第4話幼年期 3

健康になるなり狩りをするべく身体を鍛えていく予定だったスカーレットだが、一人で子守婆の家を抜け出した挙げ句川で大怪我をして3日も熱を出した5歳児を熱が下がったからとあっさり外へ出してくれるほど、両親は甘くも娘のことを知らなくもなかった。

 記憶は無くとも生まれ変わっていてもスカーレットはスカーレットというわけか、本質はあまり変わりがないのかも知れない。


 つまり両親はスカーレットが怪我をしたからといって己の所行を反省して大人しくなるとはこれっぽっちも考えなかったわけだ。

 まあその通り、というか、18年分のスカーレット・オーギュスの記憶が加わった分より悪化していると言えなくもない。


「午前中は部屋で絵本でも読んでなさい。昼からは野菜運びを手伝ってもらうからね」


 寝込む前のように子守のマギ婆さん家に預けられるのだと思っていたスカーレットは母の台詞に「はぁ?」と5歳児らしからぬ声を上げて速攻で頭を叩かれることになった。

 痛い。まだ後頭部の傷は塞ぎきっていないというのに躊躇なく頭にくるとは。力はほとんど入っていない一撃ではあったが。


 だがスカーレットにとっては頭への一撃よりもマギ婆さんに預けられないという事実の方が痛かった。何故ならまた昼寝の時間に抜け出す気満々だったからだ。


「マギばあさん家には?」


 行かないの?と聞いたスカーレットに母は「しばらくなしよ」と言った。


「昼寝の部屋に鍵を作ってもらうことになったからね。それが出来るまではあんたは朝は家で留守番。昼からはあたしの手伝いをしてもらうからね」


 鍵ってそこまでするか?とは思ったが、よくよく考えてみれば一歩間違えればスカーレットはあの世に行っていたのである。スカーレット以外の子供たちにも昼寝の時間に抜け出すという知恵を与えてしまったわけでもあるし、子供の安全のためには必要な処置ではあるかも知れないとも思った。

 同時にもし火事にでもなれば逃げられないんじゃね?とも思ったが。

 内側からも開けられる仕様でマギ婆さんが懐に鍵を持っている状態だろうか。

ーーでもマギ婆さんちょいとボケてんだよ?

 大丈夫かそれ?と一抹の不安が過ぎるか、いざとなったらカギくらいは自分が開けられるから問題はないかと思う。

 念のため次からマギ婆さん家に行く時には針金をポケットに忍ばせておくことにしよう。


「じゃ、大人しく留守番してるのよ」 

 

 ミリアナの手を引いて家を出て行った母の後ろ姿を見送って、スカーレットはひとまず寝室で敷布の上に転がった。

 熱の間スカーレットが寝かされていたベッドは病人のために村長が貸してくれていたもので、すでに引き取られている。そのため現状は木の床に直接三枚の敷布が並べられている状態だ。

 ちなみに父と母が一枚ずつ、子供二人が一枚の敷布をともに使っている。


「さて、どうするか」


 このまま大人しく絵本を読むというのも選択肢としてはありだ。

 この家にある絵本は二冊。

 一つは『太陽の王と月の姫』 

 一つは『白銀の戦姫』


 太陽の王はスカーレットが100年前に仕えていた主のことであるし、月の姫はスカーレット自身。

 白銀の戦姫も言わずもがなスカーレット自身。

 どちらもスカーレットを英雄化して描かれた物語を元に作られている。

 今のスカーレットにある自身についての記憶はこの絵本とおとぎ話から得られたものだ。

 所詮5歳児の記憶だけに細部は曖昧になっている。そのため現状の記憶を取り戻したスカーレットが読めば新たな発見がある可能性はある。

 別の選択肢としてはこの家を捜索することだろうか。 

 部屋数も少ないのですぐに終わるだろうが、この寝室に置かれている本は絵本が二冊のみだが、物置を探せば別の本が見つかるかも知れない。

 欲を言えばこの100年の歴史書物辺りがあれば一番有り難いのだが、田舎村の農家では期待はしない方がいいだろう。


 家の外には、出られなくはないが……。

 外へ出る扉には鍵がかけられている。  

 だがスカーレットなら針金一本あれば簡単に開けられるものだ。


「ふむ」


 出れなくはない。ないが万が一バレたら面倒である。


「今日のところはざっと家の中を見て回って、それから絵本を読むか」


そう一人ごちてスカーレットは敷布から立ち上がった。

 ちなみに厠に行きたくなったらどうするかというと、母は小さな桶を渡していった。

 これにしろと言って。

 なかなか恐ろしいことを言ってくれる。

 いかなスカーレットでも桶にいたしたことはない。さすがに抵抗がある。

 なんとたって外見は5歳児でも中身は18歳だ。

 昼には母が迎えに来るはずだから、それまでは我慢できるように水分は控えよう、とスカーレットは桶をちら見して心に決めた。


 およそ一刻ほど後。

 スカーレットは腹を抱えて外に出る扉の前で身悶えた。

 5歳児の身体に、昼までの時間は長すぎたらしい。と、いうか昨夜の内から水分を控えておくべきだった。

 桶にいたしてしまうか、コッソリ鍵を開けて外の厠に行くか。

 悩んだ末、スカーレットは外の厠に行った。


 こんなに悩んで葛藤したのは100年前にもそうはなかったなぁ、と思いながら。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る