フラグはへし折っていくスタイル

 この世界には、魔法が存在している。


 町を歩いている途中、怪我をした幼女の治療をする少年に遭遇した。昼間の明るさでも分かる、オレンジがかった温かい色が手のひらから小さな膝に向かって放たれている。治癒の魔法だ。大きな怪我となると限られてくるが、擦り傷程度ならこの世界の住人は大抵皆治せるのだという。


 ……つまり、俺にはできない。俺には全く魔法の才能がなかった。というより、そういう不思議な力を一切持っていなかった。そりゃそうだ、俺はこの世界の人間ではないのだから。だが、目の前の祈祷師曰く、俺は稀有な星の元に生まれているのだとか。なんだそれ。


「貴方は愛される人。愛されることでますます輝き、人々を魅了する」


 うさんくさいにも程がある。そうだ、脳内にちらつく映像は過去のこと。無視せねば。

 捕まってしまったのが痛かった。俺はおつかいを頼まれて、薬師のおばばの元に薬草を買いに来ただけなのに。ちょうどこの子と居合わせてしまった。


 アリアナ。職業、祈祷師。巫女さんとかそんな系統。俺の評価とは真反対に、村では絶大な信頼がおかれている女の子だ。

 そもそも、俺が海辺で倒れていることを察知したのはこの子らしい。


――東の海岸に、黒真珠の輝きあり!


 神が降りた彼女はそう声高に叫んで倒れ伏したという。真夜中にだ。

 怖い。間違いなくアブナイ人だ。

 神妙な顔をした親方からその話を聞いた時、俺は瞬時に思った。


 黒真珠ってなんだ。え、比喩? 俺の髪と目が黒いから? こじつけだろ。

 そう言いたかったが、おかげでお前を見つけることができたのだと涙ぐむ親方とおかみさんを前にすると、俺はどうにも強く出れなかった。


 この二人、子どもに弱いのだ。とりわけ俺に弱い。拾ってから今まで、大層大事にしてくれている。子ども好きだが子どもに恵まれなかった二人にとって、俺は宝物のような存在らしい。そこまで言われると照れる。まあ、仕方がない。


「それゆえに、貴方を巡って争いが起きていた」


 おばばがのんびりと袋に薬草を詰めている間、アリアナは語り続けていた。

 ああ嫌だ、当たってる。例のことを指しているのなら的中している。


「今からも起こる。貴方が流す涙は尊く、その美しさにまた血が流れる」


 これまでの経験上、笑い飛ばせないから困る。これは当たらないでほしい。当てないでほしい。どうせそこにブスはいないんだろ。

 アリアナの海のような瞳が俺を真っ直ぐに見つめてくる。底知れない色だ。


「争いは嫌い。誰かが傷つき、苦しむのは必須だから」


 アリアナは静かに目を閉じた。いいことは言っている。心も恐らく綺麗なのだ、清水のように。そう、心「も」だ。

 彼女は冴えわたる美少女だった。青みがかった銀髪に透き通る雪肌、繊細な顔立ち。氷の妖精みたいな感じだ。エルフとかにもいそう。


 オレはブスに関しては延々語れるが、美形となると頑張ってこの程度だ。申し訳ない。綺麗だとは思っている。


「神の元に私と行こう。神の御手の中なら、誰も手出しはできない」


 最高に電波ちゃんだが、この通りの容姿だ。元いた世界でも一定の支持は集めそうだと思う。ヤンデレのMさんとどこか似たものを感じる。自分の世界が出来上がっているタイプだ。つまり天敵。


「えーとその、間に合ってます」


 掴まれていた手をやんわりと外して、俺はじりじりと距離を取った。村で人気の祈祷師様だ、下手な扱いはできない。


「もう加護を受けているというの……!?」


 私には見えない、それほど高位の神が……!?

 口元を押さえ、震える美少女から俺は今度こそ逃げ出した。おばばが袋詰めを終えたのだ。おまけしておいたよと片目を瞑るお茶目な婆さんは、アリアナと俺を推しているそうで、どうやら時間稼ぎに励んでいた模様。迷惑すぎる!

 何とか丁寧に礼を言うと、店を飛び出した。


 加護なんてものがあるなら、俺は今頃理想のブスと出会って、慎ましやかに暮らしているはずだ。

 その神様とやらはブスだろうか。そんなことは流石に聞けない。俺にとって賛辞であっても、一般的には侮辱の言葉だからだ。分かってる、分かってるけど、俺はブスをブスと評する。可愛くないところが可愛いのだ。敬意を込めてブスと呼んでいるのだ。


 しかし、神様にそんなこと言ったら、神の御手とやらで張り倒されそうだな。ブスならご褒美なんだが。


***


 こちらの世界でも、俺の人間関係は相変わらずだった。

 あ、酒場から出てくるあの人影は。


「ハーイ、イアン」


 こんにちは、さよなら。


「あーん、つれなーい。でも、そこが好きよ」


 踊り子のルーシー。主に酒場で働いているが、村の祭りなどでもその舞を披露している。押しが強いナイスバディの褐色美女だ。チェリーなキミにお姉さんが色々教えてあげるとかそんな感じの人。ブスになってからよろしくお願いします。


 彼女も例に漏れず魔力持ちだ。その踊りに力がある。手足の動きで魔方陣を描くのだ。かっけえ。

 俺は美形全般が嫌いなのではなく、興味がないだけ。能力などは純粋に評価する。


「イアン、お茶でもしない? サービスしちゃう」

「いや、結構です」


 迫る蜂蜜色の瞳をかわした。この女性、とにかくグイグイ来るのだが、酒が飲めない年齢の俺を酒場に誘うことはしない。その辺りはきちんとしているので、知人としては好感度が高い部類に入る。


 彼女は、容姿ではなくその技術のみに感心した俺に惚れたのだそうだ。姿も含めての踊りだけれど、何より磨きをかけ、誇りにしている動きに注目してくれた。それが嬉しくて堪らなかったと。


 おつかいの帰りだとパンパンの袋を見せた。引き際は分かっている人だ。ダークブラウンの髪を揺らして残念そうに頷くと、またねと手を振ってきた。


 家が近くなる。つまり、装備類を扱う店が多くなるということだ。


「見ろ、黒猫がどこぞをほっつき歩いてきたらしい」

「散歩か、子猫ちゃん」


 さっそく、武器屋のエブリン&防具屋のケイリーが現れた。二人に挟まれ、こうして絡まれるのは恒例行事。共に2メートル近い長身の持ち主で、またこれが大層な美形だった。


 両者ショートの金髪、彫刻のような顔。エブリンがくせ毛で黒の瞳、ケイリーがストレートで灰色の瞳。いずれも、なんというかアマゾネス。エリザとは別の意味で看板娘だ。


「相変わらず、花枝のように細っこい」

「飯はきちんと食っているのか。押せば吹き飛びそうじゃないか」


 大抵の男は吹っ飛ぶと思うよ。

 とは言えない。見た目の迫力の割に案外面倒見のいい彼女たちは、気も優しかった。それでも、なんだとワハハなんて冗談交じりに一発叩かれでもすれば、きっと海辺まで飛んでいく。


 おつかいだと袋を掲げた。もう何回目だろうな、この台詞。会う人、皆に声をかけられている。


「猫扱いはやめて欲しいんだけど」

「もうちっとでかくなれば、考えてやるよ」

「肉を食え、肉を」


 彼女たちは幼馴染らしい。趣味のモンスター狩りに出かけては、大物を担いで帰ってくる仲良しぶりだ。魔力を込めた拳で相手を一撃必殺するというのだが、これでも女戦士ではない。金髪を靡かせ地を駆ける様子から、「金色こんじきの獅子」と呼ばれているらしいが、それでも女戦士ではない。


 二人は自分より強い男が好きなのだそうだ。よかった、彼女たちとはフラグも立たないだろう。おやっさんによろしくなと肩を叩かれる。海まで飛びはしなかったが、地面にめり込みそうだった。ぐらついた俺に、おいおい大丈夫かと手が差し伸べられる。イケメンだ。どっちが男か分かりゃしないな。


***


 家に到着。門をくぐると一人の若者が声をかけてきた。


「おかえり、イアン」

「ただいま戻りました」


 チャールズだ。親方の一番弟子。二十代後半、金髪天パのベビーフェイス。気の穏やかな好青年。ただし、筋肉ダルマである。


「よっ、帰ったか」

「遅かったな、悪ガキどもに絡まれちゃいねえか」


 アマゾネスには絡まれていました。という言葉を飲み込んで大丈夫ですと頷く。ライリーにイーサン。前者はクラスに一人はいるお調子者タイプの兄ちゃん、後者は顔に傷の入った渋みのある青年だ。彼らも親方に師事しているし、筋肉である。


 俺が拾われたのは鍛冶屋だった。親方、つまりこの店の店長と妻のおかみさん、弟子三人と一緒に暮らしている。そんなところに突然息子扱いで入って色々気まずくはないかと思ったが、心配は無用だった。

 なにしろ、俺は魔法が全く使えない。武器の強化などに使う魔力とやらがゼロなのだ。ある意味気まずいが、皆よくしてくれる。


 先の道はゆっくり決めればいいと言われ、ひとまず、読み書きの練習やちょっとした仕事の手伝いをする毎日だ。言葉は通じたが、そちらはさっぱりだったため。ただし、何故か数字は共通だった。おかしなものだ、ちょいちょい俺に都合のいいことが混じっている。


 記憶がすっかり抜けていた当時の俺は、母国語さえ忘れていた。少しずつ思い出し、元の世界では学生をやっていたことに気づいた。ある程度の学力はあった。イケメンに対抗し、ブスとお近づきになるには己を磨くことが大切だったからだ。


 せっかく拾ってもらったのに、魔力とやらがないせいで路頭に迷うかもしれない。

 算術は問題なかったものの、言語はてんで駄目。必死に日本語を書き並べる俺に親方たちは唸っていた。

 その唸りに更に焦る俺。まあ、結果的に杞憂であったわけだが。

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