第17話「真琴と勿体ない主人」後編(改訂版)

↓最嘉と壱と真琴、スリーショットです↓

https://kakuyomu.jp/users/hirosukehoo/news/1177354054892613288


 第十七話「真琴まことと勿体ない主人」 後編


 「……まぁいい、何ともならない場合はりんかいの残兵を連れて日乃ひのに撤退しろと言われてるしな、その位ならなんとかなるだろう」


 「熊谷くまがや様!訂正してください……最嘉さいかさまが」


 「あーーはいはい、アイツは勿体ない主人だよ……”もったいないオバケ”だよ」


 「そうでは無くて!熊谷くまがや様に泣いてすがったってところです!最嘉さいかさまはそのようなみっともない事は決してなさりません!」


 「!って、そこかぁ?」


 「……」


 私は更に真剣な瞳で目の前の偉丈夫を睨んだ。


 「確かにアレは出任せ、軽口だが……でもな嬢ちゃん、俺は、お嬢ちゃんの為で、それしか選択肢が無かったら、最嘉ヤツはそうすると思うがな」


 「……そ、それは」


 熊谷くまがや様からの予想だにしない言葉に、私の顔はボッと熱を帯びた。


 「……それは……最嘉さいかさまが……おやさしい……から」


 蚊の鳴くような声でそう呟く私……


 ――ガタッ!


 「!」


 「なに?」


 ――ガタガタッ……


 先ほど熊谷くまがや様が作った瓦礫の山……それが音を立てて崩れる!


 ――ガラララッ!


 「……貴様……誰だ?日限ひぎり……のだと?」


 そしてその下から現れた男は……

 そう言葉を発しながら剣を片手にこちらを見据えていた。


 「なんだ?まさか生きてるのか?……てっきりバラバラの木っ端みじんになったとばかり思っていたがな……」


 熊谷くまがや様が崩れた瓦礫の方を睨み、自身の身長ほどもあろうかという雑な作りの大剣もどきを構えていた。


 「……完全なる不意打ちとはいえ、この俺を退けるとは……多少は驚いたぞ、日限ひぎり熊谷くまがや 住吉すみよし……でいいのか?」


 「……おまえ……まさか”十剣”か?」


 瓦礫の下から姿を現した男は砂埃で汚れてはいるが、傷という傷は負っていない。


 「十剣が一振り、阿薙あなぎ ただたか……」


 そして、熊谷くまがやさまの問いかけに薄く微笑わらって名乗りを上げる。


 「……俺は熊谷くまがや すみよしで間違い無いぜ、”鬼”阿薙あなぎさんよ!」


 相手が何者か察しがついた偉丈夫もニヤリと武骨な口元を吊り上げる。


 「ふふ……今日は僥倖だ、中々に楽しめる戦場に巡り会えた」


 阿薙あなぎ 忠隆ただたかは剣を構えて僅かに腰を落とす。


 「……」


 正面に立つ熊谷くまがや様は……その表情から既に笑みは消えていた。


 「ではあっさつおうとやら…………参る!!」


 ――ダッ!


 鋭い踏み込み!


 数メートルの間合いを一呼吸で詰める鬼神の足裁き……


 でも……関係無い。


 ブオォォォォォーーーーーン


 くまがや様が振るう大剣もどきには小賢しい速度も技術も関係無い!


 だって……それは……あまりにも雑で、あまりにも常識外れな膂力の前では……


 ガシィィィィーーーーー!


 その場の空気を根こそぎ鷲づかみにして振り回したような傍若無人な剣風!

 当たったのか、当たってないのか?……どちらにしても吹き飛ぶ相手。


 「オラよぉぉぉっーー!」


 追い打ちで振り回される巨大であまりにも雑な鉄の塊!


 ズバァァァーーー!


 「ぐぉっ!」


 「!?」


 一瞬だった……


 吹き飛ばされた様に見えた相手が反撃し、熊谷様の脇腹を斬りつけていた。


 「良いぞ……圧殺王、なかなかの豪勇ぶりだ……呼び名に見劣りしない」


 血のついた剣を払って笑う鬼……


 「……てめぇ」


 脇腹付近から血を溢れさせる熊谷くまがや様は、大剣を担いだまま傷口を押さえることも無く、鋭い眼光で相手を睨んでいた。


 一瞬……

 吹き飛ばされた様に見えた阿薙あなぎの下半身は、実はしっかりと大地に根を張っていて、思い切り仰向けにのけぞった上半身は剛剣が過ぎ去ると同時に跳ね上がった。


 そう……まるで地面に固定して立てられたバネが弾かれて元の位置に……

 いいえ!反動をつけた分、敵の懐まで一気に浸食する勢いで。


 ――そして無防備な脇腹を一閃した


 「熊谷くまがや……さま」


 斬られた場所が悪い……横腹そこは……血が止まらない。


 「えっ!」


 熊谷くまがや様の斬られた腹部から溢れていた血はいつの間にか止まっている?


 いいえ、そもそもこの偉丈夫は一度も傷口を気にすることさえ無く目の前の敵を睨んでいる。


 強靱な筋肉を収縮させ……出血を防いでいるとでもいうの……


 だとしたら、なんてデタラメな……剛体からだ……


 「常識が無いな圧殺王……日限ひぎりの片田舎ではそれが普通なのか」


 阿薙あなぎ 忠隆ただたかわらいながら言う。


 「てめえ、日限ひぎりをどんな異境だと思ってやがる……この羅刹が」


 熊谷くまがや 住吉すみよしの頑強な口元にも笑みが浮かんでいた。


 ――鬼阿薙あなぎ……

 ――圧殺王……


 名は体を現す……

 私の身の回りは化け物ばかりだ。


 「興味がわいた、それならばありとあらゆる箇所を切り刻んで、それがどんな身体からだなのか確認してみよう」


 そうして阿薙あなぎ 忠隆ただたかは剣を構え一歩踏み出した。


 「やってみろよ、鬼ッコロが!」


 熊谷くまがや 住吉すみよしが威圧感が尋常で無い大物を頭上に大きく掲げて迎え撃つ。


 ーー


 ー!


 「将軍!阿薙あなぎ将軍!!」


 張り詰めた空気を破ったのは一人の天都原あまつはら兵士の叫び声!


 「……」


 「……」


 当の二人は睨み合ったままだ。


 「将軍!大変です!本営から!閣下からの緊急指令が……」


 ――!!


 途端に駆け寄る兵士を無言で睨み付ける阿薙あなぎ


 「あ……」


 兵士は立ち止まり、ビクリと身体からだを硬直させて青くなる。


 「も、申し訳ありません!!お許しを……」


 阿薙あなぎ 忠隆ただたかの形相も無理も無いだろう。


 ここは戦場只中……あまつさえ敵将の目の前だ。

 そんなところで自軍の報告など……見たところあまり朗報では無いようだし。


 「……ぅぅ……」


 とはいえ、恐縮して震え上がる兵士は、まるで戦場で敵と対峙している方が何倍もマシだというくらい萎縮している。


 「……完結に用件だけ述べよ」


 阿薙あなぎ 忠隆ただたか熊谷くまがや様に向き合ったまま、目線も向けずにそう言った。


 いらぬ事には触れずにということだろう。


 「は、はい……撤退を……!いえ、今すぐに撤収をとの命令であります!」


 「!」


 阿薙あなぎの鋭い眼が僅かに開いた様に見え、彼は……静かに剣を下ろした。


 「……なんだ?めるのか?」


 「……是非も無い……圧殺王、貴様との決着はとりあえず次回以降だ」


 「ほう、だが、俺がすんなり行かせるとでも?」


 ――ザッ!


 熊谷くまがや様が言い終わる前に、阿薙あなぎ 忠隆ただたかは背を向けて去って行く。

 何人かいた天都原あまつはら兵士達も同様だ。


 ーー

 ー


 「……ちっ、面白みの無い野郎だ……が……」


 「熊谷くまがやさまっ!」


 目前の天都原あまつはら軍が去って行くと、熊谷くまがや 住吉すみよしはその巨体のバランスを崩して地面に片膝を着いていた。


 「……こっちの……事情もお見通しってか……くそ、今度あったらこうは行かんぞ……鬼ッコロめ……」


 額に脂汗を流しながら顔をしかめる大男。


 「傷が……深いのですね……直ぐに、九郎江くろうえで……」


 「……世話になる……しかし……鈴原の野郎……今度はどんなイカサマ魔法を使いやがったんだ……まったく、鬼よりも天都原あまつはらよりも……一番得体の知れないのは嬢ちゃんのご主人様かもしれんな」


 「同感です、最嘉さいかさまは尤も優れたお方です……イカサマはいただけませんが、最嘉さいかさまの神算鬼謀は本当に魔法ですから」


 脂汗にまみれながら笑う大男に、私は苦笑いを返しながら、彼と一緒に……いえ、少し遅れて到着した兵士……たぶん熊谷くまがや様をに案内して来てくれた私の部下に伝えた。


 「木崎きさき、直ちに敵の退却の真偽を確認!それから熊谷くまがや様を九郎江くろうえで手当、その麾下の日限ひぎり軍の方々にもお礼と休息の手配を……」


 「了解いたしております!ですから、真琴まこと様もどうか本城にお戻りになって手当を……」


 私を気遣う部下に私は首を横に振り、熊谷くまがや様の横から立ち上がった。


 「今はまだ十分安心できない、私はわが君から大事なこの九郎江くろうえ城をお預かりしているのだから……一通りの確認を済ませてしかるべき処置と対応を済ませた後で休むことにするわ」


「……は、はい……了解いたしました」


 不承不承といった感じで敬礼する木崎きさき


 そして片膝をついたまま私の横顔を眺める熊谷くまがや様。


 「……なにか?」


 「いや……嬢ちゃん、本当に別嬪だなと思ってな」


 「そうですか、ありがとうございます」


 特に何の感情も無い顔で、私は熊谷くまがや様のお世辞に返答した。


 「……ほんとに出来た家臣だ、別嬪だし……あの野郎にはもったいないな」


 呆れた様な、感心した様な……そんな声が耳に入ったけど……


 私は少しも気にせずに部下に指示を続けるのだった。


 第十七話「真琴まことと勿体ない主人」 後編 END

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