生と死の短いお話
青空リク
1人の男の子と仮面の彼女
高校二年の春。友達と呼べる存在が居ない僕はいつも通りの学校生活を送り、いつも通りその扉を開ける。目に入ったいつも通りでない光景。少女が涙を流しながら落ちていく。
僕は咄嗟に力を使う。視界が歪み、僕は同じ朝を迎える。鋭い痛みを感じで腕を見ると腕に真っ直ぐな切り傷が出来て血が滲んでいた。
同じご飯を食べ、同じ電車に乗り、同じ時間に学校に着く。違うのは腕の傷と僕の目が彼女を追っている事だけ。今まで関わりのなかった彼女。彼女を一言で表すなら“明るい”それだけだ。いつも笑って、周りを笑わせて、彼女の周りはいつも明るい。きっと死に1番遠いと思われているだろう。そう。自殺をすれば多くの人が「何であの子が……」とショックを受けるタイプの子。
だけど、僕は知っている。彼女があと数分で死ぬことを。
4時間目終わりのチャイムが鳴る。僕は弁当を持って、教室を飛び出し、すぐ近くの階段を駆け上がる。そして、いつものドアを開けて誰もいない屋上で彼女を待つ。
扉が開く音がして、彼女が入って来た。思いつめたように、苦しげな顔をした彼女は僕を認識した途端に、笑顔を貼り付けた。
彼女を知るほとんどの人はその笑顔を疑わないだろう。それ程までに完璧な笑顔だった。
それを見て、僕は胸が苦しくなった。理由は分からないが、彼女はずっと苦しんでいたんだ。それなのに完璧な笑顔を貼り付けて、周りを騙す。それはどれだけ辛いことだろう。
「ごめんね、小林君。ご飯食べるのに邪魔だよね」そう言って貼り付けた笑顔のまま去っていこうとする彼女。僕が彼女の表情を見る事が出来るか、出来ないかのところで、彼女の横顔からは笑顔が消え、また苦しげな表情に戻った。
「待って!」ただの野次馬。ただの興味。彼女を引き止めた理由はそれだけ。救いたい、なんて思ってない。そんな大それた事は思ってなんかない。
「何がそんなに君を苦しめてるの?」僕は聞いた。彼女は勢いよく僕の方へ振り返る。そして、その場に崩れ落ちて泣き出した。僕は彼女の隣に座り、彼女が泣き止むのを待った。「なんで知ってるの? 今まで、誰も……」それに答えず僕は聞いた。「君は今日、ここに何しに来たの?」彼女は答えた。「……さぁ。ただ空を見に来たの。なんだか自由になれる気がして」彼女は呆れたように笑って言った。「ばかだよね。そんな事しても自由になれるわけないのに。だから……」
「死のうと思った?」僕は先を続けた。彼女は笑った。「小林君はなんで知ってるのかなー。そうだね。もう捨てようと思った。全部偽物だから」
にせもの……?「人に好かれたくて自分を作った。私が作った“好かれる自分の仮面”はいつの間にか顔に張り付いて取れなくなったの。まるでそれが本当の私だとでも言うように。消えていくの。私が。本当の私が」彼女は泣きそうで、辛そうで。野次馬のはずの僕は思わず言った。「でも、今僕と話してる君は“本物”に近いんじゃないの?」
「今貴方と話している私でさえ、本物の私が分からない。だから、逃げたい」彼女はそう言った。でも、僕は知っている。彼女が逃げた所に“先”は無い。そんな事、きっと彼女も知っている。
だけど……、ならば……。
「じゃあ、僕と一緒に逃げる?」彼女は目を見開いた。「だけどね、逃げる先は過去だよ」
「過去……? 何を言っているの?なんで、助けようとするの?」僕は少し考えてから答えた。「僕はお人好しなんだ。そのせいで嫌な思いも沢山した。だから高校では、あんまり人に関わらないように過ごしてきたんだけど……、やっぱり人の本質ってそう簡単には変わらないよね」そう言い、苦笑しながら僕は立ち上がり彼女に手を伸ばす。「どうする? 戻る?」
彼女は少し間を開け、しっかりとした声で言った。「……うん。戻る」
僕の手に小さな手が重なった。
「今の気持ち忘れないで。大丈夫。変えられる。頑張れ」そう言いながら手に力を込める。身体中に激痛がはしった。
青い空に白い雲がポツリ、ポツリと浮かんでいた。
入学式当日。私はとても緊張していた。中学の時は入学の時に失敗した。人に好かれようとして、嫌われたくなくて、いい子の仮面を被ったまま3年間を過ごした。高校では本当の自分で過ごそうと心に決めた。でも、正直とても不安だ。
「行ってきます」誰もいない家に声をかけた。父も母も忙しくてほとんど家にいない。
重くて進まない足でゆっくりと新しい学校へ向かう。
唐突に強い風が吹いた。
「頑張れ」
風に乗って聞こえた声。勢いよく後ろを振り返る。……誰もいない。聞こえた声は凄く聞き覚えのある声、でも思い出そうとすればするほど頭の中をぼんやりとしたモヤがたちこめた。
ずっと考えながら歩いているうちに学校に着いた。下駄箱で靴を履き替え、教室に向かう。深く深呼吸をしてから教室の扉を開けた。自分の席を確認し席につくと「おはよう」と前の女の子に声をかけられた。
「おはよう……」笑って、嫌われないように、ちゃんと。じゃないとまたあんなふうに……。
あの子調子乗ってるよね……。ちょっと可愛いからって。
蘇る悪魔の声……。嫌だ。もう二度と。
「可愛いね!」この子の視線が怖い。「いや、そんなことないよ」
怖い……。でも……。
“頑張れ”
朝聞いたあの声を思い出した。
「あの、私、人と話すの苦手で、仲良くしたいんだけど、なんて言えばいいか分からなくて……」私がそう言うと、前の女の子は突然笑い出した。やってしまった……、そう思った。
「そんなことかー、全然いいよ! えーっと、白神 なみちゃんだっけ?」少し驚きながら答えた。「うん」
「私は佐々木 光! これからよろしくね、なみ!」
「……よろしく! ひかり」心の底から嬉しくて、初めてふつうに笑えた気がする。
私に、“本当の私”を知る友達ができた。喜びの余韻に浸っていると教室の後ろから聞きなれない音が聞こえてきた。思わずそちらを向くと松葉杖をついた男の子がこちらにゆっくり歩いてきた。
男の子は私の方を見て少し笑いながら「よろしく」と言って私の隣の席に座った。その声は朝聞いたあの声と一緒だった。
目を開けると僕の左足は動かなくなっていた。時をとぶのにはそれなりの代償を払わなくてはいけない。その代償は時をとぶ長さに比例する。
ベットの横に立てかけてあった松葉杖を使い、朝ごはんを食べ、歯を磨き、いつも通りの身支度をする。
「行ってきます」誰もいない家に声をかけてから家を出る。
慣れない松葉杖をつきながらゆっくりと学校へ向かう。その途中ずっと彼女の事を考えていた。人に嫌われるのを怖がり、常に“完璧”を演じてしまう彼女の事を。
「頑張れ」思わず呟いた言葉は強い風にかき消された。
のんびり歩いていると気づいたら学校に着いていて少し手こずりながら靴を履き替え、教室へ向かう。
少しドキドキしながら教室へ入ると彼女は前の女の子と友達になったようだった。
前に見た完璧な笑顔じゃない。それでも精一杯自分らしく、嬉しそうに笑っていた。ゆっくりと自分の席へ向かう。どうやら彼女の隣のようだ。僕が席へ向かう途中、彼女は僕を見た。
きっと覚えていないだろう。そう思いながら少し笑ってお隣さんの彼女に「よろしく」と声をかけて席についた。。
彼女は何故か驚いた顔をしていた。
それから彼女は入学式中もずっと何かを思い出そうとしているようだった。きっと無くした記憶を取り戻そうとしているのだろう。だけど僕は知っている。自由に時間を行き来できるのは僕だけ。僕以外もとぶ事は出来るけど記憶はほとんど無くなってしまう。
入学式を終え、ふと空を見上げるとあの時と同じような空が広がっていた。青い空にポツリ、ポツリと浮かぶ白い雲……。
「あの、小林君!」彼女が声をかけてきた。「ん、なに?」
「この学校って屋上いけるかな?」屋上……。彼女の記憶の名残がそうさせているんだろう。「んー、行けたと思うよ」
「じゃあ、今度一緒に屋上でご飯食べない……? あっ、でも松葉杖だと大変かな……」僕は笑って答えた。「いや、別に大丈夫だよ」
「ありがとう」そう言って笑った彼女は“本物”だった。
「なみー!! 小林君と何話してるのー?」彼女の友人だ。「あっ、今度屋上でご飯食べようって」
「えー!! いいなー、私も一緒にたべたい!!」彼女は確認するように僕を見た。「別にいいよ、僕は」
「ありがとう。じゃあ今度3人で屋上行こうか」彼女はそう言った。
「やったー!! 友達と屋上でお昼って憧れてたんだーー!!」彼女の友達の元気な声が響いた。
屋上の扉を開ける。そこには僕の友達がいる。
彼女が命を絶とうとした。
僕が1人で暇をつぶしていた。
そんな場所……。
“今度”はきっと僕らにとって大切な場所になる。
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