第13話 神帝暦645年 8月15日 その6

 バンパイア・ロードが両腕を自分の身体の両脇、斜め前に構えながら、ゆっくりと俺とアマノがいる方向に近づいてくる。俺と奴との距離はざっと10メートルと言ったところだ。俺は腰をやや落とし、約3メートルある槍の中ほどを両手で握り、穂先を奴の方に向ける。


 バンパイア・ロードの口の端がニヤリと釣り上がる。ちっ。仕掛けてくるなら、いつでもどうぞってことかよ。余裕しゃくしゃくだなっ。だが、てめえがあと5メートル、こちらに向かって歩いてきてくれるなら、こちらとしては願ったりかなったりだ。


 俺はじりじりと両足を後方にずらしながら、目の前のバンパイア・ロードと一定の距離を空けたままにする。


 俺の後方、約5メートルにはアマノが弓に矢を5本つがえて待機していた。いくら、バンパイア・ロードが魔法で矢を防ごうが、アマノは最高5連続の矢を射ることが出来る。それを警戒しての奴のこのゆっくりとした前進速度なのであろう。


 アマノの弓矢を使う技術は、連射力においては、弓を得意とするエルフにはやや劣るが、風の神舞ウインド・ダンスを矢に込めることにより、威力においては並より上のエルフと互角にやりあえるほどに達している。


 まあ、それでもハイ・エルフと比べれば、アマノの弓の腕前など彼らにとって児戯に等しいと一蹴されてしまうのだが。なんだよ、ハイ・エルフ。あいつら、アマノの風の魔力B級の威力を乗せた矢と互角以上の攻撃力を出しながら、さらに10連射は当たり前ときたもんだ。


 昔、三河ミッカワのエルフの集落に間違って侵入した時に、あいつらのおさのひとりであるハイ・エルフのセナ姫にえらい目を見せられたからなあ。団長から聞いた話、ハイ・エルフともなると、弓矢の射程距離が500メートルに達するらしく、しかも10連射なので、面で射ることが可能になり、さらに割と狙いも良いらしく、その矢の攻撃をかわすのにえらく難儀するって団長がこぼしてたな。


 でも、その特性をぶっ殺すにはお似合いの森の中でエルフは生活しているから、頭がおかしいんじゃねえの? って常々、思うんだよな。そりゃあ、あいつらの村の中は、森の木を伐採して、家を建てている。だが村のところどころに木は残してあり、そこからエルフたちは得意の弓矢を放ってくるため、防御には非常に優れた集落であることは間違いない。


 しかしだ。敵が森に紛れ込めば話は別だ。あいつら、森を好む割りには、その森には手入れをしないんだよ。だから、矢を敵に当てるためには、障害物が多すぎて、まったくもって、その弓の腕前を発揮できていないんだよな。宝の持ち腐れって、本当にあのことを言うんだろうなあ?


 おっと、しまった。今は戦闘中だぜ。何、他のことを考えてんだ。闘いに集中しろ、俺!


 って、やけに素直にバンパイア・ロードが俺の後退に付き合って、ゆっくりと前進してくるんだよなあ。こいつ、アマノが仕掛けた罠を気にしていないのか? それとも、まったく気づいていないのか? どっちなんだ?


 俺は後方3メートルに位置するアマノに声をかける。


「なあ、アマノ。バンパイア・ロードとなると、元々、持っている魔法耐性ってどれくらいになるわけなんだ?」


「うふふっ。バンパイア・ソンチョウで2割カット。バンパイア・チョウチョウで4割カットと言われているのですわ。そこから推測するに6割カットと言ったところでないでしょうか? でも、あの右腕に巻き付けられた呪符の量から考えれば、下手をすれば8割カットなのかもしれませんわ?」


 8割も魔法の威力をカットすんのかよお。それじゃあ、魔力C級程度の俺が相手なら、恐れるに足りずってことなのか? ちっ、相手が余裕しゃくしゃくってのもうなずけるぜ!


「おい。てめえ。もしかして、俺の企みを見抜いてんのか?」


「ふむっ? 何か、やってくれるのであるか? われはお前とその後ろの三十路女が、槍と弓矢の連携で対抗してくるものだと予想しているのである。まさか、何か他の方法を準備してくれているのであるか?」


 あっちゃあああ。完全に藪をつついて魔法の杖マジック・ステッキだったわあああ。このバンパイア・ロードは純粋に近接戦闘に特化したタイプで、からめ手を使う感じじゃないのか? だから、こちらが罠を仕掛けたとしても、そんなの喰い破ればよかろうなのでもうすのカツイエ殿と同じ、筋肉バカの可能性がでてきたぞ?


「まあ、何を用意しているかはわからぬであるが、罠であれば、それごと喰い破ってやるのである。われが罠如きで破れるとは思わないことである!」


 これは確定ですわ。知的に視えていたが、こいつは筋肉まで脳みそが構築されているんだ。だから、さっき、後頭部が破裂して、そこから脳漿をダラダラと流していても、全身の筋肉組織が脳組織の代替をしていたから、流暢に言語を口から発することができたわけだな? やっと、謎が解けたぜ!


 ってことは、カツイエ殿も脳漿が飛び散ろうが、普通に戦闘可能ってことか。やっぱりA級冒険者ともなるとニンゲンをやめていると言われるだけはあるぜ。俺、カツイエ殿に逆らうのは今後、やめておこう、うんうん。


 っと、また、戦闘中に要らぬことを考えていたぜ。とにかく、目の前のバンパイア・ロードは罠を喰い破る気満々であることがほぼ確定の今、俺の全魔力を集中させてやれば良いってことだ。さあて、俺の魔力が尽きるのが先か、それとも、てめえの身体中の呪符が消し飛んで、さらに身体まで焼け焦げるのが先かの勝負だぜ!


「おい、アマノ、今だ!」


「はいっ! 風よ、集いて天に昇るのですわ! 風の柱ウインド・ピラー発動ですわ! 風の精霊たちよ。この場に集い、螺旋を描いて、嵐と化すのですわ!」


 アマノがそのふくよかな唇を開き、そこから力ある言葉を発する。それと同時にアマノが先ほど地面に描いておいた12個の風魔法用の魔法陣から、緑色の螺旋が産みだされるのである。そして、その螺旋の一本一本がバンパイア・ロードの身体に巻き付いていく。


「ふむっ? 風の柱ウインド・ピラーであるか? こんなもの、夏の暑さを和らげることにしか使えないのであるぞ?」


 そうなのである。バンパイア・ロードの言っていることは的を射ている。風の柱ウインド・ピラーは、風を螺旋状に吹かせる魔法なのである。だから、この風の魔法はヒノモトノ国の暑い夏を快適に過ごすためには必須と言われている魔法なのだ。


 金のある一門クランはそれぞれの館に除湿器を置いている。あれの中身は、魔法結晶と呼ばれるモノに風の柱ウインド・ピラーを仕込んであるものだ。魔法結晶は、その内側に魔力や魔法を貯めこむという性質をもっているのだ。その魔法結晶から出力を調整する機構が今から5年ほど前に魔術師サロンで発表されて、国までもが太鼓判を押し、除湿器の開発、そして量産化へと突き進んだのだ。


 いやあ、あの時の魔術師サロンの研究発表の場はおおいに盛り上がったって、団長が言っていたなあ。ここ十数年で、魔術師サロンが唯一まともな発表を行ったって話だもんな。


 ちなみに除湿器の前は、さらに数十年さかのぼっての冷蔵庫アイス・タンク及び冷凍室アイス・ルームだしな。あいつら、本当、稀に世の中に役立つ研究発表をするから、性質たちが悪いんだ。その所為で、国があの魔術師サロンは無駄だから潰そうと計画するのだが、結局、まあ、稀に役立つ研究もするのだからと、許されてきた経緯があるんだよなあ!


「で? これで種明かしは終わりなのであるか? つまらないのである。期待しただけ損だったのである」


「へへっ。そんなにがっかりするんじゃねえよ、バンパイア・ロードさんよ。これは前座だよ。本命は俺がこの風の柱ウインド・ピラーに火をつけるってことだぜ?」


「ま、まさか!? 貴様、正気であるのか!? ここら一体が火の海に包まれることになるのであるぞ!」


 へっ! 今更、驚いたって遅いぜ! 後悔はあの世に逝ってからするんだな! 俺は袖なしジャケットの左ポケットからありったけの呪符を取り出し、風の柱ウインド・ピラーによって吹き荒れる風に乗せていく。


「炎よ、敵を包み込め! 炎の柱ファー・ピラー発動! そして、これはおまけだ! 出でよ、炎の人形! 炎の演劇ファー・シアタ発動!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る