第50話「三要塞の魔女(トリアングル・マギカ)」(改訂版)
第十話「
足元さえも
ザザッ!
ストンッ!
人の丈を遙かに凌駕する石塀を、いとも容易く軽やかに跳躍する影があった。
「……」
「随分と遅いお帰りね?ペリカ・ルシアノ=ニトゥ……
――っ!?
突然、背後の闇から掛けられた声に、歩き始めたばかりの影はその場に立ち止った。
「アルトォーヌ・サレン=ロアノフ?」
目の覚めるような深紅の長い髪を風になびかせて立つ二十歳前後の美貌の女性。
少し癖のある燃えるような深紅の髪、
振り向いた
「アルトォーヌ・サレン=ロアノフ?ではないでしょう……
目前の
彼女の最も特徴的な白い肌、白い髪は……
それは色白と言うよりは、色素を全て忘れて生まれてきたような、そんな不自然な希薄さだ。
「
「国内の反乱を抑えるのは国主たるペリカの責務でしょう!それを放棄してフラフラと出歩くなんて……度重なる
「……」
自分の想像していた以上の剣幕で責められたとでもいうような、そんな不満そうな顔で
「ペリカ!」
「大丈夫でしょう、”
「そういう問題じゃ無いわ!ペリカ、
「アルトォーヌっ!」
――っ!
白い女性、アルトォーヌ・サレン=ロアノフがそう口走ろうとした瞬間、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの
「……あ、その…」
「良いわ、アルト……でも憶えておいて、
「そ、それは……もちろん、
「なら良いわ」
先ほどとは変わり、優しい眼差しで白い女性を見る
「あ、ありがとう」
主であり友でもある相手を多少気まずそうに見ながら、ボソリと応えるアルトォーヌ。
”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”と”アルトォーヌ・サレン=ロアノフ”は物心ついた頃からの友人同士で、共にこの本州西の大国”
二百年以上前に元々の世界であったこの”戦国世界”と数日おきに現れるようになった”近代国家世界”、二つの世界が切り替わるようになって直ぐににこの島国は外海から隔離された。
そして”
とはいっても、”
また、
容姿の違い、言語の違い、そして特殊な環境下での民族主義の結果からか、それらの者達は蔑まれることが多く、身分をある程度備えた家や、政府関連の要職に就くことなどまずあり得ない存在であった。
つまり、大国”
”
「そうね、少し自覚が足りなかったわ……でも、
赤い、朱い、
「……ペリカ」
アルトォーヌは、普段は好奇心と欲望で燃える瞳の彼女がこんな殊勝な事を言うと、何も言い返せない。
色素の抜け落ちたような肌と髪の女性、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ。
国主である”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”の幼なじみである彼女は、多少病弱で体つきも華奢そのものだが、国の運営の殆どを取り仕切り、戦場にあっては参謀としてその力を発揮する知将でもある。
そして、今この場には居ないが、ペリカやアルトォーヌよりも五つほど年下で、幼いながらも実質この国のナンバースリーである少女……
小柄で可愛らしい風貌とは裏腹に、軍を率いては”天性の直感”と”呆れるほどの強運”を備え、凶悪なまでの軍の強さを誇る、誰が呼んだか、通称”戦の子”……
――
アルトォーヌ・サレン=ロアノフと
”
更に付け足すなら、”
「もういいわ、ペリカ。とにかく、七……いえ、六大国家会議にはギリギリ間に合ったのだから……”
「ええ、そうだったわね……ふふ」
「?」
”近代国家世界”での利益の分配と仮初めの平和、力の均衡を維持するための最重要会議。
――”七大国家会議”改め、今回は”六大国家会議”
基本的には年に数度開かれるそれを、いつも面倒臭がるペリカの予想外の態度に、アルトォーヌは不思議そうな視線を向けていた。
「ふふ、ちょっとね、”
深紅の髪の美女は、
「あきれた……数日姿を見せないと思ったら”
「べつに個人的に喧嘩を売って廻っているだけよ、戦争とは関係ないから」
「……」
何でも無い事と言い張る主に、白い美女は軽く頭を抱える。
――この戦国乱世において、敵勢力をフラフラとする国主……
それだけで充分問題がある訳だが、それに輪を掛けて厄介なのは――
ペリカのこの性分。
強者の噂を聞くと可能な限り探し出して真剣勝負を挑むという厄介な趣味。
勝負の対象が国の重要人物の場合は、それだけで充分戦争の火種になり得る行為を彼女はアッサリとこう言ってのけるのだ。
「……」
アルトォーヌ・サレン=ロアノフは、主であり友人である、この困った人物に対して、いつも通り白い指先をおでこに当てて、隠すこと無くため息を
「それでね、その”
「え?ペリカと互角!?……いえ、引き下がったって
武勇に優れる将の噂を聞かない宗教国家”
それ以上に驚きなのが、そんな”
幼い頃から彼女を熟知しているアルトォーヌも、その話にはただ目を丸くする。
「そのことは良いのよ、それよりアルトも聞いたことがあるでしょう?”
「”
「そう!それよ!さいか!”
燃えるような深紅の髪の女は、そう言ってビシリと目前の友人を指さす。
「鈴原
そして、アルトォーヌ・サレン=ロアノフは、そんな主に呆れた視線を向けながら少し考えていた。
最近、巷で噂になっている”
弱小の小国家でありながら、盟主国たる”
遠く離れたこの”
「”
アルトォーヌの言葉に、ペリカは”ちっちっち”と人差し指を揺らす。
「あまり
なにやらウキウキと愉しそうに話す
「敵が強いのをそんなに喜ぶなんて……ほんと
「まだ敵とは決まっていないわ……けど敵の方が断然に面白いけど」
――それは全然面白いような事では無い
ただでさえ、海の向こう側、南の島”
紅蓮の
「それで……その鈴原
現在敵対関係で無い”
「そうね、”
ペリカの言葉を聞いてアルトォーヌは少し不機嫌な顔をする。
「ああ、気にすることは無いわアルト、いつものことでしょう?六大国家の一つとは言え、我が”
そう言って何事も無い様に微笑む紅蓮の姫は、”
「……そうね、それで、その鈴原
気を取り直したアルトォーヌはそう言ってニッコリと笑った。
「ふふ、その男……”
「
アルトォーヌ・サレン=ロアノフは予想の遙かに上を行く答えに言葉を失う。
「
ブワッ!
「!?」
アルトォーヌの隣で、本当に心底愉しげに笑う紅蓮の美女は、薄暗い夜空に白い拳を突き上げていた。
――サァァーー
「ぁ……」
偶然か必然か……
途端に雲が引いて、差し込む月光。
ポカンとした表情で天を仰いだ白い女の微かな碧色がそれを反射して輝いていた。
「さぁ、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ、心して用意なさい!この先ドンドン面白くなるわよ!」
第十話「
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