御曹司は求婚し続ける

御曹司と将軍







 クラウス・シモンズにとってジゼルという女は気がつけば近くにあった存在だった。当たり前のようにいる存在。

 特別な想いを自覚したのは突然だった。クラウスは今でも忘れない、月がとりわけ美しかった夜のことだった。


 シモンズ邸に来ていたらしい見知った姿が外に一人立っていた。他に誰かいるわけでもなくただぽつん、と一人で。

 こんな夜更けに何をしているんだとクラウスこそ夜更けに外に出ていて人のことは言えないが、そんなジゼルに近づこうとしていたときだった。


 彼女が確かに涙を流していた。


 その直前までクラウスはそんな想いは知らなかった。隠れていたのだと今では思うが、存在しなかった感情だった。


 一体何が彼女を泣かせている。

 何が悲しませている。


 泣き顔は見たくないと思うが同時、はじめてクラウスはその不思議な女に惹かれていることを自覚した。

 クラウス・シモンズはこうして恋に落ちていた。





 それからの思考など単純なものだ。

 惹かれた女は呪いにより短命だと聞くが、それでも構わないそのときまで側にいたい。

 彼女に頷かせれば自分の勝ちだと思っていた。

 その頃のクラウスは、幼き頃より剣術をしていたこともあり、この世の全てを勝ち負けで判断するような性格だったからそれが正しいと思っていた。


 しかし求婚し続け断られ続け何年目、隠されていた真実を知り、クラウスは自分には求婚する資格などなかったのだと知った。

 最後に一度だけ求婚して家を出た。呪いを解く術を探しに神殿へ。



 それから三年。長かった。


 けれどそのかいあって呪いによって百云年に渡り転生を続けていたジゼル・ノースだったが、その呪いは破れた。

 髪色が戻ったことがその証、彼女を縛りつけるがごとき模様がなくなったことがその証、今は閉じられた地下神殿から堕ちた神がいなくなったことが、かの神の力の欠片である魔物が国からいなくなったことが――呪いが解けた証だ。


 自分のために涙を流してくれる人の愛しさといったらこの上なかった。


 それなのに。


「ジゼルはどこだよ!」


 クラウスは愛するひとではなく、彼女に対してどんな思いを抱えているのか読めない男の部屋の扉を破らんばかりに開けることになっていた。


 絶対安静と言われ続け王宮の部屋から出られず、全てを知った父親に押しかけられ一度屋敷に戻りようやっとその屋敷から出ればなんだ。クラウスは心の底から怒鳴った。

 行動荒く入った部屋の持ち主は、堅物をそのまま描いてみせたような男だ。


「ノックくらいしてくれても構わないのだが」


 エルバート・オーデン、国軍が将軍の一人は執務机におり、入ってきたクラウスを見るも驚いた様子が全くなくずれたことを言ってきた。確かにクラウスはノックをしなかったが。

 しかし将軍はあまり問いの形をとられていなかった問いを無視したわけではなかったようで、止めていた手を動かし何か記しはじめながら答える。


「自由の身になったから心行くまで旅をしたいと言っていた」

「旅……? ――大体何でおまえが知っているんだ」

「きみとて私のところに聞きにきたくせに妙なことを言うな。私は伝言板ではないぞ」


 王宮にジゼルを探しに来たついでだ。すぐに聞きに行くなら、王宮ではこの男しか思い浮かばなかった。

 神官長はまだ王宮にいるようだが部屋にいないからあてにならない。


 それはどうでもいいが、旅?

 さらりと提供された情報に苛ついてしまうのを堪えクラウスは考える。


 呪われ生まれ直すたびに、堕ちた神の封じのために祈り続ける役目を負っていたジゼルだ。

 一ヶ月ほどは可能な範囲だが、数ヶ月半年、一年などもっての他で地下神殿のある王宮を離れていることができなかったという。

 それを合わせ考えると旅とはかなりの長期間で、今クラウスがいる首都にすらもういない可能性が大きい。

 何だと。


「くそ!」

「きみは本当に公爵家の者とは思えないな。いや褒めている部分もある」


 馬鹿にしている、そうとしか聞こえない。

 悪かったなと貴族らしからぬ悪態をついたクラウスはもう用はないとばかりにさっさと出ていこうと、一応一旦閉め背を向けていた扉に手をかけ――


「為してしまうとは思いもしなかった」


 かけて、止まった。

 素早く背を向けた方に顔だけ向け、将軍を見据える。


「……俺のことを、最初から利用しようとしてたんだろう」

「利用とは」

「ジゼルの呪いの詳細を俺に言う必要なんて本当はなかったはずだ。焚きつけていたんだろう」


 求婚を断り続けるジゼルの友人として教えてやるような感じだったが。


「それほど期待はしていなかった」

「あ?」

「冗談だ」


 冗談を真顔で言うな。

 その前にクラウスは思わず不機嫌丸出しの声で聞き返してしまっていたが、今さら気にしない。悪態をついたあとだ。


「そこそこ期待は持っていたが、必ずやってくれるだろうと確信はしていなかった」


 言ってくれる。


「今の神官長は私の祖父だ。王宮と神殿の関係をどうにかできないかと神官長にまで上り詰めたという武勇伝を聞くか?」

「興味ない」


 どこからどこまでも仕組みやがってとは薄々予想していたとはいえ、どことなく愉快ではない。

 愉快でないに関しては、置かれているジゼルがすでにこの建物内にいない状況が割り増しさせていることだろう。


 神官長の孫。国軍の将軍。

 神官長は、神殿を訪ね会ったときクラウスのことを聞いていた様子ではなかったから、この男が一方的にか。

 それでも孫ならばこの先の神殿と王宮との関係のための人材として、という線はある。

 が、この将軍がクラウスに全てを明かし焚きつけたのは神官長の持つ情報は聞いていたから、との可能性はある。

 クラウスが〈神降ろし〉が可能であるかもしれない人間であると。

 そんな細かいところはもうどうでもいいので聞こうとは思わず、クラウスは掘り下げなかった。


「それにしてもきみが会議で滅茶苦茶に煽り立てたときはどうしたものかと思ったがな」

「は、あんたこそ白々しいものだったな」


 クラウスは笑った。


〈神降ろし〉を提案した荒れた会議のときのことだ。

 クラウスは元から他の貴族たちから【生け贄】を徴収するつもりはなかった。徴収するだけ無駄であったし、クラウス自身がやるつもりだったからだ。

 ではなぜあのようなことを言ったのか。

 穏便にやる『予定』はあったが予定は所詮予定、止めた。

 真実を知る者たちとやらが、その上でどんな考えを持っているのか見たかった。

 穏便にする予定の欠片は残した。前半までの言葉遣いだ。それも中盤辺りから崩れさっていたが知ったことではない。最後には脅してやらなければ気が済まない感情が出てきた。

 結果権利をぶん取ることができた。それこそが目的だったのだからいいはずだ。


 将軍の無表情、読めない声はあんなところで効果を発揮すると実感したものだ。どうせ知っていたくせによくあそこまで。

 流れを進めてくれたのは助かったは助かった。


「――それに、神を殺してしまうとは」


 あの会議にいた面々であれば神殿に聞かれれば事だと言いそうなことを、将軍は自然に口にした。

 もうあの連中にも起きたことが耳に入っていることだろうが、果たして反応はどうだったのだろう。この将軍が収めたか、神官長か。

 神官長だろう。要は神殿側の反応が怖いのだ。終わったことだと、結果良かったで終わりになるのだろう。


 なにしろクラウスは最後まで神を殺すつもりだとは言わなかった。封じを完璧にするつもりだと言っていた。


「完全な封じをするだけでジゼルの呪いは解けたか? 殺した方が確実だ」


 おまけにその『完璧』な封じもいずれは脆くなるはずだ。


 ジゼルがクラウスに見合いの話を寄越したことでついぶつけた言葉の数々があった。

 感情が高ぶったことは事実だが、あのときの発言は全部本音だった。

 ジゼルを生け贄に差し出しごねる輩は、どんな手を使ってでも排除し、権限を得ただろう。

 権限だって本音で言えばいらなかった。勝手にやろうと思っていた。しかし神官が王宮で暗躍するには目立つ。それゆえだった。


 誰であろうと殺せる。

 『何』であろうと殺せる。

 神を殺す。

 呪いの根元を無くす。

 最初からクラウスは『その』つもりだった。


「……改めてきみは、貴族らしくないな」

「悪かったな」


 クラウスは改めて部屋に背を向け、


「ジゼルはノークレス家に行くと言っていた」


 出ていった。




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