ー薫風の章ー

第1話 神帝暦645年 8月8日

「おい。ユーリ、アマノ! そっちに数匹、逃しちまった! すまねえ、対処をお願いするぜ!」


「うん、お師匠さま、わかったー! 風よ、錫杖しゃくじょうに巻き付けー! 風の神舞ウインド・ダンス発動ーーー! 生意気なコボルトめー! かかってきなさいー!」


 神帝暦645年 8月8日。満月の8月15日まで1週間。ついに今年の【お盆進行】が始まったわけである。俺、ユーリ、アマノ、そして団長と団長のハーレム要員のひとりであるヨシノさん、さらには【欲望の団デザイア・グループ】のA級冒険者であるカツイエ殿が昼から夕方までのモンスター討伐を行っている最中である。


 ちなみに、俺たちが戦っている場所は草津くさっつの街から5キロメートル南に下った、平地地帯であり、広葉樹ががまばらに生えており、さらにここから東に約1キロメートル行った先には小高い山と森がある。


 この時期は帝立鎮守軍も出張っており、彼らは東からのモンスターの侵入を防ぐためにも草津くさっつから東150キロメートルにある関ヶ原セッキ・ガハーラの地を中心に布陣している。


 冒険者は林や森から飛び出してくるモンスターを各街へ近づかせないようにと闘うわけである。


「うふふっ。ユーリは元気なのですわ。では、私は右の2匹を片付けますわ! 風よ、矢に加護を! 風の神舞ウインド・ダンス発動ですわ!」


 大別すると犬種族でありながら、後ろの2本足で立って走るコボルト3匹が相手なわけだが、あの2人なら大丈夫なはずだ。俺は団長と共にこれ以上、後ろにコボルトたちを逃さないように気をつけないとな!


 ちなみにアマノの適正武器は弓だ。放つ矢に風の神舞ウインド・ダンスを込めて、ダメージをアップさせている。アマノはさらに速射を得意としており、間断なく5連射までなら可能なのだ。さすがは俺の嫁。頼りにしてるぜ!


「ツキトくん。後ばかり見ていてはいけませんよ? カツイエくん、先生の攻撃に合わせて、あのコボルトの一団に斬りこんでいけますか?」


「ガハハッ! それは出来るでもうすが、我輩がツッコめば、逆に集団は散り散りになり、対処が難しくなるのでもうす。ここは、包囲をするように追い詰めることを提案させてもらうでもうす!」


「なるほどですね。さすがいくさ上手のカツイエくんです。では、そのように運びましょうか。ヨシノくん。得意の鞭でカツイエくんとともに左翼から追い立てるようにお願いします。モンスターが草津くさっつの街に行かないことを最善としましょう!」


「ハイ! わかったのデス! ヨシノはノブちゃんの指示に従いマス! カツイエちゃん、ヨシノの援護をお願いシマス!」


「ガハハッ! 任されたのでもうす。では、殿との、そしてツキトよ。ここは任せたのでもうす。行ってくるのでもうす!」


 カツイエ殿がそう言うと、のっしのっしと歩きながら、左翼に展開していくわけだが、いっつ見ても筋肉がしゃべって、筋肉が鎧を着てて、筋肉が大岩のような戦斧を持っているようにしか見えんわ。


 カツイエ殿はさすがにA級冒険者なだけあって、身体から発せられるオーラが半端ねえぜ。腕相撲をするのでもうす! 我輩に勝利したら、好きなだけ酒をおごってやるでもうす! とか言って、酒場で腕相撲による賭けをしているわけだが、カツイエ殿に勝った奴なんて見たことないもんなあ。


 今では地元の奴らはそれを知っているから、ふらっと草津クサッツの街にやってきた徒党パーティくらいだもんな。カツイエ殿の勝負を受けるっていう命知らずはなあ。


「ツキトくん? 何を物思いにふけっているんですか? カツイエくんとヨシノくんが左翼から追い立ててくれると言うことは、右翼であるこちらにコボルトの群れがやってくるってことですよ? ぼさっとしていてはダメですよ?」


「ああ、すまねえ、団長。つい考え事をしてたわ。で、この戦況をどう見てんだ? 団長は」


「うーーーん、そうですねえ。まだ8月8日ですから、なんとも言えませんねえ。うちの一門クランでクエストに出ていないひとは全員強制参加としていますが、1日中、闘うことなんてできませんからね。6人ずつ交代で1日3交代と言ったところですね」


「まあ、そこが妥当ってところだな。明け方組と日中組は良いけど、夜組はどうすんだ? あっちの方は大変だろう?」


 お盆進行では、どこの一門クランでもE級冒険者ですら、ほぼ全員、参加することになる。そうでもしないと、とてもではないが、森や林、沼、墓場から次々と湧き出てくるモンスターに対処できないからである。【欲望の団デザイア・グループ】でも、その辺りの事情は変わらない。さすがに継続的戦闘をE級冒険者にずっとさせるわけにも行かず、彼らは主に補給等のサポート役に回されるのだがな?


「まあ、完全に昼夜逆転することになりますね。モンスターとの闘いうんぬんよりも、体調を崩さない事を祈っていますよ。あと、夜組にはヒデヨシくんとミツヒデくんに頼んでいます。彼ら2人は相性が良いのでなんとかしてくれるでしょう」


「なるほどな。あいつら、しんどいところに回されるのが定位置だもんな。まったくヒデヨシも、【欲望の団デザイア・グループ】に出戻りしてきて、いきなり、お盆進行のさらに夜組に回されるなんて思ってもみなかっただろうな」


「まあ、ヒデヨシくんは実質B級冒険者になろうと言えるほどの実力はあるのですし、これも経験ですよ。このお盆進行が終わったら、一門クランから正式に冒険者ギルドへB級昇格試験を受けれるように配慮しておくことを約束しましたしね」


「ヒデヨシは大変だなあ。前の一門クランでは、一切、その辺、都合してくれなかったんだろ? ひどい話だぜ。っと話の途中で何、攻撃してくれてんだよ!」


 ウギギギ。ウワン、ウワン! と、棍棒を右手に持ち、それを振り回しながら、コボルトが3匹、俺に襲い掛かってくるわけである。しかしだ。俺もC級冒険者の端くれだ。奇襲にもなってないようなコボルトたちの攻撃に臆することなどない!


「出でよ、炎の人形! 炎の演劇ファー・シアタ発動!」


 コボルトたちの突進をかわしつつ、俺が力ある言葉を口から発すると同時に、右手から投げた3枚の呪符が炎に包まれて燃え上がる。そして、ゆらゆらと揺らめく炎の人形が6体、精製されることになる。


「よっし、コボルトを捕まえろ! 1匹に2体でだ! そのまま、こんがり焼けるまでじっくり地獄を見せてやれ!」


「ふう。ゆっくりおしゃべりも出来ませんね。では先生も魔法を使わせてもらいますか。さて、どれが良いですかねえ。あんまり、コボルトがぐちゃぐちゃの肉片になってもらっても、後片付けが大変ですし。まあ、これが妥当と言ったところでしょうか? 土くれ人形よ、敵を薙ぎ払いなさい! 石の虚像ストン・アイドル発動ですよ!」


 団長がそう力ある言葉を口から発すると同時に、地面にばらまかれた呪符を起点に地面が隆起してくる。ったく、なにがコボルトがぐちゃぐちゃの肉片になったら困るだよ。おもいっきりぐちゃぐちゃにする気まんまんじゃねえか! 石の虚像ストン・アイドルで精製された石像でコボルトが殴られたら、思いっきり、頭がスイカのように破裂して、脳漿をぶちまけちまうだろうが!



☆☆★☆☆



「うっわ。団長とお師匠さまのところ、ぐっちゃぐちゃの肉片が山のように積み上がっていくよー? あたし、あんまりグロ耐性はないんだよー。嫌だなー」


「うふふっ。今の内に慣れておくと良いのですわ? 冒険者と言うモノは倒したモンスターから剥ぎ取りをしたりするのですわ? その素材が意外と良いお小遣い稼ぎになるのですわ。日々の食事におかずが1品増えることになるので、進んで素材は集めておいたほうが良いのですわ?」


「なんか、モンスターよりニンゲンのほうがよっぽど野蛮な気がしてきたよー……。でも、おかずが1品増えるのは良いことだねー。あたしも頑張らないとー。ちなみにコボルトの素材って何がお勧めなのー?」


「そうですわね。コボルトは光り物が好きで、それを集める習性があるのですわ? だから、たまに高価なネックレスや指輪をつけているコボルトがいるのですわ。それを失敬させてもらうのが1番ですわ?」


「うわー。本当に盗賊か何かだよー、あたしたちー。冒険者が下手をすると夜盗くずれだって言っていた団長の言葉の意味がわかった気分だよー」


「あらあら? 冒険者が生活していくには仕方ないことですわ? それに、コボルトたちがもっている装飾品も、元はニンゲンの持ち物だったりしますのですわ。たまにクエストで、モンスターに奪われたモノを奪い返してほしいと言ったモノもあるのですわ」


「なるほどねー。あっ、アマノさん。3匹ほどこっちに抜けてきたよー。次は2匹をあたしに回してもらっても良いー?」


「あまり2匹を同時相手をするのはお勧めしませんわ? 援護として、コボルトたちの左腕を射抜いておきますわ? それで良いですわね?」


「うん、わかったよー、ありがとー、アマノさん。じゃあ、ちょっと行ってくるー!」


 ――ユーリはアマノにそう告げると、2メートル半もある錫杖しゃくじょうと呼べるシロモノかどうか怪しいものを両手でしっかりと握り、自分たち2人に迫りくるコボルト2匹に果敢に挑みかかって行くのであった――


「あらあら。飛び出して行ってしまったのですわ。ツキトが見たら、私が怒られてしまうのですわ。さて、上手く当たると良いのですが。まあ、2匹のうち、1匹でも片腕が使え無くなれば上等なのですわ。風よ、矢に加護を! 風の神舞ウインド・ダンス、発動ですわ!」


 ――アマノが弓につがえた矢に呪符を巻き付ける。アマノが風の魔法を発動すると同時に、矢自体の攻撃力を跳ね上げるための螺旋状の風が矢全体に巻き付くのであった。それをアマノは5連射し、次々とユーリに向かっていくコボルトたちの左腕、左肩などに命中させるのであった――


「おおー! ナイス援護だよー、アマノさーーーん! よーーーし、あとはあたしの出番だねーーー! いっくよーーー。風よ、錫杖しゃくじょうに巻き付けー! 風の神舞ウインド・ダンス発動ーーー! そして、おまけの水の洗浄オータ・オッシュだよーーー! 溺れ死んじゃえ、犬っころーーー!」

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