第5話 神帝暦645年 4月30日

「ああ、死にかけの魔王が道端のどこかに転がっていませんかねえ?」


「約100年前に魔王が倒されてから、今日、この日まで、アレが復活したと言う話は聞いてませんわよ? ツキト?」


 ちっ。魔王、いねえのかよ! しっかりしろよ! 俺の一攫千金の夢が一瞬でパアじゃねえか!


「まあ、そんなことはどうでもいいか。それよりも、アマノから見て、ユーリの魔法の才能はどう映って見えるんだ?」


 今日から、俺が世界で一番愛しているアマノがユーリの訓練へと合流するのである。俺はアマノと打ち合わせをするためにも、ユーリに自主練でもしておけと言いつけたあと、ユーリの訓練と関係ないことを俺は口走っていたりするのである。


「うふふっ。才能だけで言わせてもらえば、水、風ともに魔力A級へと上がることは可能ですわ? でも……」


 でも? でもなんだ?


「本人が支援を得意とする水と風の魔法を攻撃に使えないかの方向で情熱を燃やしているのですわ? 才能の無駄遣いとはまさにこのことですわ?」


 ああ。やっぱり、そこだよなあ。本人は攻撃魔法に特化したいと願っているようだが、そもそもの適正が水と風だもんなあ。


「水の魔法は治療特化だし、風の魔法は支援特化だし。うーん、合成魔法ともなれば、色々、出来るんだが、たった1年で身につくわけでもないからなあ?」


「うふふっ。そうですわね。合成魔法は想像力と経験がモノを言うんですものね。こればっかりは実践を経験しないことには、どうにもなりませんわ? でも、研究機関に入れば、そうとも限りませんけどね?」


「まあ、経験に学ぶのは良いこともあれば、悪いこともあるからなあ。うーーーん。当初の予定通り、各系統の魔法をできるだけ深く、学ばせるほうが良いのかなあ?」


「それも本人次第だと思いますわよ? もしかしたら、水の魔法でも有用な攻撃魔法を編み出す可能性だってありますしね?」


「それが1年って言うタイムリミットがないのなら、俺だって、そうさせるさ。でも、団長は1年以内にC級冒険者並に育てろって言うんだぜ? むちゃくちゃすぎるぜ……」


 そこそこの才能があるモノなら5年でC級冒険者になることは可能である。団長のようなとびぬけた才があるようなモノなら、C級冒険者まで3年余りってところだな。


 ユーリは現時点では魔力においては将来が明るいのだが、その桁違いの魔力でもってしても、この1年だとD級冒険者昇格の試験に合格するかどうかが怪しいといったところが現実なのである。


「あらあら。文句を言っても始まりませんわ? とりあえず、水の魔法と、風の魔法の基本となるモノを叩きこみますわよ?」


「まあ、そうするかあ。おーい、ユーリ。そろそろ、独学はやめて、こっちにこーい。みっちり、治療魔法から教え込んでやるからー」


「えええー? ちょっと待ってよー。今、何かを閃きそうなんだよー。あと15分で良いから、時間をちょうだいよー」


 あと15分で閃いたら、それこそ天才か何かだぜ。魔術師サロンや宮廷魔術師会に所属している魔法使いや魔導士たちが、長い年月をかけて、魔法の研究にいそしんでいるんだ。その結果が、水の魔法は治療系に特化していて、風の魔法は支援系に特化していると結論づけているんだぞ?


「おーーーい、ユーリ。いい加減にしとけよー? 午後3時のおやつを抜きにするぞーーー?」


「えええー!? それはひどくないかなー? 今日の午後3時のおやつは、アマノさんの手作りクッキーなんでしょー? それを食べれないなんて、あたし、不幸すぎるよーーー!」


 だったら、さっさとこっちに来やがれってんだ。まったく、世話のかかる娘ときたもんだぜ。世の中の娘を持つお父さんたちは、みんな、こんな苦労をしているのかねえ?


「あああ。もう少しで何かを閃きそうだったのにー。お師匠さまのいじわるー。で、今日は何をするのー?」


「うふふっ。今日から治療魔法を本格的に覚えてもらいますわ? これを覚えているのといないとでは、冒険者として雲泥の差となりますからね?」


「うげえええー。治療魔法なのー? どうせなら、合成魔法を教えてよー。そしたら、水と風の魔法でも攻撃魔法が使えるんだよー?」


「あらあら? そんな生意気な口を利くのは、どなたかしら?」


 や、やばい! アマノが少し怒っているぞ? これは、俺は離れた場所に退避したほうが良いんじゃないのか?


「いったああああああああああああ! ちょっと、アマノ、何、思いっきり短剣で俺の太ももを刺してんだよ!」


 アマノが右手に持っている短剣で、俺の左ふとももの肉を3~5センチメートルほど、えぐっているわけである。


「あらあら? 治療魔法を使うには、誰かが怪我をしないといけないのですわ? もしかして、私の身体に傷をつけろとでもいうのですか? ツキト?」


「い、いえ。滅相もございません」


「でも、ツキトが私に傷をつけるのは構いませんわよ? ツキトになら、何をされても許せるんですから」


「な、なんか、すっごく怖いこと言ってるよー、アマノさんが。ねえ、お師匠さまー? もしかして、結婚する相手を間違ったんじゃないー?」


 う、うーーーん。ユーリの言っていることを全力で否定できないところが悔しいぞ。アマノは思い込むと、とことんなところは知ってはいたが、まさか、ここまでとは思っていなかったな。こりゃ、少し、気を付けておかないといけないかなあ?


「ああ。本当なら、ツキトが私を鞭で叩いてくれたり、熱い蝋燭のロウを私の身体にかけてくれても一向にかまいませんのに。ツキトは本当にいじわるですわ?」


「えっ? 鞭? 蝋燭? お師匠さま、どういうことなのー?」


「おおおおおおっと! それ以上はいけない! アマノ、その話は今夜、2人の時にゆっくりしよう。な? だから、ユーリにいらん知識を与えるんじゃない!」


「あらあら。そうでしたわ。 ユーリ? これは大人になって、素敵な旦那様が出来るまで知らなくても良い知識なのですわ? 忘れてくださいね?」


「んんんー? そんなこと言われたら、余計に気になるよー」


「ま、まあ、良いじゃないか。それよりも、俺の太ももに短剣が突き刺さったまんまなんだ。そっちの方を気にしてくれよ?」


「あっ。そうでしたわ? では、治療魔法の勉強に戻りましょうね。では、ユーリ。ツキトの傷に治療魔法をかけてみてください?」


「うん。わかったー。お師匠さま、すぐに痛みを無くすからねー? んっと。まずは治療魔法に使う呪符を傷口に貼ってっと。そして、ええと。あっ、そうだ! 体内の水よ、あたしに従えー! 【水の回帰オータ・リターン】だよー!!」


 ユーリが治療魔法を発動すると同時に、俺のふとももの短剣による刺し傷が熱いようなこそばゆいような感覚に襲われるわけである。


「うーーーん。しみるわあああ。なんか、冬場に熱い風呂に入っているような気分になるなあ?」


「本当ー? お師匠さま、あたし、あっさり治療魔法を使えるようになっちゃったよー! もしかして、あたしって、天才だったりするー?」


「うふふっ。よく呪符の裏側の傷口を視るのですわ? まったくもって傷がふさがっていませんわよ?」


「あ、あれー? 本当だー。おっかしいなー? ちょちょいのちょいで傷がふさがるはずなのになー?」


 ユーリが血で染まる俺の右のふとももをまじまじと視ながら、疑問をアマノに呈するのである。ってか、血行がよくなっちまったせいで、俺の身体から血があふれ出てんじゃねえの? これ!? と俺は想っているのだが、アマノは俺の方を向かずにトクトクとユーリに治療魔法についての解説を行い始める。


「水の魔法で治療する行為とは、すなわち、身体が自然と傷を治そうとするのを、手助けするためのものなのですわ? だから、体内の液体を操作するわけなのですが、ユーリの治療魔法だと、ツキトの血行が良くなった程度で、治療とは呼べないシロモノなのですわ?」


「ううん。治療魔法、おそるべしだなー? あたし、呪符を使って魔法を発動させれば、勝手に傷が治るとばかり思っていたよー?」


「火の魔法は注ぎ込んだ魔力の分だけ、威力と具現化された炎の熱量が上がるのですわ? でも、水と風の魔法の場合は術者のイメージが特に大切になってくるのですわ。自分がどれほどの効果を、そして範囲をイメージしなければなりませんの。だから、治療魔法ひとつを取っても、その裾野は広いのですのよ?」


「じゃあ、もしかして、水の魔法を極めたら、傷口をふさいだりだけじゃなくて、腕1本を吹き飛ばされても、復元できるってことなのー?」


「そうですわね。術者のイメージをどれほど具現化できるかに大きく依存しますわね。私は水の魔力がB級ですが、時間をじっくりかければ、腕や足が失われたとしても、なんとか復元できますわ?」


「すっごおおおい! さすが、元B級冒険者だよーーー! お父さん、やったねー! これで、お父さんが夫婦喧嘩で大怪我しても、ちゃんと元通りに治してもらえるねー?」


「待て。娘よ。夫婦喧嘩で手足が失われるってのは、どんな規模の夫婦喧嘩なんだ? 俺は紅き竜レッド・ドラゴンか何かと闘っているとでも言いたいのか?」


 俺がユーリに抗議の言葉を贈ると、アマノは可笑しそうに、くすくすと笑う。その後、アマノは真面目な顔つきになり、ユーリにこう告げるのである。


「ユーリ? 少し話がずれますが、冒険者ランクと魔力ランクは比例しあう関係ではありませんわよ? 総じてA級冒険者になる人物は魔法も得意と言うひとは多くいますが、中には魔力E級でもA級冒険者になっている人物がいますからね?」


 ああ、あのひとかあ。アレは人類にカウントしないほうが良いんじゃねえのか? アマノ。例外中の例外すぎるぞ。あのひとは。

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