたバンパイア族の中で1番と言っても良いほどの強さを持っていた。


「本当に運が良かったのですわ? あのヒトは、まったくもって、本気を出してくれていなかったのですわ?」


「えっ!? そうなのー? あいつ、めっちゃくちゃ本気を出してた気がしてたよー!?」


「そんなわけがあるかよ。あっちから手を出してきたのなんて、精々、男性陣に精の吸収ドレイン・タッチをしたくらいなんだぞ? 精の吸収ドレイン・タッチは、バンパイア特有のお遊びなんだぞ?」


「そっかー。あれはあいつにとってお遊び程度だったのかー。うーん、あたし、バンイパイア・ロードにもてあそばれたんだねー?」


「そういう誤解を産むような発言をするんじゃねえ! ったく、誰だよ、こんな変な言葉をユーリに吹き込んだのは!」


「それは多分、ツキトと団長の影響だと思うのですわ?」


「えええっ!? 団長はともかくとして、俺まで、ユーリに悪影響を及ぼしているって言いたいのか? アマノは。あああ、俺、ショックで三日ほど立ち直れないぜ」


「三日で立ち直る程度なら、別段、心配はいりませんわね。さて、さっさと【欲望の団デザイア・グループ】の館へ行きますのですわ? こんなにもの大金を長時間、持ち歩くのは嫌ですわ?」


 アマノに促されて、俺たちは自分たちの所属する一門クランの館に向かうわけである。しっかし、いくら冒険者ギルドに近い方が良いからって、歩いて10分もしないところに一門クランの館を建てますかねえ? うちの団長さまは。


 この辺りは、一等地ってわけではないけれども、そこそこ、土地の価格が高かったはずだぞ? しかも、コネでもない限り、買うこと自体が難しいはずだぜ?


 まあ、おかげで治安が割と良い方だから、女性の身であるアマノとユーリにとってはありがたい話ではあるのだが。


 さて、そんなことを考えながら道を歩いていれば、ほら視えてきた。悪趣味な角? みたいなもんをつけた入り口の門が。なんだよ、この趣味。団長が言うにはシカツノとか言う鹿シカッのオスの角をあしらったものらしいんだが。


「ふうふう。金貨100枚って結構、重いんだねー。これが命の重みってやつなんだねー」


 なんで、そこで哲学的表現を使ってんだよ。


「うふふっ。ユーリはなかなか面白い表現をしますわね。確かに、このお金のおかげでこれからも美味しいご飯を食べれるのですわ? 久しぶりに子豚さんの丸焼きでも食べましょうか?」


「子豚の丸焼きかー。あたし、モモ肉を重点的に食べたいー!」


「うふふっ。では、私は肩肉をいただきたいのですわ?」


「ちょっと待てよ。なんで、そんな豚さんのお肉の美味しいところばっかり、お前らは進んで選ぶわけよ? 俺だって、モモ肉と肩肉が喰いてえよ!」


「残念でしたー。早いモノ勝ちですー。お父さんは、豚足でも食べてれば良いのー」


 くっ! 年頃の娘を持つ世の中のお父さんは、毎日、こんなつらい気持ちを味わっているのですか!?


「あらあら。喧嘩をしてはいけませんわ? ツキト? 私の分をわけますわ? ひと口分だけですけど」


 くっ! 結婚2年目の嫁さんを持つ世の中のお父さんは、毎日、こんなにも嫁さんにいびられる生活を送っているのですか!?


「おやおや。あなたたち、何を館の前で騒いでいるんですか? ふわあああ」


「おっ。団長。今、起きたばっかりなのか?」


 団長が紫色のナイトキャップを被ったまま、2階の窓から顔を出し、俺たち3人に声をかけてくるのである。


「もう17時をまわりましたからねえ。そろそろ起きて、夕飯を食べて、行く準備をしないと間に合わなくなってしまいますからねえ? ふわあああ」


「おう、夜番は頼むぜ? 団長。今夜はスペシャルゲストが登場するみたいだからよ!」


「スペシャルゲスト? 一体、お盆の夜に誰が来るんですか? やってきたとしても、御先祖様たちのゾンビくらいじゃないんですか?」


「いやいや。今年のお盆はすごいぜ? なんたって、昼間っから、バンパイア・ロードが出てきたしな!」


 俺の言いに、団長が、はああああ!? とすっとんきょうな声をあげている。


「ちょっと待ってくださいよ? バンパイア・ロードが出たんですか? それも昼間の草原地帯に? 前代未聞も良いとこですよ!?」


 俺たち【欲望の団デザイア・グループ】が守備を任された土地は、草津クサッツから南に5キロメートル下った、見晴らしの良い平原地帯であった。だからこそ、そこにバンパイア・ロードが現れたことに団長は眼を白黒させているわけなのだ。


「ああ、マジもマジだぜ! しかも、そいつを俺とアマノとユーリ、そしてヒデヨシ、ミツヒデの5人で撃退したんだからよおおお!」


「さすがにそれは嘘でしょ? 先生、騙されませんからね?」


 団長が何を言ってやがんだこいつらという顔をしている。俺たち3人はニヤリと笑い、肩下げカバンから金貨の詰まった袋を取り出し、それを手に持ち、高々と掲げる。そして、それをジャラジャラと振り


「バンパイア・ロードを撃退して、金貨400枚、ゲットだぜーーー!」


「うふふっ。金貨400枚、ゲットなのですわーーー!」


「このお金で今夜は子豚の丸焼きを食べるんだもんねーーー!」

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